表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/5

1 出会い


白い天井がグルグルと回っていた。

黄緑色のカーテン、黒いテーブル、本棚、32インチのテレビ、照明、全てのモノが不規則に揺れている。

このまま眠りに落ちて永遠に目が覚めなければいいのに…


私は絶望の中に居た。酒浸りの日々、来る日も来る日も言い知れない不安と恐怖に苛まれながら、怯え、震えていた。

アルコールが私の体内をどんどん侵食していき、やがて脳を溶かしはじめる。長い長い夜…いい気分だ、私はソファに深く沈みながら誰かと話したくなった。どんな話題でもいい、仕事、趣味、昨日のナイターの話、くだらない恋愛話でもいい、とにかく無性に誰かと会話がしたくなったのだ。考えてみればここ10日くらい誰とも会話などしていない。どうせ明日になり正気になればまた誰とも会いたくなくなるし、外にも出たくなくなるだろう。

一日中、テレビを見るかベッドの中か、酒に逃げているかだけなのだ。

天井の回転がさっきよりも速くなってきた。部屋が揺れる、揺れる、気持がいいのか気持悪いのか分からない、死にたい。こんな糞みたいな世界に生きているなら死んだほうがましだ…

ふと私は誰かの視線を感じた。

揺れる部屋の中をゆっくりと見回す。

木製の本棚、五段あるうちの五段目にそいつはいた。

四段目までは本を入れていたが五段目だけがスペースが広く、そこには飲みかけのウイスキーのボトル数本と数年前アンティークショップで買ったイタリア製の置き時計を飾っていた。

その時計とボトルの間にそいつは座っていたのだ。

その目は確実に私を見ていた。

あんな人形あったかな…

見た感じ10センチほどで身体は濃い緑色、まるで子供が作った粘土細工のようであり黒く深い闇のような瞳で私を見つめていた。



私が恐怖を感じたのは一目見てそいつに生気を感じたからだ。

しばらくお互い見つめあっていた。

私は煙草に火をつけ、ゆっくりと煙を吐き出し、そいつに話しかけた。

『お前は誰だ?』



そいつは相変わらず座ったまま私を見ているだけだ。

馬鹿馬鹿しい、いくら話し相手が欲しかったからといって飲みすぎて人形と会話しようとするなんて、いよいよイカれている。

もう眠ろう、そう思ってソファから立ち上がろうとした時、そいつはいきなり話しかけてきた。

『オレはお前だよ』


『えっ、今何て言った?』私は咄嗟にその人形に聞き返していた。

『だからオレはお前だよ、進藤高文37才、仕事も家庭も友人も失ってアルコール依存のダメ人間だろ』

そいつはそこに座ったまま笑みを浮かべながらそう言った。

『ああ、そうだ。お前の言うとおり私はダメ人間だ。お前は私の分身か?なぜそこにいる?』

私は泥酔しているし、悪夢を見ているのだと思ったがそいつとの会話を続けたいと感じた。


『分身か、まあそんなようなもんかな、オレはあんたの意識から生まれた。進藤高文という男の精神の塊みたいなもんさ、だから仲良くしようぜ』

そう言ってまたそいつは不気味な笑みを浮かべている。『私の意識から生まれた?ほう…面白い。で、何のために現れた?私に、何か用があるのかな』



『別に用など無いさ、ただ、惨めな男をオレは眺めていただけだ。そしたらオレに気付いたあんたが話しかけてきた』



『なるほど、まあ実をいうと少し人恋しくなったというか、妙に寂しくてね、とにかく誰かと会話したかった。そうゆう気持ちが今、私に幻を見せているんだろうな。だが、お前みたいな化けものでも会話が出来て良かったよ、ありがとう。』



『おいおい、化けものとは何だよ高文。確かにオレは醜いかもしれないがこの姿はお前の心が歪んで腐りかけているからなんだぜ、鏡で自分の顔を見てみろ、まるで精気の無いゾンビみたいな顔してるぜ』

そいつに罵られても腹は立たなかった、むしろ私はそいつとの奇妙なやり取りに興奮していた。


『ああ、化けもんなんて言って悪かったな、何て呼べばいいんだ?』



『何でもいいよ、オレを造りだしたのは高文だ、高文が決めてくれ。だがあんまりヘンテコなのはかんべんだな』

私は酔いで頭も痛くなってきており相変わらず視界はグラグラと揺れていたのだが、そいつとの会話をやめる気はなかった。


『そうだな、何がいいかな…』

私はグラスに酒をつぎたし煙草を吸いながら考えた。

『おい、飲みすぎだ。完全にアル中だな』

呆れるようにそいつは言った。声のトーンが高めで、声変わり前の少年のような感じもして、なんだか可愛らしかった。


『ははは、そうさアル中だ、悪いか?飲まなきゃやってられないんだ』



『はあ…惨めなもんだな。』



『まあな、でも、いい時もあったんだ。人生の何もかもが素晴らしいと感じていた時もあった…』

手元のボトルが空になり私はのそのそと立ち上がって、覚束ない足取りで本棚へ向かった。

ウイスキーのボトルも置き時計も、そいつの顔も二重に見えていた。

『お前の隣にあるウイスキーの名前、ワイルドターキーっていうんだ、お前はそこに居た。だから名前はターキーでどうだ?ははは、かっこいいだろ、ターキー!』



それからターキーと明け方まで話した。何を話したかはまるで覚えていない…





評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ