choising fields.
【choising fields.】
この場所に決めた理由を話しておかなければなるまい。
今から数年前、新しい土地探しを始めた頃の話だ。
南向きで緩傾斜地、割と東京にも出やすく、それでいてとにかくだだっ広い田舎、というのが候補地の条件だった。
幾つかの場所を巡って、まあまあいい所は見つかったものの、「ここだ!」という場所が決められずに何度か目の旅路に出た時。
そんな時にたまたま一緒について来たのが彼女だった。
それまでは時々畑や山作業を手伝ってもらうぐらいで、特に親しいというわけではなかった。
だが将来的に田舎暮らしを考えているらしく、場所を探してドライブするという話をした時に「私も行きたい!」という意気込みがすごかったので今回一緒することになったのだ。
……う~ん、まだあまり性格がつかめていない。
結構ノリがいいということだけは分かったのだが。
無言の会話を交わせる相手が好きだ。
あまり気の利いた話を振ることもできず、車内はしばらく音楽だけの無言の時間が過ぎる。
何だか急に気まずい気持ちになって、俺は意味もなく話し掛けた。
「あ、あのさ」
「……ん?」
全く気にしていなかったかのように、彼女は返事をする。
その無邪気すぎる笑顔を見た時、きっと俺は恋に落ちたんだと思う。
……世の中の女性はみんな、振り返った時の笑顔の練習をしてるんじゃないか?
そう思わせるぐらいに、あまりにもその光景は自然に素敵だった。
普段の少し大人びた雰囲気からは分からなかったけど、結構彼女は勝手にこの旅を楽しんでいたんだろう。
相変わらず俺は、ギャップに弱いな。
*
いくつかの場所を巡った後、この場所へ着いた。
全てが完璧というわけではないが、悪くはない。
近くにはきれいな水の流れる川もあるし、朝日がとても綺麗に見えそうだ。
少し歩けば見晴らしのいいスポットもあり、何よりのどかで垢抜けてなさそうな所がいい。
しばらく彼女と、この場所での暮らしについて話が盛り上がる。
……もう少ししたら、帰らなければならない時間だ。
俺たちは最後にもう一度、眼下に広がる清涼な景色を目に焼き付けておくことにした。
高原を渡る風が、彼女の髪を浚っていく。
彼女は髪を浚われぬように手で抑える。
思わず、どこかの絵画の中に迷い込んだような錯覚を覚えた。
……あーなんでこんな時に限ってワンピースなんか着てるんだ。
相変わらず俺は、シチュエーションに弱い男だ。
気が付いたらあの台詞を口にしていた。
「……ここで暮らさないか?」
驚いて振り返った彼女が笑顔で頷いた時、また新しい何かが始まりそうな予感がしたんだ。
*
「ちょっと、起きて。もう出る時間」
「え?……あ、あぁ。分かった」
「あの子たち待ってるから、早くしてね」
「……」
「……どうしたの?」
「……夢を見たよ」
「え?」
「……あの頃の夢」
「?……あぁ、あの頃のね」
「懐かしいなぁ、最初にここに来た時」
「……そうだね。あれからもう5年かぁ……」
「あん時さ、何で俺の言葉にすぐ頷いたの?……前から惚れてたから?」
「何言ってんの。……ん~、もう覚えてないな」
「そんな訳ないだろ。なんでだよ」
「ほら!早く支度して!お爺ちゃんにお土産買わないといけないんだから!」
「ぉ、おい」
あの時の理由を俺は一度聞いておきたかったのだが、忙しかったせいもあって、妻にはうまくはぐらかされてしまった。
まさか本当に覚えてないとか……?いやまさか。でもあいつに限って……いやまさか。
人を散々急かせておいて、自分は忘れ物したとか言って家に戻ってるし。
「お待たせーっ」
「おい、遅いぞ……って、それ……まぁいいか」
仕方ない。今回はうまくはぐらかされることにしよう。
「……5年経っても、まだ似合ってるな」
妻が着替えてきたのは、あの時のワンピースだった。
さて。じゃあ子供たちを迎えに行く前に、二人であの場所へ寄ってくことにするか。