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白崎直人と草むしり③

「なんで帰る時にちゃんと確認しないかなぁ」

「したって! めっちゃ確認した! でも、いなくなったんだよ! 宿題の奴が、解かれたくないからって、学校に戻りやがったんだ!」

「解かれたら、どうなるんだ?」

「封印も解かれて、中から悪魔が出てくる」

「学校に宿題を忘れて、風呂上がりの友人を呼び出す奴の方がよっぽど悪魔だと思う」

「ごめんってぇ。一人は寂しいじゃんかぁ」


 圭の嘘泣きを一瞥して、夜の学校へと続く校門をよじ登る。時刻は二十時。辺りはすっかり暗くなっているが、校内の明かりは所々ついていて、まだ仕事中の先生はいるようだ。

 こんな遅くまで、ご苦労様です。


「見つかったら面倒だし、さっさと持って帰ろう」

「そうだな。そんで、直人の答えを写さないと」

「初耳なんだけど?」

「……お前。この俺が、今から宿題をやって間に合うとでも思ってんのか?」


 キリっと、決め顔を見せる圭。眼力の強さと内容の情けなさが反比例していて、深いため息が漏れた。


 圭の弁解を聞きながら昇降口の扉の前に立ち、重たいガラス扉を開けていく。位置的に俺の背後になっていた圭に視線を向けると、そのもっと奥に妙な影があるのが見えた。何かが地面をまさぐっているようで、影の動きは全く止まる様子を見せない。


「お、おいおい……まさか、幽霊とかじゃないよな!?」

「んーー、いや、あれは多分……」


 目を凝らしてよく見てみる。校庭への明かりは校内から漏れる光と月光しかなく、すぐさま全貌を明らかにするには頼りなかった。

 やがて、ぼんやりとした視界の中、薄暗さに慣れた瞳が影の正体を暴いていく。


 果たしてそれは――生徒会長、青川海斗だった。


 スマホのライトを起動させて生徒会長に向けると、生徒会長は当惑した様子で右腕を上げ、目を覆い隠した。


「な、なんだ!? 誰かいるのか!?」

「こんな時間に何やってんだよ」

「……圭、か?」


 光に照らし出された生徒会長に向かって歩いて行く。近づくほどに彼の姿が鮮明に描かれ始め、どうやら彼は汗だくで、顔には少しばかり泥が付着しているようだった。


「生徒会長、川に飛び込むのは危険だから止めた方がいいよ」

「そんな馬鹿なことするわけないだろ! ……まあ、緊急事態ならば、別だが」

「気遣い優しさ百%じゃん。おたくの幼馴染、格好いいですね」

「そうなんですよぉ、直人さん。自慢の幼馴染でねぇ。おばさん、もう少し若かったらほっとないわよぉ」

「あらあら、今でも十分お若いですわよ、圭さん」

「あらやだ、嬉しい!」


 ぴょんぴょん飛び跳ねる圭。数回飛んで真顔になった。おふざけは終わりのようだ。


「――で? なんで草むしりなんてしてんだ?」


 生徒会長の横には、四十ℓサイズのゴミ袋が置いてある。袋の半分ほどが雑草で埋められていて、手で抜いていたのだろう、生徒会長が装着している白の軍手は、茶と緑が混じって随分と汚れていた。


 この量の雑草抜きでここまで汗だくにはならないだろうし、恐らく、いっぱいになった袋はその都度、焼却炉にでも持って行っているのだろう。


「【学校への要望】。今日配ったアンケート用紙にあっただろう?」

「――!? ん、お、おおう」


 圭が狼狽えているのは、例のくだらない要望のせいか。ばれてしまったのかと、内心怯えているに違いない。

 でもまあ、さすがにばれないだろ。生徒の数も多いし、圭が書いたようなことを書いた奴も、他にもいるだろうし。


「要望の所にな。【校庭の雑草が気になって授業に集中出来ない。明日までに綺麗にしてほしい。でないと、学校を休んでしまいそう】というのが三つほどあってな」

「お前まさか、馬鹿正直に従って草抜きしてんのか? 明らかにからかってるだけだろ」


 くすくす笑っていたクラスメイトの顔が想起される。あいつらがにやついてたのは、これのことか。あいつらは多分、生徒会長の性格をある程度把握していたのだろう。真面目で、期待に応えようと必死になる青川海斗の性格を。


「からかっているのは俺も分かっているが、だがそれでも、からかっているわけじゃなく本気だという可能性も、多少はある。俺にとって1%も99%も、同等だからな。1%の可能性を捨てて生徒を悲しませるわけにもいかん」

 

 生徒会長は、言いながらも草抜きをする手を止めない。滴り落ちる汗の軌道は、草を抜く彼の視線に沿って落ちて行き、地面を微かに濡らしていく。


「しかしなぁ、そうは言ってもなぁ。あと、どれくらいだ?」

「半分くらいだな」

「絶対に間に合わねぇだろ」

「言っただろ? 間に合う可能性もあるんだ。やらないで無理だと判断することの方が、俺には無理だ」

「相変わらず、頭固いなぁ」


 会長を嫌っている人間からすれば、その頭の固さが嫌うポイントの大部分を占めている。真面目で融通が利かない、優等生君。少しのレールのずれも許さない俺様主義。そんな感じに思われているんだろう。


 だけどそれは、会長のことを知らない人間の思いに過ぎない。関りにくい嫌な奴、だと思っていても、関係を持ってみると意外と良い奴、だなんてことは多々あることだ。


 友人が少ない俺が言うのも変だが(少ないと言うか圭しかいない)。


 会長の魅力は、遠い距離からはきっと分からない。側に寄ってみて、初めて分かる。彼は真っすぐで頭が固くて、そこに危うさがあるけれど、それ以上に熱意とひたむきさがある。真っすぐに信じる、彼の強さがある。


 面白いもので。


 人間って言う生き物の大多数は。そんな真っすぐさに弱かったりするんだ。


「よいしょっと。圭、俺ここで待ってるから早く取りに行ってきな。会長と一緒に草でもむしってる」

「――な!? 白崎直人、これは俺の仕事だ、お前がわざわざやる必要なんかない」

「まあまあ、いいじゃないですか。見た感じ、他の生徒会の人もいないんでしょ?」

「遅くなることは分かっていたからな、早めに帰ってもらった。やると言い出したのは俺だからな、皆を巻き込むわけにはいかん」

「頭の固さに加えて、要領が悪いと言うかなんというか。まあ、いいや。早く取って帰って、俺も合流するから」

「――圭まで!? いいから、お前たちも巻き込むわけにはいかん! これは、俺一人でやる」


 二人で深く息を吐く。会長の将来が少し不安になってきた。だけどまあ、恐らく、だからと言って問題はない。


「こんなこと言ってますけども、圭さん? おたくの教育、どうなってますの?」

「本当にもう、困りましたねぇ直人さん。海斗ちゃんったら、友達は巻き込むもの、っていうことを知らないんですのよ。どこで教育を間違ったのかしら」

「お前らのその即興劇みたいなのは、なんなんだ。とにかく、用が済んだらさっさと帰れ。俺が一人で――!?」


 腹が立ったので、会長のわき腹をくすぐった。もんどりうって逃げようとしたので、追いかけてさらにくすぐった。


「――やめっ! あははっ、ひぃ、おい、おい! いい加減に、あははは!」

「なかなかに感度が良いですな。これは、今後も楽しめそうだ」

「や、やめろ! 放せ! 放すんだ! おい、圭! 見てないで、助けろ!」

「――ん? ああ、俺は教室に行ってくるから。二人で楽しんでてくれ! すぐに戻ってくる!」

「薄情者――!」

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