52 戦場
51のあとがきに書いていた今話の予告を少し変更しました。
―王国・最前線司令部―
テントが幾つも並んでいる光景をコウヘイとエセ関西弁は眺めていた。
「結構な数だな~」
「そうやな~ さすが最前線ってだけの事はあるっちゅうわけや」
キャハハ。とエセ関西弁は笑う、緊張感の欠片も感じないその動向にコウヘイは内心ホッとしていた。
コウヘイはすでに人を手に掛けているが、やはり現代日本人の為に抵抗感が伴うのは不可避なもの、故に未だに人を殺す事には慣れていない、まぁ殺せない分けではないが、"できれば"と、頭の片隅で常に考えてしまう。
そのくせユリアにあれだけ言ってしまったのだから、ユリアへの愛情は底知れない。
「御二方、こちらへ。将軍が戻られました」
「はい」
コウヘイとエセ関西弁は連絡兵に連れられ、一際大きいテントへと入っていった。
中では机に地図が広げられ、最前線の様子を事細かに再現していた。
時折、連絡用の鷹が天窓から入って来ては係の人間が鷹から用紙を回収し、地図や紙に記していく。
「貴殿がコウヘイ・タカバタ殿か」
白いひげに歴戦の勇士を思わせる深いシワ、特に右目にある大きな傷は目を引く。
まさしくコウヘイが思い描く将軍であった。
「えぇ、そうです。将軍」
「報告は聞いている、さっそくで悪いが最前線の屯所へ赴いて貰う。思った以上に帝国兵の数が多くてな」
「ワイらは構いませんけど、ここからだと馬を走らせても一日は掛りますよ?」
「その辺は心配しなくていい、竜籠で行って貰うのだからな」
「乗れるんですか!?」
「あぁ、彼らを乗り場へ」
将軍は一人の兵にそう告げて、コウヘイとエセ関西弁はテントを後にした。
「なぁ、竜籠ってなんだ?」
コウヘイは小声でエセ関西弁に問う。
「なんや知らんかったんか、竜籠っちゅうのはな、竜に人が乗れるように道具を装備させた竜の呼び名や」
「へぇ~ ってか竜ってそんなに大人しいの?」
「んなわけないやん、赤ん坊のころから人に育てられてきた竜だけやで、竜籠は」
「ですよね~」
竜籠の説明をエセ関西弁から受け終えた頃、一頭の竜が視界に入った。
「へぇー 立派なもんだな」
黒いウロコに覆われ、紅い眼を持つ竜がいた。
背中には気球の籠をそのまま切り取った様な籠が乗せられている。
おそらくアレに乗るのだろうが、コウヘイは早くも後悔していた。
こんな安全性を無視した乗り物があっていいのだろうか? と。
少なくとも軍事に利用するなら、もっと安全性を追求するべきじゃないか? と、先程の将軍に苦情を言いたかった。
「これ、大丈夫なのか?」
「大丈夫ですよ……多分 ボソッ」
「なんだよ、多分って!?」
「でも、貴方は飛べるんでしょ?」
「……飛べたな、そう言えば」
「「マジ」」
―最前線―
戦場。
文字通り戦う場だ。
ここには血と硝酸、生肉が焼け焦げた臭い、死臭が漂う墓場と化していた。
そんな墓場に立つ帰り血に染まった少女が一人。
「姫殿下、あまり一人で突っ込まないでください」
「ごめん。でも、止まれなかったんだ」
振り返らずにフェルトは応える。
その視線の方角には王国の陣地がある。
見据えているのはそこで一時的に生活している王国兵らだろう。
フェルトの足元には首から上のない王国兵の肢体が横たわっていた。
そして、フェルトの右一メートルほどの所に首が転がっている。
どうみてもフェルトの一閃で命を刈り取られていた。
「被害は?」
「はい。姫殿下の御蔭で予想より四割抑えられました」
「そう、なら急いで兵らを休ませなさい。十時間後に前進する」
「……少々急ぎ過ぎでは?」
「十時間後に前進する」
「…御意」
フェルトは踵を返し、屍の上を歩く。
―最前線屯所(王国)―
「最悪だな」
「最悪やな」
それはもう最悪の一言に尽きる光景だった。
次から次に運び込まれてくる負傷兵、足が無い者、腕が無い者、腹に風穴があいている者、
今にも死んでしまいそうな兵士がそこら中に溢れ返っていた。
救護兵は走りまわっていた。
呻き声を上げる者の元へ、痛みで痙攣を起こす者の元へ、死の恐怖でパニックに陥る者の元へ、
助けを求める者の元へと救護兵は走る。
コウヘイとエセ関西弁は取りあえず前線司令官がいるテントへと足を延ばす。
「すいませ~ん、司令部から派遣された者ですが」
そんな呑気な声で中へ入ると、一斉に視線を向けられた。
それも、何だお前、空気読めよ。と言った感じの視線を。
そりゃー これだけの被害を被ったと言うのに、あんな声で入られたらイラッと来るのも仕方ない。
「アンタが例の最終兵器ね。俺がここの責任者のゲイル准将だ、とにかく君らに今できる事は救護兵の手伝いだけだ。行って来い!」
と、ケツを蹴られてテントから追い出された。
「やっぱあの入り方は不味かったな」
「そうやな、ワイまでとんだとばっちりや」
あからさまにエセ関西弁は不機嫌だった。
それでもコウヘイは一人でも多く命を救えるなら。と、これからそう遠くない未来で人を殺す身としては、償いにも似た感覚で治療を始めた。
エセ関西弁は救護兵に指示して貰いながら負傷兵の治療にあたった。
―明朝―
王国の最前線屯所には警告の鐘が鳴り響いていた。
「敵襲! 敵襲ー!」
帝国兵が暗闇に紛れて攻めてきたのだ。
その圧倒的な物量に物を言わせて、寝静まっていたコウヘイとエセ関西弁は否応なく眼を覚まし、生き残るために武器を手にする。
「死にたくなきゃ、離れるなよ?」
「それよりも、はよう行くで!」
エセ関西弁は焦る様にテントの外へと走る。
「バっ、何か考えてんだよ!」
コウヘイは慌ててエセ関西弁の後を追う、そして目に入って来たのは奇襲を受けた見るも無残な光景だった。
ケツを蹴り飛ばした准将がいたテントは赤い火に包まれ、そこらじゅうで殺し合いが起こっていた。
人VS人、これまで人を殺した経験と言えば道中で襲われた時だけだが、あの時は神様の感情抑制の御蔭で大事に至ら成ったが、今回は正直怪しい。
神様はどうやら静観を決め込んでいるようで、呼びかけても返事が返ってこなかったのだ。
そしてエセ関西弁は殺し合いの中へ入って行った。
「たくましいな~ そんなキャラじゃなかったじゃんかよ―――!」
突然背中に猛烈なプレッシャーを感じ、前へ跳ぶ。
「よく、避けたね」
聞いた事のある声だった。
「さすが私の騎士を圧倒した男だ」
見た事のある顔だった。
「まさか敵の大将自ら最前線にいるとはな、フェルト」
コウヘイは右手に持っていた剣を投げ捨て、新しい剣を創造する。
剣に宿りし概念は『不殺』、刃は潰れていないが斬られた者は意識を刈り取られて気絶する。
そんなコウヘイの理想を固めた愚者の剣だ。
「こんなキャラじゃないと思ってたんだんだけど、どうしてこう俺の周りに居る女は変わり者が多いんだか」
「人は見掛けによらない、って言葉知らないの?」
「そういばそんな言葉があったな(っていうか、こっちの世界のもやっぱりその言葉はあるのね)」
「姫殿下! お下がりを、ソイツは―――」
いつか見た騎士はフェルトの手で進路を阻まれる。
「彼は私が相手をする。貴方は向こうを相手してなさい」
そう言ってフェルトはエセ関西弁を指さす。
「しかしあの方は!」
「命令よ」
「うっ……御意」
渋々。といった感じで騎士はエセ関西弁の方へ向かう。
「エセ関西弁知ってんのか?」
「そんな名前を今は名乗っているの?」
「いや、これは俺がつけたアダ名」
「へぇ~ お兄様は元気でやってるみたいですね」
「……お兄様!?」(似てねーじゃん!?)
コウヘイの顔は驚愕の真実に染まっていた。
―エセ関西弁―
ワイの前には見慣れた男がたっとる。
こうして互いの顔を見るのは湖で偶然会った時いらいや。
「御久し振りです。イアン殿下」
「いややな~ ワイはエセ・クワァン・サイやで」
「…第一皇位継承権を返還された時は驚きましたよ、おまけに姿も眩まされて、弟君や妹君様らは大変心配していたのですよ? 陛下も皇后様も。もちろん貴方の近衛騎士団一同も!」
涙を堪えているオーディルの言葉にエセ関西弁の表情は今までにない程真剣身を帯びていた。
その剣幕に負けたのか、エセ関西弁は頭を掻いて口を開く。
「悪いとは思ってたで、でもな。ワイは自由が欲しかったんや、帝国の皇帝でも、力でも、権力でもなく、自由がな」
「では、なぜココにいるのですか」
「いやな、バカな妹がドンパチ始める聞いてな。これは兄貴として見極める必要があるって思ったんや、そんで国王に頼み込んでコウヘイと来させて貰った。本当はアリスやユリアもコウヘイのやる気を出させる為に付いてこさせる予定やったんやけど、やっぱワイに謀は似合わんらしいわ」
「そうでしたか、それにしてもあの男は強いですね」
「そやな」
「しかし、殿下は聖人……それも史上最強と言われたケイテル前皇帝陛下の後釜、それでもあの男に頼るのはなぜですか?」
「確かに、今のフェルトを蹴散らすのはワイ一人で十二分にできる。でもな、ワイではいかんのや、兄であるワイではな」
「…私はフェルト姫殿下に貴方の相手をする様に命じられました」
「そうか、今はフェルトの騎士やったな」
「一手ご教授願いますか?」
そう言ってオーウェルは昔みたいに剣を構える。
やけどそれは刃を潰した訓練用の剣やのうて、真剣。
「えぇで、昔みたいに相手したるわ。来い、ワイの元騎士 オーウェル・セント・マカリスター!!」
こうして最初で最期の、親友として、騎士として、ワイについてくれていた男との真剣勝負は幕を下ろした。
―予告―
第53話 各々の戦争
コウヘイとエセ関西弁の戦争は始まった。
相手はこの世界で最強名を欲しいがままにする"聖人"
しかし、戦争は思わぬ乱入者のせいで違う方向へと動き出す―――