表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
《裏垢魔法少女》ミッドナイト・ヴェノム  作者: リコリスト
第2章 偽善者の聖戦

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

8/12

第8話 選択

《金曜日・深夜(続き)》


『凪殿、敵の動きが止まりました』


ルミエの声が、淡々と響く。

見ると——影の動きが、確かに鈍くなっていた。

攻撃を連続で繰り出したことで、疲労しているのか。


『ここからの選択は、貴殿に委ねます』

「選択?」

『敵を「消滅」させるか、「浄化」させるか』


ルミエは、私の周りをゆっくりと回った。


『消滅させれば、即座に脅威は排除されます。フォロワー消費も少なくて

済みます』

『しかし、浄化すれば——敵の核にある「本音」を解放し、元の持ち主に

還すことができます』

「元の持ち主……?」

『メンタルモンスターは、人間の抑圧された感情が実体化したもの。つま

り、あの影はお母様の「本音」なのです』


影を見る。


『——サビシイ……誰カ、見テ……』


あの声は、母の声だ。

母が、誰にも言えなかった本音。

誰にも見せられなかった弱さ。


『消滅させれば、その「本音」も消えます。お母様は、自分の弱さを永遠

に認識できなくなる』

『浄化すれば、その「本音」は解放され、お母様自身の心に還る。痛みを

伴いますが、それが「癒し」の始まりとなります』


ルミエは、私の前で静止した。


『どちらを選びますか、凪殿』


私は、影を見つめた。

消滅か、浄化か。

楽な方を選ぶなら、消滅だ。

今すぐ攻撃すれば、終わる。

けれど——


『——ダレカ……ダレカ、ワタシヲ……』


あの声を、消していいのか。

あの「本音」を、なかったことにしていいのか。

母は確かに、私を縛り付けてきた。

「あなたのため」という言葉で、私を型に嵌めようとしてきた。

けれど、その仮面の下には—— 私と同じように、承認を求め、孤独に怯え

る、一人の弱い人間がいた。

私は、ソウルフォンを下ろした。


「……浄化する」

『よろしいのですか? 浄化は消滅より難しく、失敗すれば貴殿自身が

「侵食」される危険もあります』

「いい」


私は、影に向かって歩き出した。


「あいつの「本音」を、消したくない」

「それが痛みを伴うとしても——」

「本音を認められないまま生きるより、マシだと思うから」


ルミエは、何も言わなかった。

けれど、その沈黙には——どこか、満足げな響きがあった。

私は、影の前まで歩いた。

ソウルフォンを、腰の位置まで下げる。

攻撃態勢ではない。


『——?』


影が、私を「見た」。

いや、目はない。

けれど、確かに「意識」を向けられている。

私は、深呼吸をした。

そして、口を開いた。


「……寂しかったんだね」

『——!』


影が、ビクリと震えた。


「誰にも見てもらえなくて。誰にも認めてもらえなくて」


一歩、また一歩。

影に、近づいていく。


「ずっと、『いい母親』『いい妻』を演じ続けて」

「『あなたのため』って言いながら、本当は自分が認められたかっただけ

で」

「それで、苦しかったんだよね」

『——ソウ……ソウナノ……』


影の声が、少しだけ穏やかになった。


『ワタシハ……タダ……』

「うん、分かるよ」


私は、影の前で立ち止まった。

そして、ソウルフォンを——地面に置いた。

両手を広げる。

丸腰。

武器なし。


「私も、同じだから」

『——エ……?』

「私も、本音を押し殺してる。表の顔と、裏の顔を使い分けてる」

「昼間は『いい子』を演じて、夜は裏垢で毒を吐いて」

「だから、分かるよ。あなたの気持ち」


影が、静かになった。 触手の動きも、止まっている。


『ワタシヲ……ワカッテクレルノカ……?』

「うん」


私は、頷いた。


「完璧じゃなくていい」

「偽善者でもいい」

「矛盾してても、それが人間だから」


その言葉を口にした瞬間——

自分で自分に言っているような気がした。

これは、影に向けた言葉じゃない。

私自身に向けた、言葉だ。


『……ソウ、カ……』


影の声が、さらに穏やかになる。

そして——

黒い影が、少しずつ、薄くなっていく。


『アリガトウ……』

『ワタシヲ、ワカッテクレテ……』


影は、光の粒子となって、消えていった。

いや——「消えた」のではない。

光の粒子は、床に倒れている母の胸へと、静かに還っていった。

母の「本音」が、母自身に戻った。


《土曜日・未明》


影が完全に消えた後、リビングには静寂が戻った。

澱んでいた空気が、一気に浄化される。


「……終わった?」


私は、呆然と立ち尽くしていた。

全身の力が、一気に抜けていく。

その場に、座り込んでしまった。


『お疲れ様でした、凪殿』


ルミエが、私の横に浮かんできた。


『見事でした。「消滅」ではなく「浄化」を選んだこと——それが、貴殿

の強さです』

「強さ……」


私は、自分の手を見た。


「私は、ただ……消したくなかっただけだよ」

「あの声を。あの本音を」

「だって、私も——同じだから」


ルミエは、何も言わなかった。

ただ、静かに光っていた。


「……凪?」


か細い声が聞こえた。

振り返ると、母が床に座り込んだまま、私を見ていた。


「母さん! 大丈夫!?」


私は母のそばに駆け寄った。


「え、ええ……大丈夫よ。でも、私……何があったの……?」


母は、混乱した表情で周囲を見回している。


『心配ありません。一般人には、認識阻害機能が働きます。お母様は、少

し居眠りをしていたと認識するでしょう』

『ただし——』


ルミエが続けた。


『浄化された「本音」は、お母様の心に還りました。今後、お母様は自分

の弱さに向き合うことになるかもしれません。それは痛みを伴う作業です

が、必要な過程です』


私は、母の手を取った。

冷たい。

震えている。


「立てる?」

「ええ……ありがとう、凪」


母を支えて、ソファに座らせる。

キッチンへ向かい、水をグラスに注いで

差し出す。


「はい、これ」

「ありがとう……」


母は、震える手でグラスを受け取り、一口飲んだ。

そして——


「……凪」


母が、小さく呟いた。


「私ね、最近……ちょっと疲れてたのかもしれない」

「え?」

「いつも、『ちゃんとしなきゃ』『周りに認められなきゃ』って思って

て」

「でも、本当は……誰かに弱いところを見せたかったのかも」


母の目に、涙が滲んでいた。


「ごめんね、凪。いつも『あなたのため』って言ってたけど……本当は、

私自身のためだったのかもしれない」


その言葉を聞いた瞬間——

胸が、熱くなった。

これが、浄化の効果なのか。


母の中に還った「本音」が、母自身に語りかけている。


「……いいよ、母さん」


私は、小さく言った。


「私も、完璧じゃないから」


母が、少しだけ微笑んだ。

その笑顔は——いつもの「世間体のための笑顔」ではなく、少しだけ本物

に近いような気がした。


自室に戻ると、私はベッドに倒れ込んだ。

全身の筋肉が、悲鳴を上げている。

魔法少女の変身は、既に解けていた。

銀髪は黒髪に戻り、ゴシック・パンクな衣装は元の部屋着へと変わっている。

手の中のソウルフォンも、普通のスマホへと戻っていた。


「……おい、ポンコツ玉」

『ルミエです、凪殿』


枕元で、ぼんやりと光る球体に声をかける。


「あんた、言ってたわよね。フォロワー数は私の『命』と同義だって」

『はい。魔法を使用すると、フォロワー数が消費されます』

「……今、何人?」


スマホの画面を見る。


《現在のフォロワー:99,203人》


「800人近く減ってる……」

『先ほどの戦闘と浄化で消費しました。攻撃で約400人、浄化プロセスで

約400人、合計797人分のフォロワーエネルギーを使用しています』

『ちなみに、消滅を選んでいれば、消費は約300人で済んでいました』

「……つまり、浄化の方がコストが高い」

『はい。ですが、浄化には消滅にはない価値があります』

「価値?」

『消滅させた「本音」は、永遠に失われます。しかし、浄化した「本音」

は持ち主に還り、成長の糧となる。長期的に見れば、浄化の方が「世界の

感情汚染」を減らす効果があるのです』


私は、天井を見上げた。


「じゃあ、私は魔法少女を続けるために、裏垢を更新し続けなきゃいけな

いってこと?」

『その通りです。投稿をやめれば、フォロワーは離れていきます。フォロ

ワーが減れば、危険域に突入し、最終的には——』

「崩壊域。モンスター化」

『はい』

「ふざけんな」


私は、小さく呟いた。

けれど、選択肢はない。

あの怪物——メンタルモンスターは、確かに存在する。 そして、また現れ

るだろう。

次は、奏太かもしれない。

父かもしれない。

あるいは——

優莉の、疲れ切った顔が脳裏をよぎった。

あいつの目の下のクマ。

作り物の笑顔。

何かに追い詰められているような表情。

そして、「監視されてる」という不安。


——もしかして、あいつも……?


「……チッ」


舌打ちをして、私はスマホを手に取った。

裏垢アプリを開く。

今の自分の正直な、矛盾した気持ちをそのまま打ち込む。


「誰かのために」なんて偽善だと思ってた。 自分の自己満足のため

に人助けして、それで「ありがとう」なんて言われたら、虫唾が走

ると思ってた。

でもさ。 動機が不純だろうが、偽善だろうが。 その「エゴ」で誰か

が救われて、今日を生き延びられたなら。 それはそれで、アリなん

じゃないの。

綺麗な正義より、泥臭い自己満の方が、今は少しだけマシに見え

る。

#独り言 #偽善者 #深夜の戯言


[送信完了]


送信ボタンを押した瞬間、少しだけ胸のつかえが取れた気がした。


《ピロン♪》


通知音。


《@truth_seeker さんがいいねしました》


またあのアカウントだ。

そして、リプライが届いていた。


「君は気づき始めたようだね。白と黒の間にある、灰色の価値に」

「……何なんだよ、お前は」


小さく呟いて、私はスマホを充電器に繋いだ。

布団を頭まで被る。

画面の中のフォロワー数は、少しずつ、だが確実に回復し始めていた。


《現在のフォロワー:99,287人》


10万人まで、あと713人。

明日——いや、今日の朝になれば、また日常が始まる。

けれど、昨日までと全く同じではない。

私のポケットの中には、誰にも言えない秘密——

冷たくて重い『ソウルフォン』が、入っているのだから。


——ま、なんとかなるでしょ。


目を閉じた。

深い眠りに落ちる直前、優莉の顔が脳裏をよぎった。

あの完璧な笑顔が、ゆっくりと歪んでいく。

黒い影に飲み込まれていく。


『——タスケテ……ダレカ……』


優莉の声が、闇の中で響いた。

私は目を開けようとしたが、既に意識は闇の中へと沈んでいった。



目覚ましが鳴る前に、目が覚めた。

時刻は8時過ぎ。

土曜日だ。

学校は休み。

私は身体を起こし、スマホを手に取った。


《現在のフォロワー:100,521人》


寝ている間に、また10万人を超えていた。

昨夜の投稿が、それなりに反応を得たようだ。

通知欄を開く。


「この人、最近丸くなった?」

「相変わらず毒舌だけど、なんか深みが出てきた」

「偽善者が偽善を語るとか、ギャグか?」


私は、それらを流し読みした。

そして、タイムラインを閉じる。

ベッドから降りる。

鏡の前に立つ。

いつもの私。

黒髪。

茶色の瞳。

普通の高校生。

昨夜の銀髪の魔法少女の姿は、まるで夢だったかのように、どこにもな

い。

けれど——

鏡の中の私の目には、昨日までとは違う、何かが宿っていた。

それが何なのか、まだ言葉にはできない。

でも、確かに——何かが、変わり始めている。

私は、部屋を出た。

階段を下り、リビングへと向かう。

母は、既に朝食の準備をしていた。


「おはよう、凪」

「おはよう」


いつもの朝。

いつもの会話。

けれど、母の声は——昨日より、少しだけ柔らかい気がした。


「今日は、ゆっくりしなさい。最近、忙しかったでしょう?」


その言葉は、いつもと違った。


「あなたのため」という枕詞が、なかった。


「……うん」


私は、朝食を食べ始めた。

トーストを齧る。

バターの塩気と、小麦の甘みが、口の中に広がる。

味がする。

ちゃんと、味がする。


「美味しい」


思わず、口に出していた。


「え?」


母が、驚いたように私を見た。


「凪が、美味しいなんて言うの、珍しいわね」

「……そう?」


私は、少しだけ恥ずかしくなって、視線を逸らした。

けれど、心の中では——少しだけ、嬉しかった。

ポケットの中で、スマホが振動する。

通知だ。

確認したい。 けれど、今は我慢する。

朝食を終えてからでいい。


「ごちそうさま」

「はい、お粗末さま」


母が、微笑んだ。

その笑顔は——いつもの「世間体のための笑顔」ではなく、少しだけ本物

に近いような気がした。

気のせいかもしれない。

私の勘違いかもしれない。

でも、それでいい。

私は、自室に戻った。

ベッドに座り、スマホを手に取る。

通知を確認する。


《@truth_seeker さんからのリプライ》


また、あのアカウントだ。

タップして、メッセージを開く。


「君の旅は、始まったばかりだ。これから、君は多くのものを見る

ことになる。光も、闇も。そして——君自身の真実も」

「……何なんだよ、お前は」


小さく呟いた。

けれど、返信はしない。

画面を閉じる。

そして、窓の外を見た。

青い空。

白い雲。

遠くに見える、街並み。

全てが、いつもと同じ。

けれど、全てが——少しだけ、違って見えた。

私は、魔法少女だ。

夜になれば、メンタルモンスターと戦う。

人々の心を救う。

偽善者として。

矛盾した存在として。

そして——フォロワー数が、私の命綱。

1万人を下回れば、私自身がモンスターになる。

それが、私に課せられた運命。


「……はぁ」


大きく息を吐き出した。

面倒だ。

本当に、面倒だ。

けれど——

なぜだろう。

昨日までの自分より、今の自分の方が——

少しだけ、生きている実感がある。


——ま、なんとかなるでしょ。


私は、スマホを握りしめた。

新しい一日が、始まった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ