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solaの風景  作者: 安楽樹
13/17

like a wind.

BGM:【Zabadak/駆け抜ける風のように】

http://www.youtube.com/watch?v=YUqc_1q8fcc&feature=BFa&list=PL4BE1B08F49730CA8&shuffle=894734

【like a wind.】


入道雲と、少し強めの風。

……惜しむらくは、下校時間がもう手に入らないことだ。



麦藁帽子が欲しい季節になった。


人生で最も充実した時間は、下校時間だと思う。

二度寝の時間も気持ちいいけど、あれは充実じゃないね。



初夏の真っ青な空の下、夕方になって畑を引き上げる。

外は明るいので作業はまだまだできるが、そろそろ今日の夕食用のおかずを持って帰らなければならない。

……あとは家の近くの作業をすることにしよう。


道具を軽トラに乗せて、野菜を積み込む。キャベツと白菜、葉物が中心だ。

もう少ししたら、キュウリやトマトも採れ始めるだろう。

俺が担当する、夕食の一品料理の献立を考えながら、車のエンジンをかけて畦道を走った。


今日もぶっきらぼうな音を立てて走る、畑のポルシェことスバルのサンバーはご機嫌だ。

……やはり畦道は、時速30kmぐらいでトロトロ走るのがちょうどいい。


夕暮れの涼しげな風が、開けっぱなしの窓から吹き抜けていく。

程よく汗ばんだ体を冷やしてくれて、気持ちいい。


……目の前には、下校中の高校生の男女が二人乗りで自転車を走らせていた。


田んぼの畦道には、何故か制服が良く似合う。

彼らにとって、きっと畑と農家と麦藁帽子は背景なのだ。

……でも、それでいいんだと思う。


自転車に乗らなくなってしまった今、自転車のスピードと車のスピードは違うという事を改めて感じている。

速度の話なんかじゃない。心の時間の話だ。

自転車で行ける場所が自分の世界の全てだった頃は、世界はもう少し彩りに満ちていたような気がするなぁ……。


ただの郷愁だろうか。

少しノスタルジックな気分になると、夕日を見ながら帰っていたあの頃を思い出す。

その紅さは少しも変わらないのに、何故かあの頃の方が胸に迫っていた。


毎日の下校時間に、毎日夕日に照らされていたあの頃。



近づく高校生カップルの自転車。強めの風が吹いた。

それでもよろけずに走る男子と、ロングヘアーが浚われてなびく女の子。

いつもの日常の一日が、とても貴重な宝石のように。


その光景に、突然既視感デジャヴを起こす。

後ろに乗っているのが、白いワンピースの女の子のような錯覚。


あれは……。


……妻だろうか?

……初恋のあの子か?

それとも……?


結局、分からないまま自転車を追い越した。



……ん?あいつは……。




カンカンカンカン……


畦道には、踏切がつきものだ。

永遠に近く思える永さの踏切が開くのを、のんびりと待つ。


ボーッと黄色と黒のポールを眺めていると、後ろからさっきの高校生たちが追いついてきた。自転車は軽トラの隣で止まると、ふと横を向いた俺と男子の目が合う。

ギョッとする男子。


タタンタタン……タタンタタン……


二両編成の単線電車がコトコトと目の前を通り過ぎていく。

踏み切りの前の時間だけが止まったような感覚。


そして永遠が過ぎ、ようやく踏切が開く。

俺は横を向いたままにやりと笑うと、再び前を向き、少し車の速度を上げて踏み切りを渡った。


……いいねぇ。

俺の叶えられなかった夢の一つは、『畦道を二人乗りで彼女と帰ること」だったんだ。



線路の前で固まっている真雲を置き去りにして、長く伸びた軽トラの影は遠ざかっていったのさ。

……さあ、今日の夕食が楽しみだ。


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