happy birthdayⅠ.
【happy birthdayⅠ.】
「ねえ父ちゃん」
「……ん?」
「赤ちゃんはどうやって生まれてくるの?」
真雲が生まれた時のアルバムを見ていた時、木春がふと尋ねてきた。
……とうとう来たかこの時が。
子供に聞かれて困る質問第一位に輝くであろうこの問いは、普通の親ならば突然あたふたと混乱してしまう所だろうが甘い。
……こんなこともあろうかと、俺は事前にある程度準備をしておいたのだワッハッハ。
「……そうか。それを知りたいんだな?木春」
ちょっと得意げに話し始める。
もちろん顔はとても真剣そうな目付きだ。
それを見て木春も、ゴクリとツバを飲み込んで耳を傾けたようだった。
「いいか?……実は父ちゃんは、赤ちゃんの種が作れるのですえっへん」
少し胸を張る。
木春は黙って聞いている。
「それをママのお腹の中に入れると、ママがお腹の中で種を育ててくれます」
淡々と説明を続ける。
真面目な顔で聞く木春。
「種が立派に育つと、赤ちゃんになってママのお腹の中から生まれてきます」
ジェスチャーを交え、赤ちゃんが育つ所までを説明する。
そして最後に、生まれたての真雲の写真を指さす。
ちなみに真雲が生まれる時は、自宅で木春も俺と一緒に立ち会ったので、おそらく覚えていることだろう。
「こうして赤ちゃんは生まれてくるのです」
「おぉ~っ」
パチパチと拍手する木春。
これはかなり分かりやすい説明だったに違いない。そしてそんなに的外れでもないはずだ。
俺は自分の仕事に満足してうんうんと頷いた。
続いて木春は聞いてくる。
「へぇ~、父ちゃんいいなぁ。はーちゃんにも種作れる?」
真面目キャラクターのまま、俺は答える。
「木春には種は作れません。男の子だけが作れます。……だから真雲は、大きくなったら種を作れるようになります」
「ええぇ~っ!……はーちゃんは?」
大きい声を上げる木春。
そんな木春の肩をポンポンと叩いて、落ち着かせる。
「でも、女の子は赤ちゃんを育てられます。だから木春が大きくなったら、赤ちゃんをお腹の中で育てられるようになります」
へぇ~という顔をする木春。
子供は表情が分かりやすくてよい。
「じゃあ、はーちゃんもママみたいにおなかぽんぽこりんになるの?」
「ぽんぽこりんになるよ」
木春は自分のお腹をめくってポコポコと叩いている。
俺も木春のピチピチのお腹をポコポコ叩かせてもらった。
「……でも、赤ちゃんを育てるには木春が一人前の大人にならないといけません。この前みたいに、スイカを枯らしちゃうようじゃまだまだだな」
「スイカ……、スイカもぽんぽこりん……」
既に俺の話はあまり聞いていないようだ。
きっとお腹がぽんぽこりんになった自分を想像しているのだろう。
木春はしばらくの間、自分のお腹をぺちぺちと叩いていた。
さて、じゃあ俺は風呂にでも……。
「……父ちゃんは赤ちゃんの種をどうやってママのお腹に入れるの?」
「へっ?」
「……おへその中に植えるの?……ママが種を食べちゃうの?」
えっ……?
終わりじゃないの?この話題。
っていうかこのエピソード。
……もうこれで終わっとこうよ。ねぇ。
「ねぇ、どうやって?」
「え?う、う~んそれはね……」
しまったそう来たか……。
ちなみに全く考えてません。
「じゃあママがスイカの種を食べちゃったら、お腹の中でスイカができちゃうの?」
「う、う~ん……ぁ、穴からね……あ、いやえ~と……」
視線が右斜め上当たりを彷徨いつつ、しどろもどろになる俺。
木春の怒涛の質問攻撃は止まらない。
「じゃあママからスイカが生まれてきちゃうの?」
「ん~……、ママー!ママーッ!」
メーデーメーデー!援軍を要請します!
俺は台所にいる妻に向かってSOS信号を発信する。
多分さっきからのやり取りは聞こえていたはずだ。
嫌な予感が当たった~という顔をして、妻がこちらを振り向く。
「そうやって困った時だけこっちに振る~……」
気は進まなそうだったが、予想はしていたようで、真面目な顔で木春の前にひざを付き、娘の顔を真っすぐに見据えた。
「……いい?木春。他の動物さんたちをじっくり観察しなさい。そうすれば大体分かるから」
「……ふ~ん?……分かった」
木春はなんとなく納得したようで、急におとなしくなった。
実際に経験をした女性からの意見は、どこか説得力があるのかもしれない……。
「あと、みんなの前でこんなことベラベラ話しちゃダメよ?木春がきちんと大人になってからじゃないと、みんなに笑われちゃうからね」
「は~い」
素直に聞く木春。
……そうそう。こんな話を近所に触れ回られたら、ちょっとめんどくさいからな。
「あと、パパ?」
ギクッ。
「……はい」
「自分で話したことの責任はちゃんととって頂戴ね」
「……はい」
正座になり、肩身の狭い俺。
「……じゃあ、はい。誕生日おめでとう」
「「「わ~いっ!」」」
……いつだって俺たちの前には、甘くておいしい何かがあるんだ。