51 最前線へ
―謁見の間―
玉座には国王と王妃が座り、その両隣りにはシャーリーとマリアが立っていた。
コウヘイらは一応礼儀上片膝を床に付き、頭を下げて「おひさしぶりです」と、挨拶を述る。
「そうだな。それよりも楽にしてくれて構わない、そう畏まる仲でもないだろう」
「では」
と、コウヘイらは膝を吐くのをやめて立ち上がる。
「それで、何をやって欲しいんです?」
「参ったな。お見通しか」
国王はコウヘイに心中を見抜かれていた事が以外では無いものの、やはり子供に言うには重い内容の為、少し思う所があった。
「では単刀直入に言う、国境戦線へ出向いてくれないか?」
「俺がですか? それとも」
コウヘイはそこまで言うと、ユリア、アリス、エセ関西弁へ視線を向ける。
彼女らもか? そう視線で国王へ問う。
国王は数秒を目を瞑り、「そうだ」と、重たい口を開いた。
「俺は生き残る自信はありますけど、彼女らにできると?」
「それは分からん。だが、騎士を目指す者ならば避けては通れない道だ」
「ワイは大丈夫やで、今更人の一人や二人」
「わ、私だってできるわよ!」
そうエセ関西弁とアリスが声を上げるが、ユリアの表情は曇っていた。
ユリアの性格を鑑みれば、人を手に掛ける。なんて事はできるはずもない。
だが、戦場に赴いて生き残るには、人を手に掛けなければいけない事もある。
行く前から躊躇うようでは、死にに行くも同然だ。
だけど、それでも。
そうユリアは自身の内で葛藤する。
まだそれほど暑くない季節だが、ユリアは汗が止まらない。
呼吸も時間が経つにつれて荒くなり、脈のテンポは早まる。
「わ、私は―――」
言葉がでない。
決意が固まらない。
一歩を踏み出せない。
変わる事を躊躇ってしまう。
そんな自分が悔しく、握りしめた拳からは鮮血が滴る。
こればかりは自分が口を出すべき事ではない。
そうアリスは自分に言い聞かせて噛みしめる。
「決められないんだったら、ユリア―――帰るんだ」
コウヘイの口からそう言葉が出ると、ユリアは下を向いていたが、条件反射のように顔を上げる。
悔しさと悲しみと苦しさでくしゃくしゃになった顔に涙が否応なく流れていた。
アリスは思わずユリアに駆けより、抱きしめる。
「大丈夫、大丈夫、ユリアは悪くない」そう言い聞かせる。
そんなアリスの言葉を切っ掛けにユリアは声を殺しながら崩れ落ちた。
「国王。ユリアを除く三名は最前線へ行きます」
「……そうか、では準備が整い次第出発せよ」
一礼してコウヘイらは謁見の間を去った。
残ったシャーリーとマリア、国王は複雑な心境に胸が締め付けられた。
―帝国・国境付近―
国境へと伸びる街道には無数の騎士甲冑を纏った帝国軍が行進していた。
その一同のほぼ中心には装飾が施された馬車がゆっくりと進んでいる。
「姫殿下、あと一時間ほどで司令部へ着くそうです」
「そう、分かったわ」
窓から連絡兵の報告を聞き、改めて覚悟を決めるフェルト。
自然と拳に力が入る。
「殿下、あまり力まないでください。兵に伝わってしまいます」
「っ! すいません。自然体に、でしたよね」
「そうです。何事にも動じず、自然体でいる事が兵にとっては安心できるのです。時には表情豊かにならなければいけませんが」
ゆくっりと、だが確実に馬車は最前線へ向かっている。
ここはもう前線と言われるエリアだ。
―教国―
「それで、神器とやらはどこに?」
「今神官らが封印を解いている最中です。それより法王様には今後の打ち合わせを」
「打ち合わせ?」
「はい。神器を携えて最前線へ赴かれるのです」
執政官の言葉に法王は驚きの表情を浮かべる。
それもそのはずだ。
いきなり、最前線へ。なんて事を言われたのだから。
「私に戦えと!?」
「いえ、法王様はただ、ただ神器を携えられ、最前線の地に立たれれば良いのです」
「?」
「そう、あとは神器が―――」
―王国・城門前―
城門前には一台の馬車と、見送りの為に国王とマリア、シャーリーが来ていた。
「さて、そろそろ行くか」
「そうやな、というか良かったんか?」
「何がだよ」
「何って、ユリアとアリスの事や」
実は謁見の間を後にしたコウヘイらは控室で一悶着あったのだ。
―少時間前―
「コウヘイ! あんな言い方ないでしょう!」
そう怒声を上げてコウヘイの胸ぐらをつかむ。
「事実だろ、というかアリスはユリアが死んでも良かった。っていうのか?」
「ッ! そんな事、ない」
コウヘイの指摘を受けてアリスは勢い良く掴んだ胸ぐらから手を放し、コウヘイは見計らって話を進める。
「じゃあこれでいいじゃないか、ユリアは安全な場所で待っているんだから、それよりも準備を―――」
「私も残るわ」
「「はっ?」」
思わずコウヘイと静観していたエセ関西弁はすっとんきょんな声を上げる。
「今のユリアを独りにしておきたくないの」
真剣な眼差しで訴えるアリス。
コウヘイも少しばかり罪悪感を感じていたので「いいよ」と、賛成の意志を示した。
エセ関西弁も笑顔で答える。
そしてアリスは救護室で休んでいるユリアの元へ走った。
―現在―
「じゃあ行ってきます」
「行ってくるで~」
コウヘイは手綱を握り、エセ関西弁は荷台から身を乗り出し国王らにあいさつする。
「うむ。幸運を祈っている」
「帰って、来てくださいね」
「精々後ろには気をつけろよ」
それぞれ思う事があるが、今はただ流れに身を任せる。
そして、コウヘイとエセ関西弁は二日後、フェルトらは一時間と数分、法王一行は実に十五日後にそれぞれ最前線へと到着する事になる。
―予告―
第52話 戦場
最前線へと到着したコウヘイらを待っていたのは戦争の現実、そして対峙するはかつて出会った者たち、交えるのは悲しくも剣、掛ける言葉は遺言となるのか、それとも―――