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白崎直人と自覚する春②

 右腕が、左腕を振り払って動き始める。拳が固く、握り締められる。五人の内の一人の顔面に向けて、拳が突き進もうとする意思を持つ。脳がどんな信号を発しようとも、既に右の拳は別の生物のようだった。


「なにやってんのー?」


 廊下から響いた声は、俺の右腕の戦意を喪失させた。突然の声と、現れたのが教師だったから驚き慌てたのかは分からない。でも、俺の右の拳が彼女たちの誰かを傷つけることは、唐突に現れた女性の教師によって防がれたのは間違いなかった。


「あ、れなっちじゃん。やっほー」

「おつおつー」


「やっほー、じゃないのよ。何してるのあんたたち。まさか、後輩いじめてんじゃないでしょうね」


 効果音をつけるならば、ギロリ、が適切なほどの眼光を、その女性教師は彼女たちに向けた。さっきまで獲物を見つけた肉食獣のように騒ぎ立てていた彼女たちは、女性教師の一瞥によって怯み、一瞬にしておとなしくなった。どうやら彼女たちは、目前の女性教師に恐怖心を埋め込まれているようだ。どういった経緯の末でそうなったのかは、知る由もないが。


「べ、別にねー」

「うんうん、あたしたちはただ、単純に、仲良くなりたいなー、と思ってさ」


 彼女たちの必死の弁明に、女性教師はため息をついた。


「分かった分かった。今すぐ散りなさい。それと、今後この子に近寄らないこと、いいわね?」


 はーい、と五人が同時に発して、彼女たちは俺と女性教師を残して校外へと出て行った。出て行く彼女たちの背中は、既に俺には興味がなくなっているように見えた。


「あ、ありがとうございます」


 服装の乱れを正して、俺は頭を下げて礼を言った。頭を上げると、女性教師の強張った顔は緩んで、ほっと一つ息を吐いた。


「あー、よかった。間違ってなかったのよね? もしかして、邪魔しちゃった、って少し心配だったの。ほら、年頃の男の子って、年上の女の人に迫られるのを喜ぶ子だっているじゃない。ん? 年頃には限らない、か。とにかく、君は困ってた、ってことでいいのよね?」

「はい。思わず、殴ってしまいそうになりました。本当に、ありがとうございます」

「偶然とはいえ、ナイスタイミングだったわね、私」


 軽快な笑い声が、俺の中の黒いもやもやを浄化していくような感覚がある。何か温かいものが身体の中に幕を張り、黒い何かを圧縮するようにして膜が収縮していく。やがて膜は完全に一つの塊となって、黒い何かは、きゅっ、っと音を立てて潰れて消えた。


 残った一つの塊は、今まで見たことがないほどに輝いていて、宝石や金銀なんかよりもずっと、きらきらとしていた。

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