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発展も発達もない世界

とある作品の未来描写は、主人公と師匠の功績を数百年後の歴史という形で語る構成になっている。

しかし、これまで積み重ねられてきた設定を踏まえると、歴史として成立していない点、社会の変化が不自然な点、主人公への功績の集中が過剰な点があまりにも多い。

英雄譚というより、世界中の発明や制度を一人に集約しただけの歴史になっており、かえって作品世界の説得力を失わせている。


まず最大の問題は、「魔術」という概念が主人公一人によって世界中へ普及したという歴史である。

作中では主人公が「結果ではなく過程を指定する」という発想を生み出し、それによって誰でも魔術が使えるようになったと説明されている。


しかし、この設定は以前までの描写と一致しない。

主人公が行っていることは、師匠の科学の知識を受け売りしているだけである。

師匠も水素、酸素、電気分解、熱伝導など、地球では高校や大学で学ぶ内容を知っていただけであり、自ら発見したわけではない。


つまり主人公は発明家ではなく師匠の知識の運搬者に過ぎない。

ところが未来では、科学そのものを生み出した人物のように扱われている。

これは功績の誇張である。


さらに、水素爆発を魔術の象徴として扱っている点も以前からの問題を引きずっている。

作品では水を水素と酸素へ分解し、火花を飛ばして爆発させることが「効率的な魔術」とされている。

しかし現実には、水を電気分解するために必要なエネルギーは非常に大きい。

そのエネルギーを魔力で補助できるのであれば、その魔力を直接攻撃へ使った方が効率は高い。


つまり魔術の代表例として最初に示される現象自体が、最も非効率なのである。

その理論を数百年間誰も疑わなかったという歴史になってしまっている。

これは世界中の研究者が全員思考停止していることを意味する。


また、「知識があれば誰でも使える」という説明も極端すぎる。

知識だけで世界中の人間が高度な魔術を使えるならば、逆に知識の習得こそ最大の才能になる。

現実でも電磁気学や量子力学を知っているだけでは発電所も半導体も作れない。

理論を理解する能力と実際に運用する能力は別物である。


ところが作品では「知識があれば使える」の一言で済ませてしまう。

魔力量という才能主義を否定した代わりに、知識万能主義へ置き換えただけであり、本質的な問題は何も解決されていない。


ブランドの話も違和感が大きい。

主人公がブランドという概念を発明したことになっているが師匠の受け売りである。

しかも現実では歴史的に成立しない。品質保証や信用を表す印は人類史の初期から存在する。

ところがこの作中では「印を付けた最初の人物」のように描かれる、それではこの世界の商人も職人も数千年間何をしていたのかという話になる。


さらに、「模倣品が横行するからブランドを作った」という説明も説得力がない。

なぜなら師匠が作った魔法道具を主人公がそのまま職人へ解析させ、自分のブランドで販売している。

つまり最初に行われたこと自体が模倣である。

その模倣品を主人公ブランドとして売り出した人物が、後に知的財産の守護者のように歴史へ記録されるのは矛盾している。

師匠の技術を利用して利益を得た事実が、歴史から完全に消えている。

これは歴史ではなく神話化である。


ドライヤーやケトルも同様である。未来では主人公が唯一無二の発明家として語られる。

しかし過去の描写では、ほとんどの発想は師匠が提供している。

真空断熱、魔法道具、風魔法、加熱技術など、根幹部分は師匠の技術である。

主人公はそれをコピーしているだけである。


にもかかわらず歴史では主人公だけが「魔道具の母」と呼ばれている。

師匠の功績が都合よく主人公へ集約されてしまっている。

数百年後の歴史としては極めて不自然である。


さらに、数百年間レシピがほとんど変わらないシャンプーという設定にも疑問が残る。

数百年もの間、化学も魔術も発展している世界で、改良がほぼ不要という商品は存在しない。

現実でも石鹸や香水ですら時代ごとに配合が変わる。

原料も精製技術も保存方法も変化する。

技術革新が続いているにもかかわらず、「初代のままが最高」というのは、ブランド神話を演出するための都合の良い設定に過ぎない。


また、三階へ保管されている試作品が数百年経っても完全動作するという描写も違和感がある。

魔法道具に劣化という概念がないのであれば、それだけで文明は大きく変わる。

永久機関のような道具が存在する社会になる。


もし劣化しないのであれば、新品を作る必要も減る。

逆に劣化するのであれば、数百年前の試作品が当時の性能を維持する理由を説明しなければならない。

ここでも設定が都合よく扱われている。


香水のオーダーメイドについても理想論が先行している。

本人と家族だけへ提供し続けるという理念は美しい。

しかしブランドとして考えれば利益を大幅に捨てることになる。


しかも代々配合を管理し続けるには厳格な記録保管と技術継承が必要になる。

それを数百年間、一度も漏洩も紛失もなく維持できるというのは現実味が薄い。

職人が何代も交代しているにもかかわらず、一切の事故が起きない世界になってしまっている。


歴史教師の授業そのものにも違和感がある。

教師は主人公を一方的に称賛するだけである。

歴史とは本来、多角的な視点から評価される。

革命には反対派がいる。新技術には既得権益との対立がある。

ブランドの普及にも反発がある。

魔法から魔術への転換で社会制度が変われば、多くの犠牲や混乱が生じる。

しかし作中ではそのような負の側面が一切存在しない。

歴史教育というより偉人伝になっている。

主人公への評価があまりにも一面的である。


そもそも数百年という時間の扱いが軽すぎる。

現実では数百年前といえば江戸初期やルネサンス以前に相当する。

その間に言語も価値観も政治も宗教も経済も大きく変化する。


しかし作中では主人公の言葉がほぼそのまま名言として残り、ブランドもロゴも商品も店名も当時のままである。

文化の変遷という歴史の本質が描かれていない。

時間だけが経過した舞台装置にしか見えない。

結局、この未来編が抱える最大の問題は、世界のあらゆる進歩が主人公一人へ集中していることである。

魔術の始祖。魔道具の母。ブランドの発明者。品質保証制度の創始者。

巨大企業の創業者。香水文化の礎。歴史に残る名言の作者。社会制度の改革者。

ここまで功績を積み重ねると、一人の人物ではなく文明そのものになってしまう。


しかも、その基礎技術の多くは師匠から教わったものであり、知識も師匠が持ち込んだものである。

完全なゼロから創造したものは決して多くない。

それにもかかわらず、未来ではほぼすべての発展が主人公一人の業績へ置き換えられている。

その結果、異世界そのものが自力で発展できない世界になってしまった。

科学者も職人も商人も研究者も存在意義を失い、文明は主人公を待つだけの世界になっている。

これは主人公を偉大に描こうとした結果、世界そのものを矮小化してしまった典型例である。


偉人とは、一人で世界を作る存在ではない。

多くの人々の努力や積み重ねの上で、新しい時代を切り開く存在である。

しかし本作では、文明の進歩という本来何世代にもわたる共同作業が、主人公一人の功績へ集約されている。そのため、歴史としての重みも、世界観としての厚みも失われ、読者には「主人公を持ち上げるためだけに作られた未来史」という印象しか残らないのである。


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