白崎直人と草むしり①
昼休み。
俺と圭は、屋上で二人並んで校庭を見下ろしつつ、パンを頬張っていた。落下防止のためのフェンスに張り付いて、圭は校庭を歩いて行く女子を眺めているようで、時折「あ、可愛い」などと呟いている。
二日前の子猫事件があるまでは、俺は教室で一人購買のパンを食べていたし、圭は大勢の友人と昼食を共にしていた。それが今は、あの日まで何の接点もなかった二人が肩を並べて昼食を摂っているというのは、改めて考えるとなんだか不思議な感じだ。
「そういえば、あれから女子ウケどんな感じよ? なんか、泥だらけのお前を見て結構引いている子多かったぞ」
圭はフェンスから離れて、その場に腰を下ろした。俺もつられて、横に座る。
「前より視線を感じなくはなったかな。女子からも男子からも。こっちからしたらありがたい話だ」
「モテるってのも、大変なんだなぁ。その大変さ、人生で一度は味わってみたいもんだ」
「おすすめしないけど。圭の場合、友達たくさんいなくなるよ」
「うーん。友人を取るか、不特定多数の女の子を取るか……」
「それは女の子にも嫌われそう」
「結局、モテないってこと!? でもまあ多分、俺には複数の女の子の相手なんて出来ないだろうけどな。こうみえて、一途だから俺」
こうみえて、と言われても意外でもなんでもない。そうだろうな、という風にしか見えない。
「実際のところ、直人は誰かと付き合ったりしたん?」
「いや、誰とも」
「女子に興味ないのか?」
「……そういうわけじゃないけど」
俺にだって、人並みにそういった欲はある。女子の素肌を見て胸がざわついたり、漂ってくる良い匂いに身体が熱くなることだってある。
ただ。これまでの学校生活の中で、そんな欲よりも、付き合ったりすることで発生する面倒事の方を避けたい自分がいたというだけ。女の子といちゃつくよりも、厄介から回避することを優先していた結果だ。
「あー、もしかして、誰か好きな人とかいる?」
「――――え? いや、いない、けど」
一瞬。脳裏に誰かが過ったが、気のせいだろう。別にこれは、好きとかそういう恋愛感情ではないはず。なんとなく気になるとか、そういう――。……そういう、のだよな?
「ここにいたか、圭!」
屋上の扉を勢いよく開けて、一人の男子が飛び出してきた。眼鏡をかけたいかにも優等生といった風貌の男子。黒く見える髪は、陽の光を浴びると所々青っぽくも見えた。
どこかで見たことはあるが……誰だったか。
「げ、生徒会長」
「あー、そうか。一年の頃の副会長だ」
この学校では、三年になった段階で生徒会から引退する。一年生の頃に副会長をやっていた者が二年になると、エスカレーター式でそのまま生徒会長になるのが習わしだ。
「何しに来たんだよ、海斗。今日は怒られるようなことはしてないぞ」
くだけた様子の圭。友人の多い圭ではあるが、クラスメイトと接しているよりももっと距離が近い感じがする。
「――ん? 白崎直人も一緒か、丁度いいな。お前たち二人に用があって来たんだ」
「え、俺も? 俺、あんたのこと全然知らないんだけど」
「ははっ、人の顔と名前、覚えるの苦手だもんなぁ」
苦手というか、単純に絡みのない相手を覚えようとは思えない。わざわざ自分に関りのない人間を覚える必要なんてないだろ。
「二年三組、現生徒会長の青川海斗。家が近所で親同士仲良くってさ。幼馴染ってやつ?」
「だからその距離感」
納得。まあ、俺には幼馴染がいないから適切な距離感を知らないんだけど。
「幼馴染って、美少女が定番なのにな。海斗は本当に空気読めてない」
「うるさいな。ならば、俺からしたらお前が美少女である必要があるんだが」
「でたよ、むっつり」
「本当にうるさいな!」
軽快なやり取りは、聞いててなごむものがある。漫才じみてもいるし、観客としてカフェオレを飲みながらパンを食べていてもいいだろうか。
「見世物じゃないぞ、白崎直人!」
「うわ、白羽の矢がこっちに」
「とにかく、お前たち二人に聞きたいことがあるんだ」
生徒会長は、圭とのやり取りのせいで息を切らし、荒ぶれて乱れてしまった制服を正しながら俺たちを見据えた。
「先生たちから、二日前の騒ぎの理由を突き止めるように言われた。何人かの生徒に聞いてみたんだが、どいつもこいつも後ろめたいことでもあるのか濁すばかりでな」
後になって圭から聞いたが、あの時の泥だらけの俺の姿を見て馬鹿にする男子や引いている女子が大勢いたらしい。言葉を濁した生徒は、そのことを少なからず悪いこと、と認識しているのだろうか。
「埒が明かなかったので、こうして当の本人たちの所へ来た次第だ。言い辛いかもしれんが、嘘をついたりすると後で余計面倒なことになるぞ」
眼鏡がきらっと、光る。その様を圭に指摘されて、生徒会長はまた声を荒げて「うるさい!」と一喝した。
圭はひとしきり笑い終えると、二日前のことを鮮明に語った。俺一人だけで行動した場面は圭も詳細は知らないので(大まかには話してあるけど)、その部分は俺が付き足して説明していく。
俺たちが話している間、生徒会長は一言も発することなく、一つ一つの言葉をしっかりと聴き取るかのように微動だにしなかった。
「なるほどな。まあ、圭が絡んでいる時点で悪いものではないんだとは思っていたが」
「信頼されてるんじゃん」
「ううむ、これが海斗の女をおとすテクとみた」
「圭をおとすつもりなのかも」
「――!? それは盲点だった。そうかぁ、うーん、まぁ、海斗のこと嫌いではないんだけど……ごめんなぁ」
「ごめん、生徒会長。だめみたい」
「お前ら二人ともうるさいな!」
確実に飛んでくる突っ込み。うーん、これは確かにいじりたくなるかもしれない。
「まあ、なんだ。俺からは要点だけ先生たちに伝えておく。何も問題はないだろうから、お前ら二人とも安心してろ。それと、話に出た女子三人組だが――」
生徒会長がこちらに視線を向ける。なんとなく、背筋をぴんっと正してしまった。
「先生たちに伝えるつもりはない。白崎直人、それでいいか?」
第三者が見ればもしかしたら、女子を特別扱いするいやらしい奴、なんて風にも見えるのかもしれない。でも違うのだろう。生徒会長が発する言葉の力強さの裏には、自分自身を信じようとする強い意志が感じられる。
女子だから、じゃない。彼はきっと、誰であろうと同じ処遇をしたはずだ。関わった人の人間性を慮って、最適解を導き出そうとする。
だから今回は。俺みたいに、無駄に事を荒げることを望まない人間にとっては。
「それでいい。頼むよ、生徒会長」
まあ、なんといっても。俺も、人を評価できるような人間でもないし。