黄金井圭と恋の芽生え②
俺は彼女の側にスライディング土下座の勢いで滑り込んでいき、勢いよく頭を垂れたあと顔を上げた。
「は、初めまして! 直人君の友人の、黄金井圭と申します! 高校二年生です!」
「――お? おお、よろしく。えーと、白崎恵、直人の姉で、大学三年生。こんな感じでよろしい?」
ダウナーなハスキーボイスは、彼女の格好良さを倍増させた。格好良いのにいい香りがして、身体も女性らしく、ああ、もう。胸の鼓動が身体全体を震わせてしまうぐらいに大きく、果てしなく耳障りだ。
「お邪魔しております。同じく直人君の友人の青川海斗です」
背後から海斗が自己紹介すると、恵さんは手をひらひらさせながら「どーもー」と言った。ちょっと『にへら』って感じで笑ったのが、えげつないぐらいにキュートで、思わず吐きそうになった。
「姉ちゃん、何しに来たの? てか、何してんの? なんで眉間を指で押さえてんの?」
「いやいや、あの直人に友達が出来たんだ、って思って。姉ちゃん、泣いちゃいそう」
「おおげさな」
恵さんが地べたに座り込んでいる俺を見た。見下ろした? 変な癖に目覚めそう。
「これからも仲良くしてやってね」
「それはもう! 当然でございます! 一生、死ぬまで離れません!」
「お前、それは誰に向けての言葉だ。直情なのもいいが、失礼だぞ」
「むろん、直人君に向けてだよ、君! 当たり前じゃないか!」
「なんで圭の話し方、おかしくなってんの?」
「大方、美人が現れて舞い上がっているのだろう」
「あー」
「な、なにを!? 恵さんは関係ないでしょうが! 失礼なのは君たちの方じゃないのかね!?」
直人と海斗に向けて叱責していると、ケラケラと、軽快な笑い声が聞こえてきた。見上げてみると、綺麗に切り揃えられた髪を揺らしながら、恵さんは口を開けて笑っていた。
ああ、平常時は全体的にどこかだるそうでクールだけれど、笑うとやっぱり格好良いから可愛いになる。
漫画やドラマなんかでよく見たフレーズで『君の笑顔を守りたい』なんてものがあるけれど、産まれて初めて、その心情が分かった。もし、俺が恵さんを笑顔にし続けることが出来るのならば、それ以上の喜びはない。
「あー、面白いねあんたたち。直人にはもったいないくらいにユニークだ」
「姉ちゃん、用事がないなら部屋に戻れよ」
「えー、冷たい。実の姉に対して可愛い弟がすごく冷たい。寂しくなるじゃん」
「そうだぞ、直人! 恵さんを悲しませると、俺が怒るぞ!」
「一瞬で篭絡されちゃってるね」
「圭、幼馴染として少し情けないぞ」
ふん、なんとでも言うがいい。何を言われようと、俺は恵さんを守るナイトなのだ。
「姉ちゃん、顔だけはいいからな」
「顔だけって何よ。それはお互い様でしょうが。まあ、いいや。直人の笑顔、たくさん見れて姉ちゃんすごく幸せだ」
「恵さんは、弟想いのいいお姉さんなんですね」
「そうなの。直人のこと溺愛してんの」
「……気持ちわりぃ」
なんと贅沢な!? 恵さんに慕われて気持ちが悪いだと!? いやまあ、姉弟だからこそ、そう感じてしまうのも無理はないのか。一人っ子の俺にはいまいち分からない感覚だが。
恵さんは本当に直人の様子を見に来ただけのようで、「ゆっくりしてってね」と言って扉を閉めようとした。俺は慌てて扉を手で抑え、閉まってしまうのを阻止した。
「うおっ――!? な、なんだなんだ」
「め、恵さん、あの、その、ご、ご趣味は?」
「「お見合いか」」
二人の突っ込みは無視して、俺は未だ彼女を見上げる姿勢で言葉を待った。
「うーん、趣味か。……人間観察、かな?」
「うわぁ……」
「あ、直人! 今、お姉ちゃんに引いたでしょ! いいでしょうが、別に!」
「俺は素晴らしい趣味だと思います!」
「圭はもう、全肯定だな」
なるほど、人間観察。いまいち判然とはしないが、それよりも重大なのは次だ。今のは、前座。よーし……。
「こ、恋人は! い、いるのでしょうか?」
「「…………」」
今度は何も突っ込みがない。むしろ、こっちに突っ込みを入れて欲しかった。ガチ感の空気が耐えがたい。バクバクと心臓がうるさい。もういっそ、喉から心臓を吐き出したぐらいだ。
「えーとねぇ……」
恵さんは、何故か勿体ぶっていた。遊ばれているような気もするが、俺に出来ることはひたすら彼女の言葉を待つこと以外にない。心を奪われた人間は、どうしたって優位に立つことは不可能なんだ。
「いるよ」
その言葉を聞いた途端、俺の全身から力が抜けて床に崩れ落ちた。なんだこれ。必死に力を入れているはずなのに、身体が微動だにしない。無意識にぴくぴくと震えているだけだ。
次第に呼吸をするのもしんどくなってきて、意識的に息を吐いて吸ってしないと、呼吸が止まってしまいそうだった。そうか。人は、巨大なショックを受けると、こんな風に身体の機能が停止してしまうものらしい。
「じゃあ、またね」
そんな言葉が俺の頭上を飛んで行き、バタン、と扉が閉じられた。彼女にしてみればそれはただ、扉を閉めただけの行為なわけだが、今の俺には拒絶の音に聞こえた。
「「どんまい」」
友人たちの声が部屋に響いて、俺の頬に何かざらざらとしたものが触れた。一回、二回、三回。それは妙に湿っていて、生っぽい。
「にゃあ」
黒助も、俺に同情してくれているみたいだった。黒助の舌から伝わる温もりが、凍えて死んでしまいそうな俺の心に暖炉の火を灯してくれた。




