looking for a rainbow.
【looking for a rainbow.】
「虹を探しに行ってくる」
そう言って、木春がいなくなった。
*
……それは、しとしとと秋雨が降った午後の出来事だった。
すぐに止んだ雨が残した置き土産は、東山の手前に見える大きな虹だった。
見つけた俺は、慌てて木春を呼び、二人でその大きさと鮮やかさに感動していた。
その後、玄関先で薪を作っていた俺は、しばらくして出かけていく木春を見送ったのを覚えてはいたが、帰りが遅いことに気づいたのは妻の方だった。
その知らせを聞き、俺はチェーンソーを持つ手を止めて近所を探し始める。
この時期は日が暮れるのが急に早くなるため、いつもよりも早めに帰ってくるようにと言っていた矢先のことだった。
もう五時に近くなり、辺りを急速に闇が染めていく。
近場を探し終え、それでも見つからずに手助けを頼もうかどうしようか迷っていた時に、妻からの着信があった。
川の近くのお宅にお邪魔していた木春が見つかったのは、もう五時半を回ろうかという頃合だった。
「あとちょっとで虹の根っこが見つかりそうだったから」
そう言って何事も無かったかのように帰ってきた木春に、当然のように妻はご立腹の様子だった。
……気持ちは分かる。
俺だって、川岸や大きい水路の陰を覗くたびに、ぺしゃんこになりそうなほど胸が締め付けられていたから。
でも、絶対に大人は、子供から冒険を奪ってはいけないと思っている。
……きっと妻も。
ただその夜、少し泣きながら安堵の言葉を繰り返す妻のことを思うと、痛いほどその胸の内は理解できた。
だから、俺は代わりになぐさめ役に立候補することにする。
縁側で小さな背中をさらに小さくしてしょんぼりしている木春に、俺は声をかける。
「……木春、ココア飲むか?」
「……いらない……」
一人で歩いている木春に声をかけて、お菓子をご馳走して電話で聞きまわって、わざわざうちまで連れてきてくれた池上さんという方に何度も頭を下げてお礼を言っていた妻が、その後に珍しく本気で怒っているのが分かったのだろう。
いつものように大声で泣くのではなく、グスグスと鼻をすすりながらずっと黙っている木春。
俺は仕方がないなと、少しだけ鼻でため息を吐いた後、木春の隣に腰掛ける。
すぐ横にココアを置いてやるが、木春は手を付けようとはしなかった。
俺も同じく、昼間は大きな虹が出ていた方角を見ながら、静かに話し出す。
「……」
「……」
「……今日の虹、根っこが見つかりそうなぐらい大きかったな」
「……うん」
すると、黙っていた木春も小さく頷いた。
……やっぱり。
母ちゃんを心配させて、ヘコんでんだなこいつは。
安心した俺は、もう一度木春にココアを勧めると、質問を始めることにした。
「今日はどこまで行ったんだ?」
「虹の根っこは見つからなかったのか?」
「……危なくなかったか?」
それらの質問に、ポツリポツリと木春は返事をし始める。
そうして一口ココアを飲むと、今日の冒険譚を饒舌に語りだすまでに、そう時間はかからなかった。
大きい犬がいた話。
急に近くから大きくて綺麗な鳥(おそらく雉だろう)が飛んでいった話。
カラスがたくさんいて怖かった話。
その一つ一つを頷いて聞きながら、手近にあったメモ用紙にさらさらとあらすじを書いていく。
時に大げさに。
時にドキドキハラハラと。
後で本人直筆の挿絵を加えれば、世界で一つだけの絵本『木春の大冒険』の出来上がりだ。
……きっと表紙には、でっかい虹が描かれていることだろう。
木春が話し終わるまでに、妻からのご飯の声がかかる。
……続きは、夕食が終わってからだな。
空になったココアのコップを持つと、俺は立ち上がり、木春にもう一度声をかける。
「……おい木春、今日はおもしかったか?」
「うん、おもしかった!」
何とか、機嫌は直ったようだ。
見上げる満面の笑顔に、つられて俺も笑みがこぼれる。
なあ木春。
……俺も一つ、ここに虹を見つけたよ。