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2 病院


酷い頭痛で目が覚めた。10時を少しまわっていた、四時間ほど眠っていたのか。

私はすぐにトイレに向かうと一時間ほど吐き続けていた。

リビングに戻りソファに腰を落とす。

胃の中のものを全て吐き出したつもりだったがまだかなり気持が悪い。

頭が割れそうに痛い。

私はまたトイレに引き返し、結局昼過ぎまでそこから出ることはなかった。


食欲は全く無かったが何か胃に入れといたほうが良い。

私はいつものようにカップ麺を作った。作ったといっても、お湯を沸かして注いだだけだ。

本棚にターキーは居なかった。やはり飲みすぎで半分夢の中に居ながら、私は幻と会話していたのだろう。

しかし楽しかった。どんなことを喋っていたのか記憶に無いが久しぶりに楽しかった。


カップ麺を食べ終わると私はまたすぐにトイレに駆け込み、今食べ終えたばかりのもの全てを吐き出した。



こんな毎日を続けていたら廃人になるのは目に見えている。

立ち直らなきゃとは思うが、その気力が無い。何もしたくない。

私より不幸な人間はそれこそ大勢居るのだろうが、私はもう立ち上がる気力が無いのだ。あるのは絶望感と憎しみだけだ。

いや、憎しみという感情も薄れてきている、すなわちどうでも良いのだ。


洗面所に行き顔を洗い、鏡を見た。自分とは思えないほど醜く、やつれて死人のような顔だった。

そういえば昨夜ターキーにゾンビのようだと言われたっけ…ターキー…


『おはよう高文』


私は、はっとして声の方に目をやるとターキーがそこに居た。洗面台の上の棚にちょこんと座って微笑んでいる。

『お、おはようターキー…まさか、また会えるとはな』



『随分辛そうだね高文、もう少し食べて、もっと眠ったほうがいい』



『ああ、だが眠れんし、食欲も無い。眠ろうとすると嫌なことばかり考えてしまい…駄目なんだ』

私はうつむいてターキーに視線を戻した時、ターキーはもうそこには居なかった。



『病院に行けよ高文、このままじゃマジでイカれちまうぜ』

ターキーはリビングのテーブルの上に居た。

『ターキー、瞬間移動出来るのかい?凄いな』


『瞬間移動?オレは高文の意識だと言ったろ、本来形など無いさ。高文の脳がオレを立体化させて脳の中で見えているだけなんだ。』


『うむ、正直さっぱり分からんがお前と居ると楽しいよターキー』

私はソファに戻りテーブルの上のターキーと向き合った。

ターキーはラッキーストライクの箱の上に座っている。

『病院に行くんだ高文、この部屋に居ちゃ駄目だ。』


『病院ったって、私はどこも悪くはないさ、楽に死ねる薬をくれるんなら行ってもいいがね』


『あんたの身体も心も、もうボロボロだし悪いとこだらけだよ、まず精神科に行くといい、今必要なのはとにかく誰かとゆっくり話す事なんだ。分かるかい高文』


『精神科…誰かと話す事…なるほど、最もだ。だが、大丈夫だよターキー。外に出るのは億劫だし、そのうち今の僅かな貯金も底をつけば何とかしなきゃと立ち上がるんじゃないか、最もそれまでにくたばってしまいそうな気もするがね。』


『真面目に聞けよ高文、あんたを助けたいんだ。』

ターキーが少し声を荒げた。


『ありがとうターキー。お前は優しい奴だな、だけど今はこうやって話してるだけでいい。他の奴らとは話したくないんだ。』



『高文、病院に行かないっていうならオレはもう消えるよ。勝手に野垂れ死ぬがいいさ』



『お、おいターキー、待ってくれ。分かった、分かったよ。病院へ行こう。ただし一度だけだ、なにも異常がなければすぐに帰ってくるからな。』

結局私はターキーの言う事を聞き病院へ行く事にした。

ネットで自宅から一番近い病院を検索し自分の車で出掛けた。

ターキーは助手席に座っていて『心配するな』とか『リラックスするんだ』などと話しかけてきてくれたのだが、病院へ到着した時には助手席から消えていた。


光が丘病院という所で表の看板には内科、精神科、神経科、老人介護などの項目が書かれていた。


ターキーがそばに居ないせいもあったのか私は待合室で少し苛立っていた。

ビールが欲しい、喉が渇く…ターキーはどこに消えたんだろう。


『進藤さん、どうぞ』診察室の扉が開き私の名前が呼ばれる。

中に入ると初老で太りぎみの眼鏡をかけた優しそうな男が私を出迎えてくれた。

『院長の渡辺です。どうぞ、座ってください』

私は目の前の椅子に座った。

周りを四人の男に囲まれて私はその者達に見下ろされる格好となった。皆、私より随分と若い。おそらくこの病院のスタッフなのであろうが、私は妙な威圧感を感じ息苦しくなり緊張した。


『進藤さん、そんなにキョロキョロしなくても大丈夫ですよ、まずは落ち着いて、ゆっくりと、今自分がどうゆう状態なのかを話してみてください。』

渡辺院長は穏やかな口調で私にそう言った。

私は黙っていた。何か口に出したかったが、言葉が出ず沈黙した。

『進藤さん、今あなたの顔は普通じゃない。それは一目見てわかります。どんな事でもいいから私に話してみてくれませんか』

渡辺院長は私の肩にそっと手を置き、そして私の目を見た。


私は話した、一度話しはじめると止まらなくなった。知らぬ間に泣きながら話してることも気付かなかった。

何もかもを、これまであった何もかもを話した。

友と会社を立ち上げた事、その友に騙されていた事、会社を潰した事、莫大な借金が残された事…私はただただ喋り続けた、嗚咽しながら、叫び、泣いた。

妻が頑張ろうといつも励ましてくれた事、ハローワークに通い仕事を探した事、やっと見つけた職場でも長続きしなかった事、変な見栄やプライドにこだわり揉め事を起こしてはクビになり、その繰り返しだった事、妻に手を上げた事、酒に逃げ続けた事、死にたいと願っていた事、妻が出ていった日の事、そして…ターキーの事。。。


全てを話し終えると一気に力が抜けた。

『進藤さん、辛かったね。特にここ1ヶ月はかなり酷い状態だったんですね。よく話してくれました。少しは楽になったかな?』


『はい、誰かとこんなに話したのは本当に久しぶりで…いや、昨夜ターキーとはかなり話したんですが、とにかく、今はゆっくり眠りたいんです。』


渡辺院長のディスクの上にターキーが居た。

私の方は見ておらずぼんやりと座って窓の外を眺めていた。

『先生、睡眠薬をくれませんか?毎日ほとんど眠れないんです。』


『進藤さん、よければ今日は、いや三日くらいは自宅よりもここで眠ったほうがいいと思いますよ。自宅へ戻ればあなたはまた酒を飲む、そうすればまた苦しくなるだけです。よく眠れる薬も出しますから今日は何も考えず、ここで休んでください』



『いや、でも…』

私はターキーを見た。ターキーは私を見てにっこりと笑っていた。



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