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solaの風景  作者: 安楽樹
12/17

tropical island.

【tropical island.】


『今日は何してるの?』

『近くの土産屋で買い物』


訝しげにメールを返す俺。

……西表に来て、早一ヶ月。

予想を覆す離島の洗礼を受けて、既に俺はきりきり舞いだった。


(……帰りてぇ……)


男を結婚する気にさせたきゃ、冬の与那国で働かせろ。

そんな島の諺が分かってしまうぐらい、容赦ない風雨が俺のモチベーションを奪っていく。


携帯の画面を見ながら、妻と子供たちの顔を思い出し、しばしホームシックに陥る。

そうして久々の休日である今日、妻たちへのお土産を買うために、港の近くの土産物屋に来ているというわけだった。


『何ていう所?』


Google Mapでも見たりしてるんだろうか。

……妙に妻が大人しいのが気になるな。去年とはえらい違いだ。

妻からのメールに返信し、妙な胸騒ぎを覚える俺。


……嫌な予感がする。

ここはもだまネックレスじゃなくて、蝶貝のアクセサリにしといた方がいいか……?

そんなことを考えながら、装飾品コーナーで迷っていると、いきなり後ろから声が掛けられる。


「……すいません、お一人ですか?」


若い女性の声に、俺は光の速度で最大級の紳士スマイルを浮かべて振り向く。


「ええ、一人です!」


……ん?


『なっ!?』


……その笑顔は、光速のまま時空を超えたブラックホールへと吸い込まれて行った。

俺の耳には、聞き慣れた声が聞こえてくる。


「とーちゃーんっ!」

「とーちゃ!」


幻聴だ……これは幻聴に違いない……。


固まる俺に飛びついてくる二人の子供。

当然、視線を上げるとそこには……。


「……な、何でここに!?」


「来ちゃった。うふ(はぁと)」


「……」

「……」


一瞬だけ、その場を沈黙が包んだ。

俺は理性を総動員し、全身フリーズした俺の体の奥底から、突っ込みのDNAを呼び覚ます。


……今だけでいい。この瞬間だけ突っ込めれば、あとは俺の体はどうなってもいい……っ!

そんな覚悟で叫ぶ。


「……『来ちゃった。うふ(はぁと)』じゃねーよ!一体家からどんだけ離れてると思ってんだよ!むしろ内地よりも台湾の方が近いんだぞ……っ!」


俺の中の全生命力的なものを振り絞って叫んだ突っ込みに、そこにいた妻は平然と微笑みを返す。


「びっくりした?」

「びっくりどころの騒ぎじゃねーよ!ハブに噛まれるより衝撃的だっつーの!」

「あはは」

「あははじゃねーよ!……一体何のために出稼ぎに来てるんだっての……」


往復6万だぞ……?

周りでは、久々に再会したうちの悪ガキどもがギャイギャイ騒いでいるが、そんなものは全く俺の視界には入っちゃいない。


……通りで機嫌が良かったわけだ……一体いつの間に?……そういえば年末から既に……いやそれよりも、何か重大なことを忘れているような……?


グルグルと混乱する思考を整理し、ようやくそこまで辿り着いた時だった。

一筋の汗を垂らしながら、恐る恐る妻の顔を見ると……。


「『ええ、一人です!』……?」


ギクッ!


妻の微笑みが、徐々に先ほどとは別の種類のものに変わってきている。

マズい……マズいぞ俺のDNA。

早くこの場を切り抜ける潜在能力を開花させるんだ……っ!


「さーて、何買ってもらおうかしら?」


「……はい……どうぞお好きな物を……」


あっという間に妻のDNAに負ける、俺のDNA。

……俺の潜在能力は、どうやら枯渇したようだった。


しげしげとミンサー織りを眺める妻を置いて、子供たちと外へ出る。


さすが南国。日差しが目に沁みるぜ……。

見上げた空は、いつものように曇っていた。



その後、珍しく晴れた久々の休日。


結局俺たちは、近場の海辺に行ってのんびりと過ごした。

穏やかに打ち寄せる波と、紺碧色の海と戯れる子供たちを見て、『……海が見えない場所って、なんか落ち着かないんだよね……』と言っていた島の人の言葉を思い出す。


その気持ちはよく分かる気がする。

だだっ広くてバカでかい、あの懐かしい山々が脳裏に浮かぶ。


「どうしたの?」

「……いや、何でもないよ」


隣に座り、夕日と同じ色で紅く染まる海を見ながら、穏やかに微笑んでいる妻。

俺は水平線に沈み行く、紅く澄んだ夕日を見ながら考える。



……来年の出稼ぎは、もっと近場に行くとするかな。



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