like a wind.
BGM:【Zabadak/駆け抜ける風のように】
http://www.youtube.com/watch?v=YUqc_1q8fcc&feature=BFa&list=PL4BE1B08F49730CA8&shuffle=894734
【like a wind.】
入道雲と、少し強めの風。
……惜しむらくは、下校時間がもう手に入らないことだ。
*
麦藁帽子が欲しい季節になった。
人生で最も充実した時間は、下校時間だと思う。
二度寝の時間も気持ちいいけど、あれは充実じゃないね。
初夏の真っ青な空の下、夕方になって畑を引き上げる。
外は明るいので作業はまだまだできるが、そろそろ今日の夕食用のおかずを持って帰らなければならない。
……あとは家の近くの作業をすることにしよう。
道具を軽トラに乗せて、野菜を積み込む。キャベツと白菜、葉物が中心だ。
もう少ししたら、キュウリやトマトも採れ始めるだろう。
俺が担当する、夕食の一品料理の献立を考えながら、車のエンジンをかけて畦道を走った。
今日もぶっきらぼうな音を立てて走る、畑のポルシェことスバルのサンバーはご機嫌だ。
……やはり畦道は、時速30kmぐらいでトロトロ走るのがちょうどいい。
夕暮れの涼しげな風が、開けっぱなしの窓から吹き抜けていく。
程よく汗ばんだ体を冷やしてくれて、気持ちいい。
……目の前には、下校中の高校生の男女が二人乗りで自転車を走らせていた。
田んぼの畦道には、何故か制服が良く似合う。
彼らにとって、きっと畑と農家と麦藁帽子は背景なのだ。
……でも、それでいいんだと思う。
自転車に乗らなくなってしまった今、自転車のスピードと車のスピードは違うという事を改めて感じている。
速度の話なんかじゃない。心の時間の話だ。
自転車で行ける場所が自分の世界の全てだった頃は、世界はもう少し彩りに満ちていたような気がするなぁ……。
ただの郷愁だろうか。
少しノスタルジックな気分になると、夕日を見ながら帰っていたあの頃を思い出す。
その紅さは少しも変わらないのに、何故かあの頃の方が胸に迫っていた。
毎日の下校時間に、毎日夕日に照らされていたあの頃。
近づく高校生カップルの自転車。強めの風が吹いた。
それでもよろけずに走る男子と、ロングヘアーが浚われてなびく女の子。
いつもの日常の一日が、とても貴重な宝石のように。
その光景に、突然既視感を起こす。
後ろに乗っているのが、白いワンピースの女の子のような錯覚。
あれは……。
……妻だろうか?
……初恋のあの子か?
それとも……?
結局、分からないまま自転車を追い越した。
……ん?あいつは……。
*
カンカンカンカン……
畦道には、踏切がつきものだ。
永遠に近く思える永さの踏切が開くのを、のんびりと待つ。
ボーッと黄色と黒のポールを眺めていると、後ろからさっきの高校生たちが追いついてきた。自転車は軽トラの隣で止まると、ふと横を向いた俺と男子の目が合う。
ギョッとする男子。
タタンタタン……タタンタタン……
二両編成の単線電車がコトコトと目の前を通り過ぎていく。
踏み切りの前の時間だけが止まったような感覚。
そして永遠が過ぎ、ようやく踏切が開く。
俺は横を向いたままにやりと笑うと、再び前を向き、少し車の速度を上げて踏み切りを渡った。
……いいねぇ。
俺の叶えられなかった夢の一つは、『畦道を二人乗りで彼女と帰ること」だったんだ。
線路の前で固まっている真雲を置き去りにして、長く伸びた軽トラの影は遠ざかっていったのさ。
……さあ、今日の夕食が楽しみだ。