第1話[朝露を裂く汽笛]
鉄の車輪が軋む音が、空の高みまで響いていた。
風を切って走る機関車の車窓に、赤毛の尾がひらりと揺れる度に朝日を反射し金色に輝いている。
「ふふん、朝焼けが良い色してらあ。売れるかね、この景色。」
この世界には、獣と人間、そしてその中間──人の言葉を話し、二足で歩く“ケモノ”たちが暮らしている。
長い歴史の中で、彼らは差別され、争い、あるいは共に生きてきた。
共存は未だ途上だが、旅の途中で語られる物語の中には、そんな“間に生きる者”たちの足音が常にある。
窓辺に肘をつきながら、小柄な狐の"ケモノ"の少女──ツクヨは小さく鼻を鳴らす。
長い旅を物語るくすんだ緑色のマントに対して、よく手入れされたチュニックとスカート。
背中には身体の半分ほどもある大きなリュックがどっしりと構えていた。
リュックの横には、鈴のついた提灯型の魔道具と狐の面が吊るされている。
照らす光は薄暗い車内に仄かな橙を落とし、向かいの客の視線を少しだけ引いた。
「ただの照明だよ。燃えたり爆ぜたりはしないから安心しな。」
軽口。声に棘はないが、どこか掴みどころのない調子。
客は目を逸らし、また退屈そうに外を眺めた。
列車は**東の関所都市『ヴェリット』**から、**山間の交易都市『ロシエル』**へと向かっている。
細い鉄路は断崖を抜け、風に晒された渓谷を渡り、やがて森林の中へと滑り込んでいく。
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車内には様々な人種が乗っていた。
薄灰色の外套を羽織った人間の兵士たちが、緊張した面持ちで座席に腰を下ろしている。
向こうの車両では、巨大な影──おそらく狼の獣人が立ったまま瞑目していた。
革のベルトに括りつけられたクロスボウがちらりと見え、ツクヨは興味深そうに目を細めた。
「……ふむ。荒事帰りってやつかな?」
思わず声に出たが、本人は気にしていない様子。
ついでに座席の下から干しリンゴの包みを取り出し、ぽいと口に放る。
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次の停車は、《フォスの村》。
ちいさな駅舎しかない辺境の集落で、ツクヨの目的地だった。
フォスの村には、珍しい「香薬」が採れる谷がある。
それを目的に来たわけではないが、偶然そこに立ち寄ることになったのは、とある依頼書を街の酒場で見つけたからだ。
> 『村にて奇病多発。旅医者、旅商人、香草の知識ある者求ム──』
依頼書は粗末な紙で書かれていたが、どこか引っかかるものがあった。
ツクヨはその“違和感”を嗅ぎつけて、貨物車に荷物を積み込み、この汽車に乗ったのだ。
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「さて──そろそろ降り支度、かな」
提灯の紐を締め直し、面の位置を直す。
重いリュックを背負って立ち上がると、すぐに肩にずしりと重みがのしかかった。
けれど彼女は慣れた様子で、誰に手伝いを求めることもなく歩き出す。
ドアの外、冷たい朝霧に包まれた駅舎が見えてくる。
フォスの村で、彼女は何を“売る”のか──
あるいは、何を“得て”いくのか。
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人生で初めて書く物語です、拙い文章ですが楽しんでいただけると幸いです。