第6話 深淵からの視線
《金曜日・深夜》
家に帰り、宿題を終え、風呂に入り、髪を乾かす。
時刻は23時を過ぎていた。
私は部屋の電気を消し、ベッドに横たわった。
そして、スマホを手に取る。
画面を点灯させる。
《現在のフォロワー:98,520人》
また増えている。
夕方から夜にかけて、さらに1,400人近くのフォロワーが増えた。
このペースなら、明日か明後日には10万人に到達するかもしれない。
10万人。
その数字には、何か特別な意味があるような気がした。
ただの節目? それとも——
私は裏垢アプリを起動し、タイムラインを開いた。
すると——
私のアカウント名がトレンド入りしていた。
「#ミッドナイト・ヴェノム」
タップすると、無数の投稿が表示される。
「この人の投稿、いつも的確すぎて怖い」
「ミッドナイト・ヴェノム、誰なんだろう。会ってみたい」
「こいつ、絶対性格終わってるだろ」
「匿名で批判するとか、クズの極み」
賞賛と批判が、半々くらいだ。
そして、その中に——昼休みに佐々木さんが見せてきた特定投稿の続きが
あった。
「続報。ミッドナイト・ヴェノム、『生徒会書記』という情報あ
り。都内近郊で来週文化祭がある高校の生徒会書記。かなり絞れて
きた」
心臓が、凍りついた。
——特定が、進んでいる。
もう「10代後半の女性」というレベルではない。
「生徒会書記」「来週文化祭」
——それは、私を直接指し示している。
私は急いでその投稿を閉じた。
見なかったことにする。 考えないようにする。
けれど、恐怖は消えない。 私の手は、震えていた。
——怖い。
本音を吐き出す場所だったはずの裏垢が、今や私の首を絞める鎖になって
いる。
《ピロン♪》
通知音。
見ると——
《@truth_seeker さんがいいねしました》
また、あのアカウントだ。
火曜日の夜に現れた、謎のアカウント。
フォロワー0、フォロー1(私だけ)、投稿0。
あの夜、私は返信しなかった。
「君は、何と戦っているのか」という問いかけに、答えなかった。
けれど——
通知履歴を確認して、私は息を呑んだ。
@truth_seekerは、火曜日以降の私の投稿を——すべて「いいね」してい
た。
一つ残らず。 すべて。
「……何なの、こいつ」
背筋が、ゾクリとした。
昼休みに優莉が言っていた。 「変なアカウントから通知が来る」と。
「フォロワー0で、私だけフォローしてて」と。
優莉にも、同じような存在がいる。
@truth_seekerは、一つではない? それとも、同じ存在が複数のター
ゲットを監視している?
私は、@truth_seekerのプロフィールを再度確認した。
フォロワー:0 フォロー:1 投稿:0
何も変わっていない。
ただ、私だけを見ている。
——気持ち悪い。
私はスマホを充電器に繋ぎ、枕元に置こうとした。
その時——
新しい通知が届いた。
《@truth_seeker さんからのリプライ》
タップする。
「10万人まで、あと少しだね。準備はできている?」
「……は?」
準備? 何の準備だ?
返信しようか迷った。
けれど、指が動かない。
このアカウントとは、関わらない方がいい。
本能が、そう告げている。
私はスマホを置いた。
布団を頭まで被る。
けれど、眠れない。
@truth_seekerの言葉が、頭の中をぐるぐると回り続けている。
「準備はできている?」
——何の、準備だよ。
《金曜日・深夜(続き)》
眠れないまま、1時間が過ぎた。
時刻は0時を回っている。
私は諦めてスマホを手に取った。
眠れないなら、投稿でもしよう。
毒を吐けば、少しは楽になるかもしれない。
裏垢アプリを起動する。
《現在のフォロワー:99,847人》
——え?
目を疑った。
さっき見た時は98,520人だったはずだ。
それが、1時間で1,300人以上増えている?
異常だ。
明らかに異常なペースだ。
私は、タイムラインを確認した。
すると——
私の過去の投稿が、誰かに大量にリツイートされていた。
一つや二つではない。 何十、何百という数の「拡散」が行われている。
「誰がこんなことを……」
拡散元を辿ろうとした。
けれど——
画面が、不意にバグったように乱れた。
『ザザッ……』
「え……?」
ノイズのような音と共に、画面中央に見たことのないポップアップウィン
ドウが現れた。
それは、SNSアプリのUIではない。
もっと、異質な何か。
デジタルでありながら、有機的な質感を持つ、奇妙なウィンドウ。
その中央には、文字が表示されていた。
【Congratulations!】 フォロワー10万人達成まで、あと少し!
あなたの『本音』は世界を変える力を持っています 契約の準備を始
めますか?
YES / NO
「は……? 何これ」
思わず声が出た。
ウイルス? それとも、新手の詐欺広告?
私はウィンドウを閉じようとタップした。 けれど、反応しない。
それどころか——
フォロワー数のカウンターが、まるで誰かに操作されているかのように、
目に見える速度で回転し始めた。
99,848……99,900……99,950……
「ちょ、待って……」
数字が、加速していく。
99,970……99,985……99,995……
「止まって……!」
私の意思とは無関係に、数字は加速し続ける。
画面が、まばゆい光を放ち始めた。
部屋全体が、青白い光に染まっていく。
99,998……99,999……
「待って、止まって、お願い……!」
けれど、数字は止まらない。
そして——
100,000
その瞬間。
スマホが、まばゆい光を放った。
光は画面から溢れ出し、部屋全体を白く染め上げる。
私は反射的に目を閉じた。
けれど、瞼の裏まで光が貫通してくる。
「きゃっ……!」
スマホを取り落としそうになる。
けれど、手が離れない。
まるで、スマホが私の手に吸い付いているかのように。
光が、さらに強くなる。
そして——
視界が、完全にホワイトアウトした。




