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青川海斗とあの日の夕暮れ③

「父さんと母さんは、俺がいると幸福?」


 桃音鈴と出会った日の夜、偶然両親共に家にいた。両親はいつも通り俺に関わってこようとはしなかったが、俺は母親が食卓の上に用意してあった俺用の夕食を食べながら、二人に尋ねた。一言も発さずにもくもくと食事を摂っていたいた二人は、硬直した。固まったまま手に持っていた箸と茶碗を床に落とした。ガシャン、と茶碗が二つ割れる音が響いた。


 そして。机と椅子が激しく動く音が響く。その光景はまるで、両親が椅子と机が邪魔だと言っているようだった。父さんも母さんも、身体の全てを使って俺と二人を遮るあらゆるものを払いのけた。食器が割れようとも、中に入っている料理がひっくり返ろうともお構いなしで、二人は俺を左右から抱き締めた。


 少し、痛かった。だがそれ以上に、温かった。このまま抱き締められていると火傷してしまうんじゃないかと思った。 

 でも、それでもいいか。二人は俺に向けて「幸せに決まってるじゃないか」と語気強く言い放った。二人の顔は涙や鼻水やらでぐしゃぐしゃになっていて、俺もどうやらそうなっていたようだった。両親に指摘されるまで、気付かなかった。


 ああ、こんなにも簡単だったのだ。言葉にすれば、一言二言で、終わる。でもそれが、何よりも怖かった。もしも、俺が邪魔で、いなければいいのに、とそう思われていたらどうしようとか、そう考えると、まともに言葉が出てこなかった。

 この夜、両親に向けて、緊張も恐怖もなくただ平然と、まるで晩御飯の献立を尋ねるような感覚で聞けたのは、十中八九、昼に彼女と出会ったからだろう。俺を見て笑い、幸せだと語った彼女が、俺の背中を押してくれたんだと思う。


 三人で随分と長い間抱き合った後、少し高めの外食をした。何だったか忘れたが、確か産まれて初めて握り寿司を食べたんだったか。家に帰って来て、三人同時に大惨事のキッチンを見て、笑った。笑いながら、俺は一人桃音鈴のことを思い出した。


 狭い風呂に三人で入り、小さな寝室で三人一緒に眠った。俺は、彼女に貰ったパンダのぬいぐるみも、一緒に布団の中に入れて眠った。


 翌朝、何時ものように父さんと母さんは仕事に出かけた。ただいつもと違っていたのは、父さんと母さんが俺に向けて「海斗がいてくれるだけで幸せだ」と言ってから出て行ったことだ。


「お前は親に嫌われている」

 

 学校に着くと、これもまた何時ものように、クラスメイトの男子がそう言ってきた。どこからともなく数人が集まり、合唱のように「お前は親に嫌われている」と鳴り響く。俺は、これまで通り耳を塞ぐ、なんてことはしなかった。手を下ろし、座っていた椅子からすっくと立ち上がって、俺を囲む男子たちに順番に視線を向けていく。男子たちは俺が何時もと違う行動をしているせいか慄いて、口をパクパクさせていた。


「勝手に言ってろ。俺は俺の信じるものだけを信じる。たとえそれが、一%でも九十九%でも、俺が信じればそれは百%だ」


 両親が俺に向ける笑顔、そして昨夜の熱い抱擁。そこから溢れ出る想いを、奴らは知らない。感じられない。俺が、二人の息子である俺だけにしか、感じられないものが確かにあった。たとえ、物理的に距離があったとしても、それはなんの弊害にもならない。食卓の机や椅子ほどの邪魔にもならない。


 俺は――両親を信じている。

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