“刹那 その3”
『春空の追憶』
運転席から空を見た
ひつじ雲の春の空
跳べない柵を探す
もうすでに
かの春は遠く
どこまで見上げても
あの春空は映らない
あの頃
助手席に慣れて
同時に
あなたの横顔を見慣れた
いつまでも
夢だけを
語るに飽きない日々
その憂いさが
その儚さが
そのまま
ふたりの距離だった
『波音』
こうして
何も言葉交わさなくても
あなたのそばは
居心地がいい
こうして
小さくつないだ指だけで
私は深く
満たされる
近くて遠い
この距離が
多分ふたりの
運命だった
それを泣いた日も
もう意味を持たない
そんなものは
もうふたりに要らない
ただ波音に身をゆだね
このまま
夜を見送ろう
『クリア』
これは戒め
二度とあなたを
縛らぬように
これは戒め
自分の立場を
見極めさせる為の
忙しさにやっと
あなたを振り払えたのに
届いた手紙
真白ななかみ
宛名だけが
私に問い掛ける
“あの指が
この字を書いた”
あまりにクリアな記憶
眩暈がするほどの
懐かしさに
甦る慕情
…でもとか
…だからとか言いたくない
こんなにあなたを
何十年経っても
あの頃のまま
忘れられない私
どこまでも
どこまでも
どこまでもクリア
これは戒め
もう二度とがない為に
私に課せられた
宛名だけの
あなたの文字を
もう一度破いて棄てる
このクリアな記憶だけが
ただひとつ
私に遺る
どこまでも
どこまでも
どこまでもクリア