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白崎直人と草むしり⑤

 ぽん、っと肩に手を置かれる。圭の手だった。何故だか、微笑みながらうんうんと頷いて、こちらを見ている。ちょっと苛立つ顔をしている。


「構わないが、どうしたんだ突然」

「会長と友達になりたいな、と思ってさ」

「……そうか。それは、嬉しい話だな。では俺は、直人、と呼べばいいか?」


 首肯する。圭が、今にも泣きそうな顔でこちらを見ている。やめろ。保護者の様な目を向けるな。


「では直人、圭、俺も教室に戻るとする。もし、ハーレムの最低人数などが分かれば教えて欲しい」


 本気で言っているのか、冗談で言っているのか。恐らく前者なのが恐い。


「圭のせいで大変なことになりそうだ」

「だけどさ、人数が分かれば本気で作る気なのかあいつは?」

「作るんじゃない? 生徒会長が命じる!って」

「我に従え! っていうタイプでもないと思うんだけどなぁ」

「じゃあ、○○印のきびだんご?」

「あれって、人間にも効果あんのか?」

「知らない。小さい頃の記憶しかないし、そんな覚えてないよ」

「だよなー。俺も結構忘れて……あ」

「どした?」

 

 予鈴が鳴って、廊下にいた人たちが教室に戻り始める。俺もそれに倣って教室に戻ろうとするが、圭が微動だにしない。何かあったのか? 恐る恐る顔を覗くと、圭は視線を落とし、何か取り返しのつかない事実に気付いてしまって絶望しているかのようだった。


 一体、何に気付いて……。


 あ。


 そういえば昨日、草むしりのせいで宿題を写す時間がなくなった圭は、一時限目が始まるまでに俺の宿題を写すつもりでいたのだった。

 提出は一時限目の数学の時間。残された時間は、登校してからの短い時間しかなかったのだ。


 つまりこれは。希望は潰えた、ということに他ならない。


「……俺、草むしり、しないとだから」

「圭……草はもう、全てむしられたんだ」


 迷子になった子犬の様な眼差しが向けられる。俺は何に縋ればいいの? そう言っているかのようだ。まあ、自業自得なのだから縋る物はそもそも与えてはならない。


「ナオエモン! 助けてよー!」

「けい太君、時には諦めも肝心だよ。さあ、素直に怒られようじゃないか」


 こうして、圭は無事数学教師に叱られ、俺には新しい友達が一人増えた。昼休み、屋上で一緒に昼食を摂っている時、圭が海斗に向けて「ハーレムは止めて宿題の廃止を要望する」と言ったことで、あの要望は圭が書いたものだと言うことが海斗にばれた。


 圭は海斗にも叱られ、その日は水やりを忘れた花のように萎れ切っていた。それと、どうやら海斗自身、あれを書いたのは圭だろうと予想はついていたらしい。だからわざと話題に出して反応を窺っていたみたいだ。さすがに、ハーレムを作って欲しい、なんて要望を本気で相手するつもりなど最初からなかったらしい。


 今日も新しい一日が始まる。校門の前に立って、深呼吸した。風がこんなにも爽やかだったことを、初めて知った。


 風が吹く。背中をそっと押してくれるような、そんな風が。


「なんだか、楽しそうね」


 風に揺らめく赤い髪。胸の奥が熱くなる甘い香りを漂わせて、彼女は俺の前に立った。身長は、高校生の俺よりも少し低い。


「そうですか? 自分ではあまり分からないですけど」

「そう? でも、もう着けてないのね」

「何をです?」

「イヤフォン。いつも、登下校の時は耳に着けてたでしょ」


 言われてみれば。圭と一緒に行動することが多くなってから着けることが少なくなった。下校は一緒だから着けないし、登校する時も道中で出会うことがあるから、気付きやすいようになるべく着けないようにしている。


「俺のことなんて、どうでもいいじゃないですか」

「そんなことないわよ。これでも私、教師なんだから。生徒のことをしっかりと見守るのも仕事の内」


 仕事の内。仕事……。教師と生徒――大人と……子供。


「他の生徒のことも、ですか?」


 馬鹿な質問だ。意図は何だ? どう言ってもらいたい? 答えは分かっているくせに。なんで自分から、荊の中に突っ込んでいく。

 棘が刺さって――痛いだけなのに。


「当然よ」


 風が吹く。甘い香りが辺りに散らばって、たくさんの人たちに届いて行く。


 なぜだろうか。流れているその風を。


 俺は、一人占めしたくて仕方なかった。

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