第4話[祠と眠る記憶]
翌朝、ツクヨは再び香草畑へと足を運んでいた。
まだ地面には霧が残り、陽の光が差し始めても、辺りはぬかるんだような匂いに包まれている。
──昨日、魔物が現れたのは、畑の奥。
その方角から、妙に匂いが濃くなることに気づいたツクヨは、村長に頼み村の若い衆に声をかけて除去作業を手伝わせながら、自分は“奥”へと進んでいった。
「……あたしの鼻、わりと当たるんだけどな」
笑い混じりの独り言を吐きつつ、獣道のように草をかき分けていく。
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そして辿り着いたのは、崩れかけた祠だった。
苔むした石造り。半分崩れた屋根。
人通りの多い畑のすぐそばなのに、誰も近づいた様子がないのが不自然だった。
「……おやおや、こんなところに。まるで『見つけてくれ』って言ってるみたいに。」
ツクヨはしゃがみ込み、祠の中を覗き込む。
するとそこに──割れかけた陶器の壺があった。
中には、黒ずんだ乾いた植物の種子がぎっしりと詰められ、一部は祠を伝い地面に根を張っている。
「これ……この祠、もしかして儀式……?捧げ物か何かだったのかな?」
壺には古い布が巻かれており、「捧ぐ」「眠り」などの符の痕跡が見えた。
──長い時を経て、祠が崩れ、壺も破れ、風に乗って毒草の種が畑一帯に撒かれたのだろう。
「そりゃあ病も出るよね……はは、でも魔物まで寄ってくるとは思わなかったなぁ」
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村に戻ったツクヨは、村長に真相を説明した。
「たぶんこの祠は、土地の毒気を封じてたんだよ。
でも崩れて、その中にあった種が広がっちゃった。で、香りに釣られて魔物まで呼びしてた……ってわけ」
村長は言葉を失い、ただ頷いた。
「……誰も気づかなかった。いや、気づかないふりをしていたのかもしれん……」
ツクヨは軽く笑って、干しリンゴを齧った。
「でもね、毒草ってのも、使い方次第で宝になるの。
精製すれば“安眠香”になるし、ちゃんと防ぐ方法もある。あたし、薬とマスクの作り方も知ってるよ?」
そう言って、自分が身につけていたマスクと透明の液体が入った小瓶を
ひらひらと見せびらかすように取り出す。
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数日後。村では除去作業と平行して、安眠香の精製と対策マスクの布加工が始まっていた。
ツクヨはその製法を「特別価格」で村に売り、宿代と食事代に換えた。
「ほら、おまけに東で仕入れた珍しい服もつけるよ。今ならなんと〜♪」
疫病騒動の解決を祝う焚き火を囲んだ小さな宴の中で、彼女の笑い声はよく響いた。
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そしてその夜、村の外れ。
ヴァルツは森の奥、腐って他の魔物や獣を惹きつけてしまわぬよう焼かれ、
黒く朽ちた魔物の死体が残された跡を無言で見下ろしていた。
土に染み込んだ香り、崩れた祠、古い壺の破片。
「……違ったか。」
落胆するでもなく、平静を保ったままに見える様子でぽつりと呟き、続ける。
「病と魔物……少し期待したんだがな。無駄骨だったか」
それでも、村の子供たちが笑っていた焚き火の光景が、彼の脳裏に微かに残っていた。
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翌朝。汽車の汽笛が鳴る中、ツクヨは駅のホームに立っていた。
背中のリュックには、加工済みの毒草と新しく手に入れたマスクの見本。
「さてと、じゃあ次は……風の市。北部で一番の交易の街、だったよね」
遠く、霧のなかで見送るように、灰色の影が一瞬だけ見えた気がした。
狐の耳がぴくりと揺れる。
「……ま、次もなんとかなるでしょ。あたしだし」
提灯を鳴らし、汽車のドアを開けて乗り込む。
ツクヨの旅は、まだまだ続く。