青川海斗とあの日の夕暮れ⑤
中学に入って、ご近所さんだった隣の豪邸は売り払われた。どういった家庭の事情なのかは部外者なので詳しくは知らないが、どうやら没落したゆえの苦肉の策、というわけではなさそうだった。
豪邸に住んでいた夫婦は、二人で海外へと旅立った。その目的も、俺は知らない。だが、日本にある家を売り払ったということは、当分戻るつもりがないのか、それとも一生戻るつもりがないのか。時々考えてみたが、俺が考えることでもないので止めた。
一人日本に残された彼らの娘は、なくなった家を後にして一人暮らしを始めた。一人は寂しいから海斗も一緒に暮らして、なんてことを言われた俺は、必死に断固拒否した。からかうのもいい加減にしてほしい。
中学三年生という立場では当然部屋を借りられるわけがなく、世帯主は彼女の父親になっているということを、俺は後で自分の母親に聞いた。世帯主が父親であることを、彼女は今でもひどく嫌がっている。
俺の知らぬ所で親同士も仲が良くなっていたみたいで、残った娘を宜しく、とお願いされたらしい。そのことに対しては、さすがに仲が良いとは言っても俺の良心は彼らに対し憤慨したらしく、豪邸がなくなる前の月は、頻繁に父さんと母さん二人で豪邸に出向いていた。しかしながら、彼等は父さんたちの忠告に聞く耳持たず、そのまま空へと向かって飛んで行った。
「あら、偶然ね海斗」
玄関を出ると、一人の少女が、黒いセーラー服に身を包み、赤いリボンを揺らしていた。持っている学生鞄は薄く、中には何が入っているのだろうかと、少し気になった。
「偶然なわけないだろ、鈴姉。そっちの家はここより学校に近いんだから」
鈴姉は、昔のようにクスクスと笑った。切れ長の目と艶のある長い黒髪は大人びた印象をもたらすが、中身は年齢相応に子供だ。いや、もしかしたら年齢以上かもしれない。
「いいえ、偶然よ。だって私、朝帰りだもの」
「そうですか」
「嫉妬、したかしら」
「いや」
鈴姉は、いつものようにクスクスと笑う。鈴姉が俺をからかうのは常で、いちいち相手をしていたらきりがない。彼女は、俺が困っている所を見るのが、何より好きなんだ。
「あら、私のことは信じてくれないのかしら」
「信じてるからこそ、だろ。鈴姉はそんな軽はずみなことしない」
にっこりと、笑顔が咲く。満開の桜はまだ見れていなかったが、脳内に咲き乱れるそれが映った。
「また同じ学校に通えるわね」
「一年だけ、だけどな。鈴姉は来年卒業だろ」
「そうね。そうだったわ」
立ち話をしている時間もないので、俺達は二人並んで学校へと歩き出した。隣に並んで歩く鈴姉の肩と俺の肩が触れないよう、俺は意識した。それを察した鈴姉は意地悪く、距離を詰めてくる。その度俺は、彼女から離れる労力を要することになった。




