summer beach.
【summer beach】
ドン!
「……来たか」
「……来たな」
「腕が鳴りますね」
「よし!各自持ち場に着け!」
俺たちは海に来ていた。
毎年、夏に一回は海に来ない奴は非国民だ。
そう言い切って、数年前から近くの仲間を誘ってみんなで海に来るようになったのだ。
……ちなみに畑などの作業は、来れない人やじいさんたちに頼んである。
海の幸のお土産と引き換えの、俺たちの僅かな夏休みだ。
毎年のこのイベントを、子供たちも妻たちもそれなりに楽しみにしているようで、特に子供たちは昨夜興奮して眠れず、朝になった今頃になって眠そうにしている。
「コータローは設置場所確保、シゲは資材の調達、補給救護班は拠点の設営だ!俺は戦況を把握してくる」
「おう!」
「おお!」
男たちは勢いよく返事をすると、それぞれに獲物を持って浜辺へ足を踏み入れる。
コータローは掛け矢、シゲはバケツと立鍬、俺はスコップだ。
女性陣と子供たちは休憩所を用意して、しばらくの間は準備と休憩時間になるのだ。
ザンッ!
威風堂々と横に並ぶ三人の男たち。
昇ってくる朝日を正面に、三つの影が浜辺に伸びる。
俺たちは毎年海に来るとやることがあった。
……それは、サンドアートだ。
「よし、準備はいいかお前ら!」
「おう!」
「おお!」
「はいはい。……お昼までには終わる?」
少々呆れ気味に、妻が聞いてくる。
「ああ。それぐらいあれば……」
「……昼?ご冗談を。……3時間もあれば充分でしょう(キラーン)」
「おぉぉっ!」
「さすが頼もしいぜコータロー!」
既にすっかりエンジン全開のコータローに、一気にテンションの上がる俺たち。
……さて、夏は今始まったばかりだぜ!
*
4時間後。
「ねぇ、まだ?」
「……もうちょっと!もうちょっとだけ!」
「あとここの甲羅の部分だけ作ったら!」
「……はぁ。もうお腹ペコペコなんだけど……」
「おっし!右前ヒレはこれでOK!」
「おおっ!さすがシゲ!左官屋だけあるな!その流線型はもはや芸術の域に達してるぜ!」
「……もういいや。いこいこみんな」
完全に火の点いた俺たちを止められる者は、もはやどこにもいないぜ。
大工のコータロー。掛け矢を叩かせたら奴にかなう者はいない。
焼きそばを食いながら、甲羅の模様を描くシゲ。左官屋でありながら水棲生物にも詳しいというマルチな才能を遺憾なく発揮している。
そして全体を統括する俺と、このチームにかかればサンドアートなんてちょちょいのちょいだ。
もう完全に子供たちなんて無視して、このクリエイト作業に没頭する大人の男三人だった……。
*
8時間後。
「ねえもう帰ろうよ~」
「もうちょっと!もうちょっとだけ!」
「あとこの甲羅の右下んとこの模様だけ描かせて!」
「も~、ちゃんと帰りの運転できるんでしょうね?」
「大丈夫だって、あと30分もあれば終わるから!」
「一体、何が3時間よ……はぁ」
*
9時間半後。
「で、できた!」
「よっしゃ!完成だ!」
「ひゃっほう!ざまあみろ!」
嬉々とした顔で振り返る男三人。
「ほら!できたぞ!」
……。
……。
……。
そこには、誰もいなかった。
「そっか、先に帰ったんだったな……」
俺たちの前についに完成したのは、直径3mはあろうかという超リアルなアオウミガメと、フキダシに囲まれた「海はお前らの物じゃないぜ!」の文字。
俺たちが海に来た時は、その証を残すためにこれをやらないと気が済まないのだった。
そしてその作品も、年々エスカレートしていく。
最初は勢いで作った適当な熊から、段々と海に関係があるのにしようとか、観光客に対してメッセージを残そうとかどうせなら大きくとか、どんどん要求が高くなっていく。
「よっしゃ!みんな記念撮影だ!」
「おうよ!」
「おぉ!」
カシャ
巨大ガメをバックに写真を撮るオヤジたち三名は、あっと言う間に気を取り直して写真を撮る。
「来年こそは3時間で作ってやるからな!」
「見てろよ海の野郎!」
「I'll be back again!」
サンドアートを置き去りにして、へとへとの体をやせ我慢しながら、海に捨て台詞を残して浜辺を後にする男ども。
先に帰った女性+子供たちは、塩とか鰹節とか、海産物をちゃんと買っていってくれただろうか?
そんなことを心配しながら、懲りない男たちの挑戦は続くのだった……。