10 魔力量検査
翌日からニーナの教育が始まった。ジャンの予想通り、まず部屋を移動した。食事の提供も始まり、ニーナは公爵家料理人の料理を初めて食べた。食堂で家族と食べたわけではなく、ニーナの新しい部屋で。
「アンナの料理が恋しいわ。」
アンナは複雑な思いだった。アンナは料理人ではない。料理人より自分の料理が美味しいと思うのなら材料のせいではないか。
ニーナと食べる事が減ったアンナもネオコラムの食材が恋しくなった。幸い亜空間の材料が傷む事はない。自室で食べているのをいいことに、食欲がないと言って量を減らし、アンナの料理の割合を増やしていった。
新しく始まった教育は、思いの外楽しかった。公爵家令嬢としての所作や話し方、ユーエラニア王国の歴史が意外と短い事、人気の文学、衣服、宝飾品。ニーナが一番興味があったのは地理だった。結界で閉じているこの王国は意外と自然豊かだった。ニーナは空を飛んで全部見て回りたいと思った。
ある日、ニーナの部屋の扉が急に開かれた。リリアンだ。いきなり炎玉を放つ。
「またですか。リリアン様何かございましたか?」
ニーナは炎玉を結界に包んで床に転がした。小さな紅い玉がたくさんできた。ニーナの魔力制御はかなり上達していた。
「なんなのよ!私の名を呼ばないで!」
さらに炎玉を撃つリリアン。紅い玉がどんどん増える。ニーナは紅い玉を空間魔法で収納した。
「気持ち悪いわ!なんなのよあなた!」
リリアンは撃つのをやめた。
「サンドリアンが魔力量検査で高魔力と評価されたわ。お父さまは家にサンドリアンを連れてきて嫡子に指名した。あなたがどんなに高魔力だったとしてももう報われないわよ。愚かね。必死に学んでも家は継げないわよ!」
ニーナは考えたこともない事を言われて、困って黙ってしまった。
「あなたも私を無視するのね!いいわ。魔力量検査に私もついて行くわ。私の炎玉を止めるその魔力、お母さまがいう通りお母さまより多いのかもしれない。」
リリアンは言いながら部屋から出て行った。
「ジャン、この炎玉どうしよう。」
「ドニに処理を頼んでみる?」
「そうね。聞いてみましょう。」
キッチンへ行くとドニは居なかったので、メモを残しておいた。
ドニから連絡があったので会いに行くと、炎玉は紅さまが何とかしてくれる事になった。炎玉を渡した後、ドニも一緒にアンナの料理を食べた。ドニの絶賛はアンナを大いに照れさせた。昼間は教育、夜は皆と食事、とニーナは充実した日々を過ごしていた。
ジャンはニーナの魔力量検査に備えて聖堂を調べていた。検査は二種類。恐らく魔力量と何か特殊な魔力の検出。ルリが王宮で聞いた話だと、王太后の持つ特殊な魔力と同じ魔力の持ち主を探しているらしい。検査員の諦め具合からすると、随分前から行われていたようだ。
「ニーナ、魔力量検査のことなんだけど。」
ジャンが切り出すとニーナは姿勢を正した。
「ニーナはこの家を出てネオコルムへ行きたい、で合ってる?」
「ええ。この家を出てネオコルムへ行きたいわ。受け入れてもらえるかは不安だけど、この家にずっと居るよりはいいと思うの。」
「分かった。」
ジャンは検査機をテーブルに置いた。
「これが聖堂から借りてきた、古い検査機だ。まだ動くけど倉庫にあったからちょっと借りた。アンナ、触ってみて。」
「分かりました。記録は残らないのですか?」
「そういう便利な機能は付いてなかった。」
「置いてみますね。」
うっすら水色に光った。
「光りましたね。私は水魔法が使えますから、水色に光ったんでしょうか。」
「そうだよ。適性魔法の色に光る。光の強さは魔力量の多さだって言ってた。アンナは水魔法に適性があって、魔力量は平均より少し低いくらい、かな。じゃあ、ニーナ、置いてみて。」
ニーナが手を乗せると、機械は光らなかった。
「「え。」」
ニーナとアンナの声が揃った。
「魔力ないんですか?」
「違うよ。ニーナの魔力量は多いよ。強いて言うなら特上って感じ。ボクの魔力をニーナに流すと、相殺されて魔力量はなし、って機械が判断するんだ。」
「ジャンすごい!なんで分かったの?」
「秘密。」
「聖堂で色んな人に試したに違いありません。」
アンナは腕を組んで言った。
「大丈夫だって。必ずもう一回やってみましょう、ってなって全員魔力量検査できてるから。」
「問題はもう一つの機械の方なんだ。何か特殊な魔力の持ち主を探しているみたいだった。誰もいない時に試しに触ってみたら反応したから、龍の魔力を探しているのかもしれない。夜中に一回アンナと調査したいんだけど、良い?」
「私ですか?」
「何に反応してるか確認したいんだ。特殊な魔力だけなのか、魔力全体なのか。アンナに反応しなければ、ニーナから龍玉に出ていて貰えば、機械は反応しないかも、と思って。」
「分かりました。私も行きます!」
「隠伏魔法で隠すから危なくはないはず。今夜早速いってみるか。」
夜ニーナが一人になるのは危ない、と言う事で、ニーナはドニの手配でまたゾーイの家に泊まった。ジャンとアンナは聖堂で機械の確認をした。新しい検査機も確認して、当日どう動くのか決めた。
ついにニーナは十歳になった。誕生日のお祝いはこれまで通り、キッチンでご馳走を食べた。
ニーナは生まれて初めてアマリリスから贈り物をもらった。サイズを測って、ドレスを作ってもらった。装飾品もあって少し恥ずかしい。最初で最後かもしれない、と思って楽しむことにした。
家を出る前に、ニーナとアンナの荷物は全てゾーイの家に移した。もう二度と戻らないかもしれない部屋。ニーナは部屋を一周眺めて、扉を閉めた。
事前にアンナが通知されていた通りの時間に馬車は出発した。馬車は二台。ニーナとアンナが先頭。姿を消したジャンは転移魔法で先に聖堂へ行った。
続く馬車にアマリリスとリリアンが乗った。アレッサンドロは来なかった。ニーナはアレッサンドロとは一度も会った事がない。
聖堂に着くと、機械が二つ置いてあった。先に魔力量検査が行われた。ニーナはそっと手を置く。その瞬間ジャンが魔力を流して相殺した。
魔力無し。その結果を聞いたアマリリスは膝から崩れ落ちた。
リリアンは母に声をかけて、背中を撫でる。アマリリスは何も言わずに立ち上がると聖堂を出て行った。呆然と母を見送ったリリアンは慌てて母を追った。アマリリスはリリアンも置いて、先に一人で馬車で行ってしまった。リリアンはもう一つの馬車でアマリリスを追った。
「養育放棄ですね。書類にお名前をご記入いただきたいのですが、こちらへどうぞ。養育放棄と言うのは、親の権利なんです。親が子の魔力量に満足できなかった場合、その子に関する権利を放棄する事ができます。一応放棄される側が了承する必要もあるんですが、どうなさいますか?」
二人を無言で見送った聖堂の侍従は、ニーナに書類を見せた。
「了承します。」
「そうですか。あの様子では抗議したところで難しそうですしね。賢明な判断だと思います。では、こちらに署名をお願いします。」
『養育放棄されることに同意します。ニーナ・パルニア。』
多分、最初で最後の記名。ニーナ・パルニアはただのニーナになった。
「では、こちらの機械にも手を乗せてください。」
別の機械の前へ案内された。龍玉がニーナから出てアンナの鞄に隠れた。ニーナは深呼吸をして機械に触れる。龍玉の残滓があったようで少し光ってしまった。
「一瞬光りましたが、継続しなかったので対象外です。」
侍従は機械をしまった。
「忘れていました。ピアスを外しますね。」
魔道具で耳を挟むとピアスが壊れた。
「これからどうなさいますか?家には戻れませんよね?あ、こちら、聖堂が養育放棄された方にお渡ししている物です。どうぞご確認ください。」
「そうですか。ありがとうございます。」
袋を開くとお金が入っていた。
「助かります。橋で仕事を探したいのですが、可能ですか?」
「可能ですよ?許可証をお求めですか?」
「はい。二人分お願いします。」
アンナもニーナと共にネオコルムに行く事を選んでいた。お金は早速袋から出して払った。
聖堂の部屋を借りてドレスを脱いだ。新しくドニが作ってくれた服をアンナが持ってきていた。ドレスと装飾品は聖堂に寄贈した。喜ばれた。お礼を言って聖堂から出ると、ニーナはアンナと手を繋いで橋に向かった。最後の街歩きを楽しむ余裕はなく、不自然にならない速さで橋を目指す。龍玉はニーナの中に戻り、ジャンは姿を消したまま橋の入り口に着いた。
橋の入り口でニーナは振り返った。何も言わずに景色を眺めている。誰も何も言わなかった。無言で頷いたニーナは橋の方を向いた。許可証を見せて結界を出る。結界を通る時の不思議な感覚はそう長く続かず、あっさり結界から出られた。他の通行人の邪魔にならないように端に避けてアンナと喜びあった。
橋の交易場のネオコルムの方を見るとドニが立っていた。
「ようこそいらっしゃいました。アルジ。」
ドニが両腕を広げた。ニーナはドニの胸に飛び込んだ。