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2話 ダンジョンの戦術

 魂蝕(こんしょく)傀儡窟(かいらいくつ)の第一層に足を踏み入れた瞬間、冷たく湿った空気が俺の傷ついた体を包んだ。苔むした石壁が薄暗い通路を囲み、足元の石畳にゴルドの血がまだ滴っている。短く切り落とした金髪が汗で額に張り付き、引き裂かれた服から覗く白い肌が冷気に震えた。


 ゴルドを殺してこの迷宮に逃げ込んだのは、ほんの数刻前(すうこくまえ)だ。あいつの言葉――「お前の家族も、こうやって泣いたかな?」が頭を離れない。裏切り者の正体、母と姉の行方。この奈落がその答えを隠しているなら、進むしかない。

「……俺はもう逃げないと決めたんだ。」

 呟きが石壁に反響し、闇に溶けた。


 ゴルドの手下は逃げ出したが、この迷宮には魔物が潜んでいるはずだ。通路を進むと、空気がわずかに動いた。湿った土の香りと腐臭(ふしゅう)が鼻をつく――生き物の気配だ。俺は短剣を握り直し、息を殺して耳を澄ませた。

 遠くから、低い唸り声が聞こえてきた。続いて、小さな足音が複数、重なり合うように近づいてくる。さらに、その中に一つ、重く響く足音が混じる。迷宮に()む魔物だ。


【闇の(ささや)き Lv.1】が発動。耳元でかすかな声が響く。『気配が近い。前方の分かれ道だ。警戒しろ。』スキルがそう囁いた瞬間、心臓が()ねた。ゴルドの戦闘記憶が手に流れ込み、白く細い腕が、自然と構えを取る。

 分かれ道に近づくと、(うな)り声がはっきりした。薄暗い通路の奥から、緑がかった小さな人影が二体現れた――ゴブリンだ。背は俺の腰ほどで、汚れた布を(まと)い、()びた短剣と棍棒を握っている。赤い目が闇で光り、歯を()いて唾を飛ばす。

 その後ろにもう一体、明らかに異なる影が立っていた。ゴブリンより一回り大きく、筋肉質な体に革の鎧を着込み、手には粗雑(そざつ)だが鋭い鉄の短剣。目が赤く輝き、口元に狡猾(こうかつ)な笑みを浮かべている――ホブゴブリンだ。上位種(じょういしゅ)であるボブゴブリンは、知能と力がゴブリンとは段違いらしい。


「ギィ! 人間だ! 喰うぞ!」

 ゴブリンの一匹が甲高い声で叫び、棍棒を振り上げた。だが、ホブゴブリンが低い声で制する。

「ギィ!うかつに近寄るな!アレを発動させる準備をしておけ!」

「お前らみたいな獣に、喰われてやるつもりはない。」

 俺は短剣を構え、距離を測った。ゴブリンは二匹、ホブゴブリンが一体。数と力で押してくるだろう。だが、【魂の刻印(こくいん)】が奪った【短剣の扱い】が俺の身体を動かす。

 ゴブリンが一斉に飛びかかってきた。棍棒が俺の頭を狙ってくるが、逆に短剣でゴブリンたちの目玉を突く。短剣は見事な軌跡(きせき)を描き、ゴブリンたちの視界を(うば)い、優位に立ったと思った。だが次の瞬間、ホブゴブリンから石が投げつけられ、その小さな衝撃で何かが起動したのか、俺の足元に青い光が広がった。魔法陣、テレポートの罠だ。


 視界が歪み、次の瞬間、俺とボブゴブリンの位置が入れ替わった。ホブゴブリンは魔法陣の中央に立ち、汚れた指で刻印を触りながら嘲笑(あざわら)う。息を整えたゴブリン二匹は嗅覚を頼りに俺に向かって突進してくる。

「ギィ! お前は、俺たちの餌だ!」


 普通なら形成(けいせい)逆転(ぎゃくてん)といったところか。だが、俺には切り札がある。

【亡魂の視界 Lv.1】を発動。薄紫の瞳が青白く光り、魔法陣の魔力線が浮かび上がった。青い線が複雑に絡み合い、魔法陣の中央から放射状に伸びていて、中央にはボブゴブリンがいる。俺のいまのスキルレベルでは魔法陣に与えられる影響は少ないが、転送される方向を変えることくらいは――出来る。

「そんなに餌が欲しけりゃ、くれてやろうか。」

 俺は短剣を手に、魔法陣の外縁に向かって走った。ゴブリンの一匹が錆びた剣を投げつけてきたが【闇の囁き】が『右に避けろ』と囁き、俺は紙一重でかわす。肩の傷が痛むが、【格闘の基礎】が体を支える。

 そして俺の片手が魔力線に触れる。

「ここだ!」

 俺は短剣を地面に突き刺し、文様(もんよう)を削った。魔法陣が一瞬揺らぎ、ホブゴブリンが焦った声を上げる。

「ギィ!? 何!? やめろ、人間――」

「遅い」

 俺が短剣で削り取った箇所を起点にして、魔力線が乱れていく。青い光が暴走(ぼうはつ)し、魔法陣の青い光でホブゴブリンが包み込まれる。次の瞬間、ボブゴブリンは天井近くに飛ばされた。

 その直上には、さっき【亡魂の視界Lv.1】で気づいた不安定な岩塊(がんかい)があった。

「ほら、お前らが望んでた餌が降ってくるぞ」

 呟くと同時に不安定な岩塊に向かって、今度は俺が石を投げつけた。ホブゴブリンの体は宙で一瞬硬直(こうちょく)し、次の刹那(せつな)、岩塊が音を立てて崩落(ほうらく)していき、ボブゴブリンの緑がかった肉体を直撃。鈍い音と共に頭蓋骨(ずがいこつ)が砕け、赤黒い血と脳漿(のうしょう)が飛び散った。革の鎧が裂け、筋肉質な胸が抉れるように凹み、肋骨が折れて内臓が押し潰されるのが見えた。鉄の短剣が手から落ち、地面に転がる中、ホブゴブリンの赤い目が白く(にご)り、「ギィアアア!」という断末魔(だんまつま)がダンジョン内に響いた。岩塊が完全に落ちきると、血だまりが広がり、潰れた下半身から腸がはみ出し、悪臭がかすかに立ち込めた。


 残りのゴブリンが怯えた声を上げた。「ギィ! 上位が死んだ!」「逃げろ!」と走り出す。だが、逃がすものか。

 走り寄るゴブリンに短剣を振り下ろし、一匹の首を掻き切った。血が飛び散り、もう一匹がよろめく。すかさず足を払い、倒れたところに短剣を突き立てる。甲高い悲鳴が響き、静寂が戻った。


 息を切らし、倒れたホブゴブリンに近づく。岩の下で潰れた体は、血と肉の塊と化し、鉄の短剣が血だまりに沈んでいる。

【魂の刻印 Lv.1】を発動。掌をかざすと、ホブゴブリンの魂が薄い光となって俺の手に吸い込まれた。

 その瞬間、光の粒子が体を包み、力が湧き上がる。レベルアップだ。ステータスが頭に浮かぶと同時に、身体が熱を帯びる。光が強まり、スキルの進化もはじまる。

 === ===

【Lv.2:敏捷性+5】

【スキル進化:【魂の刻印 Lv.2】 ―― 倒した敵の魂を吸収し、力を増幅(ぞうふく)。さらに深い記憶を解析可能。ただし、魂の負荷が精神を(むしば)むリスクが増す。】

 === ===

 だが、ホブゴブリンの魂の記憶は――食欲と生存本能だけしかない。上位種(じょういしゅ)といっても所詮(しょせん)は一匹の獣にすぎない。ただしゴルドの記憶が頭の奥で疼く。【魂の刻印】がLv.2に進化したことで、ゴルドの魂からさらに深い断片が浮かび上がる――「薄紫の瞳が、鍵だ」「裏切り者が隠し砦で待つ」「女二人は、鎖に繋ないでおけ」。そして、かすかな映像――暗い牢獄、鎖に繋がれた二人の人影、母の声に似た叫び。

「あれは、母さんと姉さんか!? 」

 ゴルドは知っていたのだ――二人は生きのびており、いまは「(かく)(とりで)」と呼ばれる場所に捕らえられていることを。そしてそれを知ると同時に、ダンジョンの入口で聞いた闇の声は、やはり正しかったのだという確信が芽生(めば)えた。

「……真実は奈落の先にある、か。」

 短剣を(さや)に収め、俺はダンジョンの奥を見据えた。この先に進めばきっと、俺が知りたかった真実も判明するはずだ。

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