tropical island.
【tropical island.】
『今日は何してるの?』
『近くの土産屋で買い物』
訝しげにメールを返す俺。
……西表に来て、早一ヶ月。
予想を覆す離島の洗礼を受けて、既に俺はきりきり舞いだった。
(……帰りてぇ……)
男を結婚する気にさせたきゃ、冬の与那国で働かせろ。
そんな島の諺が分かってしまうぐらい、容赦ない風雨が俺のモチベーションを奪っていく。
携帯の画面を見ながら、妻と子供たちの顔を思い出し、しばしホームシックに陥る。
そうして久々の休日である今日、妻たちへのお土産を買うために、港の近くの土産物屋に来ているというわけだった。
『何ていう所?』
Google Mapでも見たりしてるんだろうか。
……妙に妻が大人しいのが気になるな。去年とはえらい違いだ。
妻からのメールに返信し、妙な胸騒ぎを覚える俺。
……嫌な予感がする。
ここはもだまネックレスじゃなくて、蝶貝のアクセサリにしといた方がいいか……?
そんなことを考えながら、装飾品コーナーで迷っていると、いきなり後ろから声が掛けられる。
「……すいません、お一人ですか?」
若い女性の声に、俺は光の速度で最大級の紳士スマイルを浮かべて振り向く。
「ええ、一人です!」
……ん?
『なっ!?』
……その笑顔は、光速のまま時空を超えたブラックホールへと吸い込まれて行った。
俺の耳には、聞き慣れた声が聞こえてくる。
「とーちゃーんっ!」
「とーちゃ!」
幻聴だ……これは幻聴に違いない……。
固まる俺に飛びついてくる二人の子供。
当然、視線を上げるとそこには……。
「……な、何でここに!?」
「来ちゃった。うふ(はぁと)」
「……」
「……」
一瞬だけ、その場を沈黙が包んだ。
俺は理性を総動員し、全身フリーズした俺の体の奥底から、突っ込みのDNAを呼び覚ます。
……今だけでいい。この瞬間だけ突っ込めれば、あとは俺の体はどうなってもいい……っ!
そんな覚悟で叫ぶ。
「……『来ちゃった。うふ(はぁと)』じゃねーよ!一体家からどんだけ離れてると思ってんだよ!むしろ内地よりも台湾の方が近いんだぞ……っ!」
俺の中の全生命力的なものを振り絞って叫んだ突っ込みに、そこにいた妻は平然と微笑みを返す。
「びっくりした?」
「びっくりどころの騒ぎじゃねーよ!ハブに噛まれるより衝撃的だっつーの!」
「あはは」
「あははじゃねーよ!……一体何のために出稼ぎに来てるんだっての……」
往復6万だぞ……?
周りでは、久々に再会したうちの悪ガキどもがギャイギャイ騒いでいるが、そんなものは全く俺の視界には入っちゃいない。
……通りで機嫌が良かったわけだ……一体いつの間に?……そういえば年末から既に……いやそれよりも、何か重大なことを忘れているような……?
グルグルと混乱する思考を整理し、ようやくそこまで辿り着いた時だった。
一筋の汗を垂らしながら、恐る恐る妻の顔を見ると……。
「『ええ、一人です!』……?」
ギクッ!
妻の微笑みが、徐々に先ほどとは別の種類のものに変わってきている。
マズい……マズいぞ俺のDNA。
早くこの場を切り抜ける潜在能力を開花させるんだ……っ!
「さーて、何買ってもらおうかしら?」
「……はい……どうぞお好きな物を……」
あっという間に妻のDNAに負ける、俺のDNA。
……俺の潜在能力は、どうやら枯渇したようだった。
しげしげとミンサー織りを眺める妻を置いて、子供たちと外へ出る。
さすが南国。日差しが目に沁みるぜ……。
見上げた空は、いつものように曇っていた。
*
その後、珍しく晴れた久々の休日。
結局俺たちは、近場の海辺に行ってのんびりと過ごした。
穏やかに打ち寄せる波と、紺碧色の海と戯れる子供たちを見て、『……海が見えない場所って、なんか落ち着かないんだよね……』と言っていた島の人の言葉を思い出す。
その気持ちはよく分かる気がする。
だだっ広くてバカでかい、あの懐かしい山々が脳裏に浮かぶ。
「どうしたの?」
「……いや、何でもないよ」
隣に座り、夕日と同じ色で紅く染まる海を見ながら、穏やかに微笑んでいる妻。
俺は水平線に沈み行く、紅く澄んだ夕日を見ながら考える。
……来年の出稼ぎは、もっと近場に行くとするかな。