青川海斗とあの日の夕暮れ⑥
高校生になって、俺は鈴姉と同じ学校に入学した。俺が一年生で、当然、鈴姉は三年生だった。別に鈴姉を追いかけたとか、そういったことはなく、ただ一番家から近かったので、という理由で桜ヶ丘高校を選んだ。
入学して初めて知った。鈴姉は、桜ヶ丘高校の元生徒会長をしていたらしい。俺が生徒会に入り、そして副会長に任命されて初めて知った。生徒会で話される鈴姉の話は、凄まじいものばかりだった。学生の悩みは何でも解決に導き、なんなら教師の人生相談にすら乗っていたらしい。手段は問わずらしく、時折力づくでの解決もあったらしいが、それは聞かないでおくことにした。
ある日の夕暮れ。俺が副会長の仕事を終えて校門を出ると、一人の女子が立っていた。学校の制服に身を包んだその女子は、やはり鈴姉だった。
「あら、偶然ね海斗」
「偶然なわけあるか。もう下校時間はとっくに過ぎてるんだ。待ってないと出会わないだろ」
「そうでもないわよ。私さっきまで男子とイチャコラしていたから、遅くなってしまったの」
「あー、そう」
「妬いたかしら?」
「別に」
意味の無い会話を交わして、俺が鈴姉の横を通り過ぎると、鈴姉は駆け足で俺の横に並んだ。ふわっと、甘い香りが漂ってくる。
「副会長にはもう慣れたかしら?」
「おかげさまで。鈴姉のしごきが活かされてんだろうな。皆、何かに追われるように仕事してるよ」
「あら、私そんなに厳しくないわよ」
「自分基準だろ、それ。鈴姉の普通は、通常の普通とはかけ離れてんだよ」
「まるで化け物みたいな言い草ね」
「そこまでは言ってない」
「冗談よ」
鈴姉は、クスクスと笑う。俺は、視線を鈴姉とは反対に向けて息を吐いた。
「私ね、卒業したら海外に行くわ」
「――え?」
風の吹く音が響いた。まるで、雷が落ちた時のような轟音で、ひどくうるさく、身体が芯の底から震えた。夕焼けがやけに眩しくて、思わず目を閉じる。ゆっくりと瞼を開けると、夕焼けの眩しさは鈴姉の身体が遮り、別種の眩しさが目に飛び込んだ。
やけに、眩しい。
「お父さんのことはまだ嫌いだけれど、利用価値は多分にあるの。海外の大学へ行くお金を出してくれるらしいわ。無償で大きな学びを得られるチャンスを逃すわけにはいかないわよね」
「……そう、だな」
足取りが重い。雷が落ちて雨が降って、足元がぬかるみでもしたのだろうか。
「不服そうね」
「……そう、見えるか?」
「ええ、見えるわ。すごく」
「……そうか」
「海斗は、応援してくれないのかしら」
応援するもしないも。ならば、何か言えば鈴姉は気を変えるとでもいうのだろうか。そんなはずはない。鈴姉が自分で決めたことを誰かのために変えるなど、それこそ青天の霹靂だ。
「俺がどうしようと、鈴姉は変わらないだろ」
ぴたりと、鈴姉の足が俺の前で止まる。まるで時も一緒に止まったみたいで、あの頃から、実は少しも進んでいなかったことを告白するみたいに、鈴姉は振り返って、幼女のようにクスクスと笑った。
「そうね。そうかもしれないわ。海斗が何を言っても、私は私のしたいことをすると思う」
一呼吸おいて、鈴姉にしては珍しく、どこか緊張しているような面持ちで言った。
「あのパンダのぬいぐるみ、まだあるかしら?」
「あるけど、それがどうかしたか?」
「そう、あるのね」
鈴姉は再び前を向く。そして、歩き出す。俺は鈴姉を追いかけるように後ろをついて歩く。
「なら、海斗が寂しがらなくてすむわ」
「大きなお世話だ。鈴姉こそ、寂しがるなよ」
「ふふ。大丈夫よ。だって、そうでしょ?」
夕日がじりじりと沈んで行く。今この時間を惜しむようにして、また、明日を目を覚ますために。
何時もと同じようで、けれど、どこか変わっている毎日。歩行する速さで、気付けないかもしれないけれど、俺達の外も中も、昨日とはきっと、違っているんだろう。




