3話 双剣の女戦士
苔むしぬかるんだ通路を、俺は進んでいく。肩の傷は疼き、ホブゴブリンを倒したばかりの身体は重い。息が上がるたび、汗が額を伝い、腕が震える。敏捷性が上がったとはいえ、連戦の疲労が俺を蝕んでいる。だが、俺は立ち止まるわけにはいかない。
ホブゴブリンを倒し、ゴルドの記憶から「隠し砦」と母と姉の手がかりを得た。あの映像――暗い牢獄、鎖に繋がれた二人の人影、母の声に似た叫びが頭を離れない。
「母さん、姉さん……生きてるんだろ?」
呟きが闇に溶ける。ゴルドの記憶の断片が真実なら、あの夜に父を殺した裏切り者が、何かの目的で母と姉を幽閉している。だが、静寂の中で思考をめぐらす時間は長く続かなかった。遠くから、複数の足音と怒号が響いてきた。松明の明かりが壁に揺らめき、影が伸びる。奴隷商の追手だ。ホブゴブリンを倒したばかりなのに、こんなに早く追手がくるとは。
足音が近づいてくる。俺は短剣を握り直し、迷宮の奥へ走った。敏捷性が上がった足はいままでとは桁違いに速いが、疲労で膝が笑い、肩の傷が痛む。息が乱れ、視界が揺れる。通路を抜け、広い空間に出た。崩れた石柱が散らばり、苔に覆われた床が湿って滑る。後ろから追手が迫り、左右の通路からも足音が聞こえる。囲まれた。
「俺にはまだ、やることがある。例え手足をもがれても、生き延びてやる」
俺は石柱の陰に身を隠し、息を殺した。肺が焼けるように熱く、握る短剣に力が入らない。追手が現れる――六人だ。全員が武装し、装備を整えてきている。鉄の剣、鎖帷子、手には松明と棍棒。ゴルドの死を知り、本気で俺を捕えに来たらしい。
「エリオットは、生け捕りにしろ! あの方には、あの瞳が必要だそうだ!」
リーダーらしき大柄な男が鉄の剣を抜き、俺の姿を捉えた。鎖帷子が松明の光を鈍く反射し、威圧感を放つ。俺は短剣を構えたが、数的不利は明らかだ。――リーダーが正面から、二人が左右から、一人が松明で照らし、残り二人が後方で包囲。【短剣の扱い】と【格闘の基礎】のスキルがあっても、六人全員を相手にするのは無理だ。
一人が松明を投げ、俺の姿がはっきりと照らし出された。「観念しろ!」と叫び、棍棒男が飛びかかってくる。棍棒が振り下ろされるが、俺は敏捷性を活かし横に飛ぶ。石柱が砕けて破片が飛び散る。だが、別の男が鉄の剣で斬りかかり、刃が肩の傷をかすめて鮮血が滲んだ。鋭い痛みが走り、俺は歯を食いしばる。
「逃げないと決めたはずなのに……俺はまだ逃げまどうことしか出来ないのか!」
俺は短剣で剣を弾き、距離を取ろうとした。剣を持った男が追撃で横に薙ぎ、俺は床に転がってかわす。苔の湿気が服に染み、冷たい感触が背中に広がる。だが、後ろから鎖帷子の男が飛びかかり、太い腕で俺の左腕を掴んだ。力が強く、振りほどけない。短剣を振り上げるが、棍棒男が反対側から殴りかかり、俺は膝をつく。リーダーの鉄剣が首に迫り、刃先が薄紫の瞳に映る――その瞬間、鋭い風切り音が響いた。
「助太刀してやるよ。金髪に薄紫の瞳、アンタがエリオットだろ!?」
女の声と共に、双剣が閃いた。一本が鎖帷子の男の腕を切り裂き、革と鎖を断ち切って肉を抉る。血が噴き出し、骨が露出した腕がだらりと落ち、男が絶叫して倒れる。もう一本の剣がリーダーの鉄剣を弾き、火花が散った。
リーダーと対峙しているのは、背の高い女だった。黒髪を短く切り揃え、革の胸当てとズボンに身を包んでいる。両手に握った双剣が血に濡れ、灰色の目が鋭く光る。
「誰だ、お前!?」
リーダーが叫ぶが、女は無言で動いた。双剣が旋風のように舞い、棍棒男の胸を切り裂く。鎖帷子が裂け、肋骨が折れて突き出し、血と臓物が苔の床に飛び散る。彼女は返す刃で男の首を刎ね、あっけなく頭は転がり、いつのまにか手から落ちていた松明にぶつかる。炎が血を焼き、肉の焦げた臭いが広がる。
俺は膝をついたまま呆然と見ていたが、追手の剣士が俺に斬りかかろうと動く。慌てて短剣で受け止めるが、疲労で力が弱く押し負ける。剣が肩に食い込み、血が流れ出す。だがその瞬間、女の双剣が剣士の背中を突き刺し、背骨を砕いて心臓を貫いた。男が血を吐き、前のめりに倒れる。
「ぼーっとしてる場合か、立て!死にたくないなら、戦え!」
女の声で我に返り、俺は短剣を握り直して立ち上がった。体が重く、足がふらつくが、何とか踏ん張る。残る三人が女に襲いかかる。リーダーが鉄剣を振り上げ、双剣の一本と激突。金属音が響き、彼女がわずかに後退する。だが、もう一本の剣がリーダーの脇腹を切り裂き、鎖帷子ごと肉を抉る。血が噴きだし、リーダーが膝をつく。
俺は動いた。一人が松明を振り回して女を牽制するが、動きを先読みし、短剣を投げる。【格闘の基礎】のスキルが自然と体を動かし、最後の追手が棍棒を振り下ろす前に足を払う。倒れたところに投げつけた短剣を拾い、胸に突き立てた。肋骨が折れる感触が手に伝わる。
女がリーダーに止めを刺す。双剣を交差するようにリーダーの首を挟み、断ち切る。首がぐるりと転がり落ち、胴体がそのまま血だまりにぐらりと倒れた。静寂が戻る。
俺は息を整え、短剣を拾った。疲労で肩が上がり、額からの汗が瞳の中に入り込もうとする。女は双剣を鞘に収め、俺を見据えた。
「礼はこのダンジョンを出たあとでいい」
「あんた、何者だ?」
「アリア。通りすがりの剣士だ」
「なぜ俺を助けた」
「そうさね、理由はまたゆっくりと。きっとまだ追手がやってくる。いまは先を急ごう」
アリアの声は冷静だが、灰色の目に何か暗いものが宿る。こんな強い奴が、なぜ俺を助けた? 味方か、それとも何かに利用する気か――信じていいのか、俺の中で葛藤が渦巻く。彼女の実力は圧倒的だが、もし裏切り者の手先だったら? いや、奴隷商を殺したんだから敵じゃないはず……でも、油断はできない。
「少なくとも敵ではないみたいだな」
アリアは当然というように首をかしげ答える。
「そりゃそうだろ。アタシが敵なら、アンタは今頃あの死体の束に混ざっているよ」
「確かにな。いまはお前と一緒にいるのが安全かもしれない」
アリアの言葉には一理あるが、まだ心底納得をしたわけではない。心の中では警戒を解かなかった。彼女の実力は頼りになるが、信用するのに値する情報はそろっていない。
アリアが倒したリーダーの死体を見下ろす。【魂の刻印 Lv.2】を発動し、掌をかざす。魂が薄い光となって吸い込まれた。頭に断片的な記憶が流れ込む――「あの方は死者の軍を支配する力を求める」「クローヴェル家の瞳が必要だ。」。映像は曖昧だが、黒い甲冑の男が剣を手に叫ぶ姿がちらつく。
「軍を支配する力……?クローヴェル家の瞳……?」
俺が呟くと、アリアが目を細めた。確信が深まる。裏切り者は母と姉を隠し砦に幽閉し、クローヴェル家の当主、あの夜に死んだ父だけが知っている重大な秘密を欲している。もしかしたら、俺の瞳が何かの鍵なのかもしれない。その刹那、光の粒子が身体を包み、レベルがアップする。
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◆エリオット
【禁忌スキル:亡魂の視界 Lv.1】
【禁忌スキル:闇の囁き Lv.1】
【禁忌スキル:魂の刻印 Lv.2】
【Lv.3、筋力+5】
【クラス:逃亡者】
【敏捷性+5】
【短剣の扱い】
【格闘の基礎】
◆アリア
【Lv.10】
【クラス:剣聖】
【筋力+15】
【耐久+15】
【敏捷性+20】
【双剣術の達人】
【格闘術の達人】
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