第5話[風の掟]
汽車が停車するたび、街の匂いが変わる。
煤煙と潮風が混じったような香りが鼻先をかすめ、ツクヨはうっすらと眉をしかめた。
「……この感じ、港町か。風の市ってのも伊達じゃないね」
北部最大の交易都市は、三つの河と一つの海を結ぶ要衝に位置していて、いつしか”風の市”として親しまれるようになった。
風の市という名の通り、常にどこかで旗がはためき、街路には無数の屋台と行商人が並んでいた。
商売の都。裏を返せば、ルールも金で動く街。
──そして、旅商人ツクヨが最も得意とする舞台だった。
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ツクヨが訪れたのは、市の東端、古着と薬草の市場が並ぶ雑多な通り。
陽気な呼び声の中を抜け、目を引くのは──街の至るところに貼られた一枚の布告。
> 『違法精油の売買に注意。
風の市議会は香料密造に関する通報者へ賞金を支払います』
香料と精油。それはこの街の基幹産業であり、同時に最大の利権でもある。
粗悪な香料を密造・密売した者は厳罰。場合によっては公然と“行方不明”になることもあるという。
「……ありゃ。こんな街で毒草の精油なんて売ったら、冗談抜きで首が飛ぶな……」
肩のリュックを小さく揺らし、ツクヨは別の目的地──中央市場の裏手、小さな酒場に居るという情報屋の元へと向かう。
この街に来た理由は、あくまで“依頼”だったのだ。
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情報屋は、元・劇団員を名乗るカピバラ系のケモノの女性だった。
芝居がかった身振りと胡散臭い笑顔でツクヨを迎える。
「やぁやぁ、お狐の旅人さん! あの件、ほんとに引き受ける気?」
「もちろん。“仕事”だし、報酬も悪くなかったからね」
「いい度胸だよまったく……じゃ、例の現場まで案内しよう。ここからちょっと離れてるけど」
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二人が向かったのは、風の市の北端にある旧市街の廃墟だった。
もともと精油職人たちの工房が密集していた区画だが、数年前の“ある事件”以降、立入禁止区域になっていたという。
「で、何が出るの? 幽霊? それとも──例の《違法精油》絡み?」
「んー……正確にはよく分からないんだ、分かってるのは“人が消える”ってこと、夜になると。足跡を残して、誰も戻ってこない。
あとは……ちょっと前に、ケモノの子供の亡骸がひとつだけ、精油樽の中から見つかったとか……」
さすがのツクヨも、口を閉ざす。
それは、旅商人の勘よりも早く、“何か”の気配が背筋をなぞる瞬間だった。
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「……気になるね」
ツクヨの言葉に、情報屋は肩をすくめた。
「ーアンタが無事戻れたら1杯奢るよ。」
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