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白崎直人と黄金井圭①

 地球温暖化のせいで既に桜が散り始めた通学路。直人(なおと)は、髪に揺れる髪を掻き上げながら、淡い希望を抱いていた。


 高校二年生になれば、一年の頃とは何かが変わるかもしれない。


 一つ階の上がった新しい教室の扉を開けて、淡い希望は所詮色薄く、濃さを増すことはないのだと悟った。呆然として眺めるその先には、自分の名前を呼んで手招きをする女子生徒が三人いる。


「来た来た! 白崎(しろさき)くーん! こっちこっち!」

「本当に同じクラスじゃん! やっばぁ」

「めちゃくちゃ格好いい」


 はしゃぐ三人の女子から意図的に視線を逸らして、直人は黒板に視線を移した。黒板には、白のチョークで席の配置が描かれてある。窓際の後ろから二番目の四角形のなかに【白崎】と書いてあった。


 直人が自席に目を向けると、また女子三人が視界に入る。

 そうか。あいつらは、俺の席を伝えようとしていたのか。全くもって、大きなお世話だ。


 深く息を吐きながら、だるそうにして歩を進めていく。直人が自席に近づくにつれ、女子たちが騒ぐ声も大きくなった。


 一人の女子が椅子を引く。たじろいだ直人を、別の女子が肩を押して、半ば強制的に座らせる。残った女子が、直人の正面に立ってえくぼを作った。


「ねえねえ、白崎君。私たちのこと、知ってる?」

「……いや、ごめん。顔は多分、見かけたことあると思うんだけど」

「なーんだ、残念」


 正面に立っている女子は唇を尖らして、ふてくされたような表情を見せた。あまりにもわざとらしいその表情は、大半の男子生徒をだらしない顔にさせる武器だったが、直人の表情は依然変わらず仏頂面のままだった。


「私たち、一応これでも結構男子人気上位なんだけどなー」

「女子の人気ランキング堂々一位の白崎君だもんねー、女に飽きちゃってるとか?」

「えー、待って待って、せめて私と付き合ってからにしてよー」


 各々が好き勝手に、直人の席を囲んで喋り出した。その間、直人は特に口を開かない。産まれ持った端正な顔立ち。その中に浮かぶ気怠さが、本人の意思とは関係なく色気を漂わせ、女子たち釘付けにしていく。


 直人が横目で廊下側を見ると、幾つもの視線が自分に向けられていることに気が付いた。針を突き刺されているような鋭さと、鈍器で殴られているような重さ。


 ああ。また、こうなるのか。直人は机に突っ伏して、寝る振りを見せる。自分は何もしていないのに、数えきれないほどの視線が、常に自分の周りに纏わりついて、しかもそれは、本当の自分を見ようとすらしてくれないのだ。


 苦しくて、気持ちが悪い。


 全員、どこかに消えてくれ。


「ねえねえ、白崎君。寝ちゃう前にさ、聞きたいんだけど――あのね、今日の放課後、予定ある?」

「……ある」


 机に突っ伏したまま答える。


「そっかー、じゃあ、空いてる日、また教えてね。皆で遊びに行きたいから」


 そう言い残して、女子三人は直人の席周辺から去って行った。直人はゆっくりと顔を上げて安堵の息を漏らしたが、別の視線は未だ消えていない。


 見惚れる女子の視線と、嫉妬に狂う男子の視線。


 どっちも、直人には苦痛でたまらなかった。一年生の頃から、イケメンだなんだともてはやされ、先輩はもちろん、他校の女子生徒も直人を一目見ににやってくるほどに直人の人気は凄まじかった。時が経つにつれ、他校からやって来るようなことは少なくなったが、それでも校内での女子生徒から「好きです」と告白されることは日常茶飯事だった。


 一年生の間に振った女子生徒だけで、一クラスを満たすことが出来るだろう。

 女子からモテれば当然、それに比例して男子から嫌われる。噂では、直人には二桁以上の彼女がいるのだとか。


 事実は、一人もいない。彼女も――友達も。


「見んなよ、くそ」


 小声で呟いて、窓の外を眺めた。緩やかに流れる雲が、自分の心情の流れに合わず、妙な気分の悪さを感じた。


 白崎直人は一人を好むクールなイケメン。


 まともに話した事もない人間たちが創り上げた直人のイメージは、イケメン以外、的外れだった。


 勝負ごとになると熱くなって勝てるまで意地になってやり続けるようなところがあるし、クールに見える部分も、ただ自分の興味が無いものに対して冷めているというだけのことだ。


 クールでもなんでもないし、別に――一人が好きなわけでもない。


 勝手に周囲が、一人にしたのだろう。


 内面を見ようともせず、ただ外見だけを好む女子と、女子の反応だけで毛嫌いする男子が、そうせざるを得ない環境を創り上げた。


 そんなにこの外見が好きなら、今すぐにでもくれてやる。どいつもこいつも、好きにこの身体を使えばいいだろ。


 気付けば、目で追いかけていた雲は、別の雲に飲み込まれ形を失っていた。視線の焦点が窓の外から窓へと流れ移る途中で、自分の背後に誰かが立っているのが分かった。当惑して、直人は勢いよく身体ごと回転させ、短い金髪の男子生徒と向き合った。


「おいおい、学校一のモテ男君。なんか、さっき糸井ちゃんと亀中ちゃん、それに木梨さんとまで仲良くしていらっしゃいませんでしたか~?」


 一瞬誰のことを言っているのか分からなかったが、数が三であることを鑑みるに、さっきの三人の女子のことを言っているのだろう。


「別に、仲良くはしてないけど」

「嘘つけ! 聞こえたぞ、なんか、一緒に遊ぶとかなんとか!」


 金髪の男子は、声を荒げる。また面倒臭そうな奴に捕まってしまったと、直人が辟易したところで、金髪の男子は、さっきとは打って変わって情けない声色を出した。


「おお、俺も……俺も一緒に、遊びに行っちゃ駄目でしょうか?」

「…………三人に聞いてみれば?」


 そもそも行かないし、と言えばまた喚きそうなので責任転嫁を試みる。結果、転嫁することは失敗に終わったが、男子を静かにさせることには成功した。


「あんな美少女たちとまともに会話が出来るなら、誰も苦労しねぇんだよ」


 泣きそうな表情で語る金髪の男子は、面倒を通り越して鬱陶しいようだった。

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