rolling thunder!!!
【rolling thunder!!!】
ゴロゴロゴロゴロ……
「木春ー!木春ーっ!」
俺はどしゃぶりの雨の中、必死で叫びながら娘を捜していた。
まだ真っ昼間だというのに、辺りは大分薄暗くなっている。
ゴロゴロゴロゴロ……
「おーいどこだーっ!木春ーっ!返事しろーっ!」
急に降り出した雨と鳴り出した雷のため、外で遊んでいた木春を呼びに行ったのは少し前のことだった。
家の前の畑にもいないし、自分の森にもいない。
(……もしかして、裏山の方へ行ったのか……)
そう思って入り口の辺りまで来たが、木春の姿は見当たらなかった。
(一人で山には入るなって言ったのに、あいつまさか……)
嫌な想像が頭を過ぎる。
山の怖さについては普段から口うるさく言ってはいるが、もしものことを考えると、可能性は無くはない。
本当に奥まで行ってしまったのなら、俺一人ではどうしようもないかもしれない。
……とりあえず今は木春を信じて、大声で叫ぶしかなかった。
「木春ーっ!」
ドドォーーーーンッッッ!!!
その時、ついに近くに雷が落ちた。
すぐ近くではないようだったが、この山のどこかであることは確かだろう。
……ますます、木春が山にいないことを願うばかりだった。
(もう一度戻りながら捜してみるか。あとは近所に聞いてもしいなかったら……)
その先のことは考えたくないが、こういった場所で暮らす以上、最悪の事態は必ず考えておかなければいけないことだった。
……最悪の事態を防ぐためにも。
「……ゃーん……」
その時、雷鳴の合間に微かに声が聞こえた気がした。
「木春かっ!?」
「父ちゃーん!」
今度は確かに聞こえた。
勘を頼りに声の方へ走っていってみる。
「父ちゃんっ!」
「木春!」
見ると、ちょうど木春が木のウロから出てくる所だった。
……なるほど、あれがよくかくれんぼで使っているという場所のことか。前にそんなことを言っていたのを思い出す。
走ってきた木春を抱き留めると、再会の喜びと安堵に浸る間もなく、手を掴む。
「よし、とにかく戻るぞ」
「うん」
慌てて二人で家の方へ走って戻った。
その途中で携帯から家に電話をかけて、妻に木春発見の報告をする。
『そっか~良かった』
真雲が昼寝をしていたため、妻はとりあえず留守番をしていたのだが、無事に木春が保護された報告を受けて安心したようだった。
家に着くと、そのまま風呂に入って体を暖めて……と考えていたのだが、どうしても気になっていたことをまず話すことにした。
「……いいか木春。今から父ちゃんは大事なことを聞きます」
「……?」
木春もまずお風呂に入るのだと思っていたのだろう。いつも雨に濡れた時はそうだったからだ。
しかし、今日は様子が違ったようだと気付き、不思議な顔をしていた。
「……木春、何であそこに隠れてた?」
「……」
俺がいつもになく真剣な顔をしていたからか、多分木春は俺が怒っているのかどうかを計り兼ねたのだろう。しばらく黙っていた。
それが俺には何となく分かったので、少しだけ声を落ち着けてもう一度聞く。
「いいか、父ちゃんは別に怒ってるんじゃない。木春が何であそこに隠れたのか、その訳を聞いてるんだ」
「……うん。えっ……と、お空がゴロゴロって鳴って光ったから、かみなりが落ちると思って」
「うん、それで?」
「山の前で葉っぱ拾ってたから、あの穴が近くにあるのを思い出して」
「……それで隠れてたのか」
「……うん」
「……」
「……」
「木春、覚えてないか?……前に雷のことは話したよな?」
*
自然の中で暮らす以上、自然の脅威は誰よりも知っていなければならない。
たとえ子供だろうと、自分で自分の身を守るために、命の危険に関わることは毎回しっかりと教えるのがうちの掟だった。
「空が機嫌悪い時は、絶対外にいちゃ駄目だぞ?」
「空に八つ当たりされると、雷が落ちてくるからな」
「大きい木とか電柱とか、目立ってる物に空は八つ当たりしてくるから、できるだけ目立たないようにして大きい家の中に隠れるんだぞ?」
難しい話を分かりやすいようにと、ワンピース(週刊少年ジャンプ)の例えで説明してみたこともあった。
「ほら、ピカピカの実の黄猿と、スクラッチメン・アプーはどっちが速い?」
「アプー?」
「そう、あの顔のラッパをパフーって鳴らす奴」
「パフーッ?」
「そう、パフーって」
「あ、分かった!あのパフーッだ!」(真似をする)
「そうそう、パフーっ」
「パフーッ!」(真似をする)
「そう、パフーっ」
「パフーッ!」(真似をする)
「……パフーはもういいから。それでな、黄猿は光だろ?パフーは音だ。どっちが速かった?」
「え~と、黄猿!」
「そう、黄猿だな。だから、音よりも光の方が速く遠くまで行けるんだ」
「ふ~ん……?」
(あ、これは分かってない顔だな……。今日はこの辺にしとくか)
「だから、ピカッ!て光って、しばらくしてドーンって音が後から鳴ったら、まだ雷は遠くにいるってことだ」
「うんうん」
「ピカッて光るのと、ドーンって音が近いと、雷はすぐ近くまで来てるってこと。その時に木春が目立ってたら……?」
「目立ってたら?」
「……ドーーーーーン!!!だ!」(くすぐる)
「きゃはははははっ!」
「ドーン!」
「きゃはっははっはっ!やだーっ!」
「……はははっ、はぁ……。いいか?だから空の機嫌が悪くなってきたら、早めにうちに戻ってくるんだぞ?」
「はーいっ」
*
(もっとちゃんと説明しとかないと駄目だったな……)
ちょっとだけ反省する。
「……思い出したか?今日木春が隠れてた木は、すごく大きくて目立ってた。もしかしたら雷が落ちたかもしれない」
「……」
「何でもっと早く帰って来なかった?」
……いかん、怒ってるわけではないが、俺としたことがちょっと機嫌悪くなってるかもな。俯いたままの木春。
「……でも、落ちなかったもん、かみなり」
木春が小さい声でボソッと呟く。……きもち口も尖っている。
追い詰められると意地っ張りになるのは、一体誰に似たのか……。
「はぁ……、そうだな。落ちなかったから良かった。もし落ちてたら、俺はもう木春に会えなくなる所だったよ……」
俯く木春の存在を確かめるようにもう一度抱き締めて、半分独り言のように呟いた。
「……よし、風呂入るかっ」
くしゃくしゃっと木春の頭を撫でると、にっと笑う。
……それまで、あんまり俺が真剣な顔をしていたからだろう。
今頃になって怖くなったのか、自分がしたことに罪悪感を感じてきたのか、木春の顔が急にくしゃっと崩れて、目に涙がにじんできた。
「……ぅ、父ちゃんごめんなさいぃ~……」
そしてそのまま泣き出す木春。
「あーいいよもういいよ。何もなくて良かったな。風呂入るぞ?木春?」
泣き止まない木春をしばらく抱き締めてあやしていると、次第に雷雲は遠くの方へと過ぎ去っていく。
時間と共に、次第に木春も泣き止んできたようだったが、何だかまだ俺が怒っている的な微妙な空気が流れており、木春はいつものようにしゃっくりを繰り返していた。
(……これはいかん、空気を変えねば……)
急に妙な芸人根性が俺に湧いてくる。
思わず、まだ半べそをかいている木春に対して、ポツリと呟いた。
「まあ……あれだな。父ちゃんは雷よりも、ママが怒った時の方が怖いけどな」
少しキョトンとした後、いたずらっぽく笑ういつもの俺の顔を見ると、木春もいつもの笑顔で「にいっ」と笑って勢いよく答えた。
「木春も!」
そして二人で大笑いする。
いつの間にか雲の間から晴れ間がのぞく頃には、二人でママの怖さトークで大盛り上がりになっていたのだった。
「……あん時のさぁ、ドア開けた時のママの顔見た!?」
「見たっ!」
「あれは絶対角生えてたよな」
「うん生えてたよ絶対!……怖かった~木春ちょっとおしっこもれたもん」
「……実は父ちゃんもだ」
「「あははははっ!」」
「……ふ~ん、何の話?」
「「えっ?」」
その声と同時に、俺達の目の前に真雲が現れた。
突如現れたヤツは、まるで誰かの真似をしているように、仁王立ちのポーズを取っている。
そして感じる後ろからの強烈なプレッシャー……。
「あわわわわわわ……!」
どうやら同じプレッシャーをニュータイプ木春も感じ取っているようだ。大きく口を開けたまま、パニック状態に陥っている。
「……ママママサ、昼寝をしていたお前が一体どうしてここに……?」
「おきたんだよ~」
「ね~っ?」
再び背後から聞こえた声に、ゼンマイ仕掛けの人形のようにぎこちなく振り返る二人。
そして後ろを見た瞬間、二人の表情が凍りつく。
そこに立っていたのは……。
―――二人の運命や如何に!?