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solaの風景  作者: 安楽樹
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come on-a my house.

【come on-a my house.】



……そうだ、猫を飼おう。


そして、たまに和服を着て過ごし、盆栽に水をやるのだ。


それが楽しいに違いない。



……あれは、こっちに来て一年目の夏が過ぎた頃のことだった。


突然、彼女が実家に帰ってしまった。

もう二週間になるが、連絡が取れない。


思ったよりも作った野菜が売れなくて、僕はしばらく不安で不機嫌な時が続いていた。

どうでもいいことで機嫌を悪くし、彼女のことも放ったまま、いじけていた時があった。


気付くのはいつだって、手遅れになってからだ。

野菜に青カビを見つけたみたいに、下駄箱の上で彼女の手紙を見つける。

……カビなら切り取ればいいだけだから、まだマシだったかもな。



『しばらく家に帰ります』



……慌てて外に出てみたけれども、それはほとんど丸一日が過ぎた後のことだったのだ。

それから、彼女と連絡が取れなくなった。


畑を放っておくわけにもいかず、僕はしばらく彼女の帰りを待つ。

だが、三日経っても一週間経っても、彼女は帰ってこない。……連絡も無い。

手紙を出してみようかと思ったが、実家の住所など、聞いてはいなかった。


最悪のケースなんて考えながら、僕は畑も手に付かない日々を過ごしていた。

野菜が売れなかったことなんて、全く目じゃないくらいに最悪な気分だ。

ちょうどそんな時、知り合いのツテで探してもらっていた、一軒家が見つかったと連絡があった。


家族で住めて、農業もしやすい、森の近くの古い民家。


……あんなに探して、ようやく家が見つかった時には、僕は一人になっていた。



(……そうだ、ロシアンブルーの猫を飼おう)


一人佇み、こじんまりとした新居を眺めながら、そんなことをふと思う。

この家に一人は……少し広すぎる。

既に、三週間が過ぎていた。


連絡は、相変わらず無い。

少し自暴自棄になり、携帯を捨てようかと思ったほどだ。

……もう、心のかなりを占める諦め。けれど、ほんの少しの希望がそれをさせなかった。

それ以外の僕の全ては、未練一色で染まっていた。


……猫を飼ったら、縁側で日向ぼっこをしながら、静かに背中を撫でるのだ。

そのまま、爺さんにでもなってしまえばいい。

そしたら、そのうち慕われるようになって通ってきた若い女の子に、


「……僕なんてやめておきなさい。君はまだ若いんだから」


なんて言って、ちょっと切ない恋をするのだ。


……そんな妄想をしてみても、静か過ぎる一人きりの一軒家は、何だか寂しい。



そうして、ついに一ヶ月が経った。


もう、一人で古びた玄関を出ることにも慣れ始めた時、彼女は突然帰って来た。

誰に聞いたのか、新居の小さな玄関の前で僕を待っていた。


僕は、そこにいる彼女がまるで幻かのように目をパチクリさせたまま、何も言うことができない。

……何度も何度も瞬きをした。


幻よりは少しリアルな彼女は、しばらくモジモジしていると、……僕にだけ聞こえるように、小さく呟く。


「あのね、赤ちゃん……できたみたい」


僕は、その言葉も幻ではないかと思ったが、近づいてきた彼女のその柔らかな匂いを懐かしく思った時、急に不思議な光景が浮かんで来るのが分かった。

この、古びてこじんまりした静かな新居で暮らす、僕と彼女と……そして子供たち。

何故かそれは幻ではないような気がして、僕は彼女に向かって小さく笑う。


「……おかえり。ずっと待ってたよ」


やっぱり、新しい生活は二人の方がずっといいな。


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