表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/5

第5話[風の掟]

 汽車が停車するたび、街の匂いが変わる。

 煤煙と潮風が混じったような香りが鼻先をかすめ、ツクヨはうっすらと眉をしかめた。


「……この感じ、港町か。風の市ってのも伊達じゃないね」


 北部最大の交易都市エルファレンは、三つの河と一つの海を結ぶ要衝に位置していて、いつしか”風の市”として親しまれるようになった。


 風の市という名の通り、常にどこかで旗がはためき、街路には無数の屋台と行商人が並んでいた。

 商売の都。裏を返せば、ルールも金で動く街。


 ──そして、旅商人ツクヨが最も得意とする舞台だった。



---


 ツクヨが訪れたのは、市の東端、古着と薬草の市場が並ぶ雑多な通り。

 陽気な呼び声の中を抜け、目を引くのは──街の至るところに貼られた一枚の布告。


> 『違法精油の売買に注意。

風の市議会は香料密造に関する通報者へ賞金を支払います』




 香料と精油。それはこの街の基幹産業であり、同時に最大の利権でもある。

 粗悪な香料を密造・密売した者は厳罰。場合によっては公然と“行方不明”になることもあるという。


「……ありゃ。こんな街で毒草の精油なんて売ったら、冗談抜きで首が飛ぶな……」


 肩のリュックを小さく揺らし、ツクヨは別の目的地──中央市場の裏手、小さな酒場に居るという情報屋の元へと向かう。

 この街に来た理由は、あくまで“依頼”だったのだ。



---


 情報屋シュナは、元・劇団員を名乗るカピバラ系のケモノの女性だった。

 芝居がかった身振りと胡散臭い笑顔でツクヨを迎える。


「やぁやぁ、お狐の旅人さん! あの件、ほんとに引き受ける気?」


「もちろん。“仕事”だし、報酬も悪くなかったからね」

「いい度胸だよまったく……じゃ、例の現場まで案内しよう。ここからちょっと離れてるけど」



---


 二人が向かったのは、風の市の北端にある旧市街の廃墟だった。

 もともと精油職人たちの工房が密集していた区画だが、数年前の“ある事件”以降、立入禁止区域になっていたという。


「で、何が出るの? 幽霊? それとも──例の《違法精油》絡み?」


「んー……正確にはよく分からないんだ、分かってるのは“人が消える”ってこと、夜になると。足跡を残して、誰も戻ってこない。

あとは……ちょっと前に、ケモノの子供の亡骸がひとつだけ、精油樽の中から見つかったとか……」


 さすがのツクヨも、口を閉ざす。

 それは、旅商人の勘よりも早く、“何か”の気配が背筋をなぞる瞬間だった。



---


「……気になるね」


 ツクヨの言葉に、情報屋は肩をすくめた。

「ーアンタが無事戻れたら1杯奢るよ。」



---

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ