黄金井圭と恋の芽生え①
土曜日の昼下がり。俺は、海斗とコンビニで待ち合わせをしてある場所へと向かった。その場所は俺と海斗にとってまだ見ぬ場所で、未開の地である。ゆえに、心なしか少しドキドキしているような、わくわくしているような、そういわば、小学生の頃に秘密基地を作って、そこに皆で集まろうとしていた時と同じ高揚感が俺の胸に溢れている。
コンビニに自転車をこいで現れた海斗は、自転車の籠の中にお高いデパートの紙袋を入れていた。俺が「それは一体何だね?」と聞くと、常識人ぶっているのか彼は「菓子折りだ」などとぬかしやがった。
手ぶらな俺を横目に海斗は「コンビニで何か買えばいいんじゃないか」と言ってきやがったので、俺はコンビニで猫用のチュールを購入した。
入学したばかりの頃より強くなった日差しの中、俺と海斗は自転車をこぎこぎ、十分ほどして辿り着いた。
白崎直人の家である。
「どうぞ、あがって」
「すまない、失礼する」
「お邪魔しまーす」
白のTシャツとジーンズというラフな格好で俺たちを招き入れた直人は、そのまま二回へと俺たちを案内した。小さめなモニターと最新機種のゲーム機、それとベッドがあって、本棚の中には流行りの漫画がとびとびで並んでいる。
「結構なお住まいで」
「どうもどうも。といっても、親の財力なおかげなわけですが」
俺と直人が深々とお辞儀を交わしている横で、海斗がもぞもぞと動き出した。
「そういえばご両親はいらっしゃらないのか? 菓子折りを持って来たんだが」
「ああ、ありがとう。いたら邪魔だろう、って母さん出かけちゃってるから、帰って来たら渡しておくよ」
直人は海斗から菓子折りを受け取ると、続けて俺の方へと手を伸ばした。ふん、みくびるんじゃあねぇぜ。
「ほらよ」
「……俺にはちょっと、きついかな」
「人間用には海斗が買って来てたから、俺はもう一匹の家族用にだ」
それに、今回集まったのはそもそもそいつのためでもあるんだし。あの日、川で溺れて直人に助けられたあいつは、病院で元気になって直人の家に引き取られることになった。
しっかりと家族に馴染んだあいつは、いつも元気溌剌としていて、食事中のテーブルの上に飛び込んで来たり、ソファに爪を立てたりといたずら満載らしい。
あの日、俺の腕の中で徐々に冷たくなっていったあいつが、家族から怒られるぐらいやんちゃになったんだと思うと、身体の内側から目頭に向けて熱いものが込み上げてくるってもんだ。
「で、肝心のあいつはどこだ?」
「まあ、待ってたらいいよ。探さなくても人が集まってる場所に自然とやってくるから」
直人がそう言って菓子折りを机の上に置いたタイミングで、廊下の先から開いた扉を通って黒い物体が弾丸のように飛び込んできた。いまいち聞き取れない声を発しながらそいつは、俺の胸に体当たりして、手に持っていたチュールの袋に噛みついてくる。
「うおぁっ! おいおい、元気すぎだろーが。やめろ、やめろって!」
「ふにゃうぅぅぅ――! にゃあ!」
「よかったじゃないか圭、珍しくモテて。羨ましい限りだな」
「どう見てもおれじゃないだろ! チュールだろ! ってか、俺がモテたいのは人間の女の子!」
「しかも黒助男の子だしね」
「黒助、というのか。シンプルでいい名前だな」
「姉ちゃんがつけたんだけどね。あいつも呼べば反応するから、結構気に入ってるみたい」
「おおい! 談笑してんじゃねぇよ、助けろよ! どうすりゃいいんだよ! 身体が小さくて軽いから、払いのけるのも怖くてどうすることもできねぇ!」
と、俺が黒助に構っていると(格好つけてるわけじゃない。本当は余裕で、必死な黒助を楽しませるためにあえて狼狽している振りをしていたのだ)、直人が黒助の首の後ろの伸びる皮膚の部分を掴んで、ひょいっと持ち上げて床におろした。
不思議なもんで、掴まれている間の黒助は、やけにおとなしくて、むしろ虚空を寂し気に見つめているようでもあった。
「それ、チュール開けてあげて。食べたら落ち着くと思うから。あ、でも一個だけね。食べ過ぎは良くないから」
俺は急ぎチュールを一つ開封して、黒助に向けた。また全速力で駆けて来た黒助は、今度は差し出したチュールの前で動きを止めて、上手そうにぺろぺろとチュールを舐め始めた。
「びっくりしたけど、まあ、うん。本当に、良かった。こいつの元気な姿が見れて、なんていうか、すげー、嬉しいわ」
黒助はチュールを食べ終わると、お腹が一杯になって眠くなったのか、胡坐をかいていた俺の足の上に乗って身体を丸め、ゆっくりと目を閉じた。
「か、かわ、可愛すぎんだろうが! おい、なあ、これ、どどど、どうしたらいいんだ!?」
「じっとしておけ、馬鹿者。気持ちよさそうに眠ってるじゃないか、絶対に起こすんじゃないぞ。くそっ、なんでお前が選ばれるんだ」
「海斗って、猫好き?」
「youtubeで登録しているチャンネルは、ほとんど猫を映しているチャンネルだ」
「お前、さっき俺に羨ましいって言ってたの、皮肉じゃなくて本心だったのかよ」
そんなこんなで、ようやく黒助とご対面出来た俺たちは、こいつを起こさないように少し静かめな声で雑談をしていた。
五分ほどたったぐらいだった。まだ直人の部屋に落ち着きを感じるほど時間が経過していない中、俺は更にそわそわさせられることになった。
いや。そんな次元じゃない。胸がばくばくして、破裂寸前で。なんかもう。色んな液体が身体中から噴出してしまうんじゃないか、なんて、そんな、もう。うん。とにかく。
俺はその人を一目見た瞬間、心を奪われた。
「なんか騒がしいと思ったら、お客さん?」
開いたドアの先から現れたのは、黒いTシャツに、オシャレに破れたジーンズを履いた女性だった。年は俺よりも少し上ぐらいっぽくて、吊り上がり気味の目が勝気な印象を思わせる。
黒のショートヘアの内側は、綺麗に青色に染まっていて、ピアスや指輪、それにネックレスと、ほとんどが髑髏尽くめという奇抜さだ。
「ああ、姉ちゃん。俺の友達」




