35 枢機卿の思惑
私達三人は枢機卿から金を絞り取って、裏口から逃げ出そうと廊下を駆けていたが、突然目の前に眩い光が視界を埋め尽くした。
「これはヤバイぞ!」
「ベル、結界を!」
「任せください!」
ベルは繊細な防御魔法を得意としている。
その強度は私より遥上を行く、全く持って羨ましい奴だ。
毒舌でなければ尚いいが。
「カルドラ戦記より抜粋。四隅に札を配して、大戦の戦火を退けし陣を再構成、―発動― "四神の祝福"」
カルドラ戦記か、あの聖戦の戦火を退けたとされるこの結界なら大丈夫だろう。
それにしても四隅にあらかじめ詠唱を刻んだ札を配置し、あとはキーワードで発動するだけの前述詠唱か。
私も使えたら戦術が広がったんだが、まぁ今更ない才能を欲した所で変わらんか。
「誰だ。お前ら?」
眩い光が止んだと思ったら私達の前に一人の少年が立っていた。
そして少年の後ろに広がっていたのは、続いているはずの廊下ではなく、焼け野原だった。
ったく、分かれて探すのはいいが。
どうやって一番最初に見つけようか……やっぱ派手に暴れてノコノコ出て来た所を確保だな。
「よし、そうときまったら即行動だ!」
場所は、まぁここでいいか。
「世界の最果てに眠りし絶望の光よ、我が前に災厄を再現し、敵を掃え、"終焉の光"」
あはははは、人間がゴミの様だ!
人いないけど。
まぁ派手に建物ぶっ飛ばしたし、誰か出てくるだろう。
おっ、噂をすれば……女が一人にゴリマッチョが一人、ニコニコ不気味笑顔が一人か。
こいつらが賊だな、剣を持っていないトコを見ると、もう渡したのか。
まぁ一応、初対面だし、あいさつからいっとくか。
「誰だ。お前ら?」
(コイツ。ヤバイ!)
(どうすんだよ、俺らじゃ勝てねぇーぞ)
(私もユウリと同意見です)
(逃げるか?)
(それは無理でしょう)
(じゃあどうするのよ!?)
「コソコソ話してねぇーで、答えろよ賊御一行さん」
クソ。やはり待ってはくれないか、どうする?
私達が束になっても勝てるとは思えん、こんなんなら…さっさと逃げていればよかった。
いや、そもそもこんな依頼を受けるんじゃなかった。
王国にこんな化け物が居るなんて聞いていない!
聖人たる王女が居るのは知っていたが、こちらには聖人殺しの宝具を有する枢機卿がバックにいた。
だから聖人対策は完璧だったが、コイツは聖人なんてレベルじゃない、帝国の聖人と対峙した事があるから分かる。
コイツは人のレベルを超えている。
「もういいや、聴きたい事だけ聞く事にする。あの剣は今どこにある?」
「答えたら私達を見逃してくれるのか?」
「別にかまわない、興味ないし。さぁ?」
「この先の部屋に居る枢機卿が持っている」
一呼吸置いて目の前の少年は「そう」と呟き、私達の視界から姿を消した。
そして私達は、言葉を交わすことなく。生存本能に従って走り続けた。
「さて、この部屋に居るはずなんだが」
俺は途中で出会った賊を見逃した。
だってただ雇われてただけって感じだったんだもん。
悪いのは枢機卿に決定じゃん、だから枢機卿に、不吉を届けに来たぜ☆
んで、俺は今枢機卿とご対面中。
ブヨブヨに太ったクソジジイだった。
「その剣返してもらおうか?」
「何を言っておる。これは我の物だ」
「聖職者が盗みなんて感心しないな~ 痛い目見たくなきゃ…さっさと返せよ」
最後の方はドスの効いた感じで言ってみた。
だって憧れてたんだもん。
「うっ」
ふ~ビビってやんの。あははは。
「ふっ、たかが聖人が我に勝てると思うなよ!」
そんなザコキャラセリフを恥ずかしげもなく吐き捨てた枢機卿は懐から一般的なボールペンと大差ない木製の棒を取りだした。
「死ねぇ! "聖人殺しの杭"」
そう言葉を発し、俺に向けて木の棒を投げるが、難なく右手でキャッチしてへし折ってみる。
それを見た枢機卿の顔は一気に青ざめ、死人のように真っ白に燃え尽きた。
「何、お前。俺が聖人とでも思ったのか?」
「バカな、私の策略が、思惑がぁぁぁ!」
「ヒステリックって怖いよね~ そんな貴方にお似合いの罰を」
右手を天に掲げて~
ムカつく人に指さすポ~ズ
んで持って、呪文を唱えましょう。
「苦しめる者に苦しみを、対価を払わない者に苦痛を、秩序を乱す者を淘汰せよ、"自然界の掟"」
瞬間、クソジジイの存在は世界に否定された。
「ふっ、神のルールに否定されたんだ。神職者にとってこれ程耐えがたい罰は無いだろ?」
そして、枢機卿が握っていた一振りの剣は床に落ちた。
バリーン。
「へっ?」
剣は粉々に砕け散った。
それこそガラスの様に、
「ヤバイ。俺、殺されるんじゃねぇ?」
俺は自身の生存本能が鳴らす警鐘に怯えていたが、
「おい、何をやっている」
という、聞き覚えのあるシスコン王女様の声で、希望を捨てた。
―予告―
第36話 王剣の行方と法王の影
コウヘイはありのままの事を話した。そして一同は足を進める。