18 愛し子
「お、シロが来るな。早かったな。シロと共に生きると決めたなら、龍の背に乗せてほしいと頼んでみると良い。」
結界が消えた。
「ニーナ、迎えに来たよ。クロに意地悪されなかった?」
シロは不機嫌だった。
「クロさまに浮島になった話を聞いていたの。」
「シロさま、リリアンが来ます。まずは転移を!」
シロは全員亜空間に転移させた。
扉が勢いよく開いた。
「あら?誰もいないわ?お母さまが魔力の気配を読み違えたのかしら?まだ不安定なのかしら。」
リリアンは扉を閉めた。
「では、ふたりで話をするといい。」
クロは背中越しに片手を振って去っていった。
ジャンはどうするか迷っていたが、
「あ!ドニに頼まれてたんだ!シロさま、ニーナ、失礼しますね。」
と言ってネオコルムの家へ帰った。
シロはニーナの方に寄ってきた。
「心配した。」
「ごめんなさい。何も言わずに。」
「無事ならいい。」
ニーナの肩にシロは頬を寄せた。
「僕、ニーナの事になると、余裕がないのかもしれない。」
「シロ、龍の背に乗せてほしいんだけど、どう?」
「嫌だ。乗せたくない。」
「そう。」
「ジャンとドニに挟んでもらってしっかり掴まっていれば良いよ?でも今は二人きりで居たいから、僕がニーナを抱いて飛ぼう。実は人型でも飛べるんだ。ニーナ、おいで。」
ニーナはシロの腕に懐かれた。
「浮くよ?絶対に落とさないから安心して。」
シロとニーナはあっという間に高いところに居た。
「この地面浮島って本当?」
「本当。僕が浮かしている。土地はクロの魔力で固めてるよ。」
「結界の外から見てみたいな。」
「いいよ。しっかり掴まっててね。」
二人はすごい速さで結界を抜けた。雲は浮島の下にあった。
「初めて見たわ。あの白いふわふわ。綺麗。一面に広がってる。世界って広いのね。」
シロは結界を張ってもっと高く登った。ニーナは、地平線と水平線で孤を描く大きな存在を見て感嘆した。
「ニーナ、綺麗だ。」
ニーナは驚いてシロを見た。
「感動しているニーナは美しい。それに、ニーナが嬉しいと僕も嬉しい。」
「この前、一人で街に遊びに行った時に、甘味屋で言われたんだ。今日は寂しそうって。気がつくとニーナの事考えてる。楽しんでるかな、困ってないかなって。相手を満たしたいって思ったら、それは愛なんだって。知ってた?」
ニーナは首を振った。
「マリーと居ると楽しくて面白くて、ずっと一緒に遊んでいたかった。マリーに恋人ができた時、もう一緒に遊べなくなるのかって残念だった。マリーが幸せそうで綺麗だと思った。」
シロはニーナを見た。
「ニーナとはただ一緒に居るだけでもいい。楽しくなくてもその全部が愛しい。ニーナに恋人ができたら嬉しくない。笑ってお祝いなんてできない。一時も離れていられない。マリーと比べてごめん。」
ニーナの目から涙が溢れる。
「私ずっとマリーさんの事羨ましかった。シロに名前をくれた特別な人。私みたいに気づいたら龍玉を持っていたんじゃなくて、シロが贈った人。これって嫉妬だったと思う。白虹さまに失礼な事考えてるって思ってた。」
シロはニーナを抱きしめた。
「マリーの龍玉を返してもらって、ニーナの龍玉をこね直して、今度はちゃんと贈らせて。」
龍玉がニーナの中から飛び出してきた。横に揺れている。
「龍玉さんはこね直されたくないみたい。」
龍玉は縦に揺れた。
「どうしたらいいんだろ。」
シロは困ってしまった。
「そういえば、マリーにも直接は渡していないんだよ。」
「龍玉のこと?」
「そう。会いに行った時、マリーは出かけていてお母さんにお願いしたんだ。渡しておいてほしいって。マリーの事特別だと思っていたけど、ニーナへの気持ちを知った今となっては、違ったんだな、と思う。」
ニーナは何も言えなかった。マリーさんはどう思っていたんだろう。シロと同じように友だちの一人だったなら良いけど。
「やっぱり龍玉は返してもらう。ユーエラニアの王宮に龍玉の気配があるんだ。ニーナがくれた魔力玉とか、最近は傍に居てくれるだけで調子が戻ってきて、やっと龍玉の気配が探れたんだ。ニーナの龍玉と合わせるかは、マリーのを見てから考える。」
「正面から王宮へ行くの?」
「そうだね。ついでに結界を解いて、大地に国を返そうかな。もう浮かべている理由もないし。大地は争いが多くてせっかく助けたのに危ないところに戻すのは嫌だったんだけど、最近は平和になったみたいだから。」
「大地で暮らしている人たちが困らない場所に戻さないと。」
「元々国があった場所はもう港ができていたりして戻せないからなあ。いっそ山とか?うーん。」
「あ!そういえば、愛し子って何?ニーナは僕の愛し子ってみんな言うけど、なんのことかな?」
「街で聞いたの?」
「そう。ニーナが僕の愛しい人なのは間違いないけど。」
ニーナの顔は真っ赤になった。
「絵本があるのよ。龍の愛し子の絵本。」
「王が持っててどうのってやつ?」
「私が小さな頃からアンナが読んでくれた絵本と、飾り箱の絵がある絵本の二種類があるの。飾り箱の絵本の方を国王が持っているんじゃないかってアンナと話した事があるわ。どちらの絵も、とても素敵なのよ?」
「とにかく一回見てみる。」
不意にニーナは足下を見た。
「大地があんなに遠くにあるわ!すごい。シロの魔法ってやっぱりすごいわ。」
ニーナはシロを見た。
「いつか僕の背中にニーナを乗せてこの空を飛びたい。」
二人の視線が絡む。大地が茜色に染まった。二人は沈む夕陽を一緒に眺めて、夜空になってからネオコルムの家の前に転移した。
シロは早速絵本を見せてもらった。絵本は二冊ともネオコルムの家にあった。
「これってマリーを助けた時のことかな?ちょっと違うかな?わあ、このコウの絵、そっくり。もう一冊は僕が飾り箱を持っていった時の事かな?」
「シロさま、私の一族がすみません。一冊は飾り箱の絵本宣伝用に描かれたものなんです。」
アンナは必死に詫びた。
「気にするな。アンナがしたことじゃない。ニーナも素敵だと言っていたしこれはこのままでいい。マリーを背に乗せたことはないし、ニーナを背に乗せればこの絵本はニーナのことになる。うん。そうしよう。ニーナ、明日は空の散歩だ。今日は帰る。おやすみ。」
シロはあっという間に帰っていった。
「シロさま動揺してらした?」
「なんでしょうね?」
アンナとドニは真っ赤な顔をしたニーナを見てなんとなく分かった気がした。
翌日、眠ったまま亜空間に転移させられたジャンは叩き起こされて、シロに龍の体への固定方法を教えられた。シロはニーナとドニを迎えに行くと、ジャン、ニーナ、ドニの順に龍の背に座らせてしっかりお腹に掴まるように言った。
まずは低いところから飛んで、段々高い所を飛んだ。シロのあまりの過保護さに、コウとクロはニヤニヤしてその様子を見守った。ニーナがとても喜んだので、シロは満足気だった。ネオコルムの人々は龍が愛し子を乗せて飛んでいると、大興奮だった。