第4話 翌朝 —— 侵食の始まり
《火曜日・朝》
翌朝。
目覚ましが鳴る前に、目が覚めた。
時刻は6時15分。
私は身体を起こし、スマホを手に取った。
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寝ている間に、さらに1,351人増えていた。
通知欄は、真っ赤に染まっている。
私の投稿が、トレンド入りしていた。
そして、それがネットニュースにも取り上げられていた。
『「感謝の連鎖」キャンペーンに物申す! 匿名アカウント「ミッドナイト・ヴェノム」の辛口投稿が話題』
「……マジかよ」
私は思わず呟いた。
ネットニュースに取り上げられるなんて、予想外だ。
嬉しいのか、怖いのか。
両方だ。
承認欲求は満たされる。
けれど、同時に、注目されすぎることへの恐怖もある。
注目されればされるほど、特定されるリスクも高まる。
学校に到着し、教室へと向かう廊下で、何人かの生徒たちが話しているのが聞こえた。
「ねえ、これ見た?」
「あー、ミッドナイト・ヴェノム?」
「そうそう! めっちゃバズってるよね」
足が、一瞬だけ止まった。
けれど、すぐに歩き出す。平然を装う。
——話題になってる。
私が昨夜、暗い部屋で打ち込んだ「毒」が、今、この教室で話題になっている。
「おはよ、凪ちゃん」
不意に、背後から声をかけられた。
振り返ると、水瀬優莉が立っていた。
いつも通りの完璧な笑顔。
けれど——やはり、目の下にうっすらとクマがある。
昨日よりも濃くなっている気がする。
「みんな、あの『裏垢』の話で持ちきりだね。凪ちゃんも見た?」
優莉はスマホの画面を私に見せてくる。
そこには、私の投稿が表示されていた。
「……ううん、まだ見てないかも。流行ってるの?」
とぼける。
心拍数が上がる。
掌にじわりと汗が滲む。
「私、こういう匿名の陰口みたいなの、好きじゃないな」
彼女はフッと冷笑的な色を瞳に浮かべた。
そして、すぐにまた甘い笑顔に戻る。
「言いたいことがあるなら、堂々と表で言えばいいのにね。……そう思わない、凪ちゃん?」
試されている。
そう直感した。
「……そうだね。人を傷つけるような言葉は、良くないよね」
私は優等生の仮面を必死に支えながら、同意した。
自分の投稿を、自分で否定する。
優莉は「だよねー!」と明るく頷いた。
「やっぱり凪ちゃんは、ちゃんとしてるよね」
そう言って、彼女は自分の席へと戻っていく。
——勘が鋭い。
優莉は、私が思っている以上に観察力がある。
けれど——あいつの目の下のクマ。
あの疲れた表情。
何か、良くないことが起きている気がする。
ホームルームのチャイムが鳴り、担任教師が教室に入ってきた。
いつもの朝。
いつもの教室。
いつもの授業。
けれど、今日は何かが違う。
私の投稿が、この教室の中で話題になっている。
私の本音が、誰にも気づかれずに、この空間を侵食している。
それは、恐ろしくて——でも、少しだけ、心地良かった。
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