come on-a my house.
【come on-a my house.】
……そうだ、猫を飼おう。
そして、たまに和服を着て過ごし、盆栽に水をやるのだ。
それが楽しいに違いない。
*
……あれは、こっちに来て一年目の夏が過ぎた頃のことだった。
突然、彼女が実家に帰ってしまった。
もう二週間になるが、連絡が取れない。
思ったよりも作った野菜が売れなくて、僕はしばらく不安で不機嫌な時が続いていた。
どうでもいいことで機嫌を悪くし、彼女のことも放ったまま、いじけていた時があった。
気付くのはいつだって、手遅れになってからだ。
野菜に青カビを見つけたみたいに、下駄箱の上で彼女の手紙を見つける。
……カビなら切り取ればいいだけだから、まだマシだったかもな。
『しばらく家に帰ります』
……慌てて外に出てみたけれども、それはほとんど丸一日が過ぎた後のことだったのだ。
それから、彼女と連絡が取れなくなった。
畑を放っておくわけにもいかず、僕はしばらく彼女の帰りを待つ。
だが、三日経っても一週間経っても、彼女は帰ってこない。……連絡も無い。
手紙を出してみようかと思ったが、実家の住所など、聞いてはいなかった。
最悪のケースなんて考えながら、僕は畑も手に付かない日々を過ごしていた。
野菜が売れなかったことなんて、全く目じゃないくらいに最悪な気分だ。
ちょうどそんな時、知り合いのツテで探してもらっていた、一軒家が見つかったと連絡があった。
家族で住めて、農業もしやすい、森の近くの古い民家。
……あんなに探して、ようやく家が見つかった時には、僕は一人になっていた。
*
(……そうだ、ロシアンブルーの猫を飼おう)
一人佇み、こじんまりとした新居を眺めながら、そんなことをふと思う。
この家に一人は……少し広すぎる。
既に、三週間が過ぎていた。
連絡は、相変わらず無い。
少し自暴自棄になり、携帯を捨てようかと思ったほどだ。
……もう、心のかなりを占める諦め。けれど、ほんの少しの希望がそれをさせなかった。
それ以外の僕の全ては、未練一色で染まっていた。
……猫を飼ったら、縁側で日向ぼっこをしながら、静かに背中を撫でるのだ。
そのまま、爺さんにでもなってしまえばいい。
そしたら、そのうち慕われるようになって通ってきた若い女の子に、
「……僕なんてやめておきなさい。君はまだ若いんだから」
なんて言って、ちょっと切ない恋をするのだ。
……そんな妄想をしてみても、静か過ぎる一人きりの一軒家は、何だか寂しい。
*
そうして、ついに一ヶ月が経った。
もう、一人で古びた玄関を出ることにも慣れ始めた時、彼女は突然帰って来た。
誰に聞いたのか、新居の小さな玄関の前で僕を待っていた。
僕は、そこにいる彼女がまるで幻かのように目をパチクリさせたまま、何も言うことができない。
……何度も何度も瞬きをした。
幻よりは少しリアルな彼女は、しばらくモジモジしていると、……僕にだけ聞こえるように、小さく呟く。
「あのね、赤ちゃん……できたみたい」
僕は、その言葉も幻ではないかと思ったが、近づいてきた彼女のその柔らかな匂いを懐かしく思った時、急に不思議な光景が浮かんで来るのが分かった。
この、古びてこじんまりした静かな新居で暮らす、僕と彼女と……そして子供たち。
何故かそれは幻ではないような気がして、僕は彼女に向かって小さく笑う。
「……おかえり。ずっと待ってたよ」
やっぱり、新しい生活は二人の方がずっといいな。