氷の騎士団長と呼ばれる最強の男、花屋の娘に恋をしたら思った以上にヘタレでした
こちらは長岡更紗様主宰「騎士コンビと恋愛企画」参加作品です。
「どうやら恋をしてしまったらしい」とルイスから聞かされた時、オレは手にしたティーカップを落としてしまった。
すべて飲み干しててよかった。
もし中身が入っていたなら、ルイスの屋敷の高級カーペットに染みを作ってしまうところである。
こんなにふかふかでモフモフなカーペットなど、弁償できるはずもない。
オレは内心ハラハラしながらティーカップを拾い上げルイスに尋ねた。
「ど、どういうことだ? ルイス」
「だから恋をしたんだよ、恋」
その瞳は真剣そのものだった。
まあ、もともと冗談を言うタイプではないが、今のルイスは本当に真面目に恋をしてしまったらしい。
「……マジで?」
「嘘を言ってどうする」
「どこの誰子さん?」
「この前、お前と小さな花屋に行っただろう?」
「ああ。お前の母親への誕生日プレゼントを買いに行った時な」
「あそこの店員だ」
ポッと顔を赤らめるルイスを見て、オレは心の中で「フー!」と叫んだ。まさか氷の騎士団長と言われているこいつがこんな顔をするなんて。
20年間一緒にいるが、初めて見る。
「花屋の店員かー! そいつぁいいな!」
「覚えてるか?」
「ああ、もちろん」
ぼやーっと当時の光景を思い出す。
うん、覚えてる。確かに覚えてる。
なんか、エプロン付けてた気がする。
霧吹きとか持ってた気がする。
「いらっしゃいませー」とか言ってた気がする。
「剪定鋏持ったムキムキマッチョな人だろ?」
「そりゃ男だ」
ルイスの的確なツッコミに、オレは心の中で「てへっ」と笑った。
「いや、まあ、わかんないけど。そうか! ついにルイスにも春がやってきたかー!」
「そこで相談なんだがな?」
「うんうん」
「もう一度花屋に行って彼女に会ってみたい」
端正な顔に似合わずモジモジする姿に、オレはまた心の中で「フー!」と叫んだ。
「いいぜ! 付き合うぜ! 一緒に来て欲しいって言うんだろ!?」
「いいのか?」
「オレとお前の仲じゃないか!」
騎士団長のルイスと副団長のオレは古くからの幼馴染みだ。
ルイスは昔から周囲の女たちからワーキャー叫ばれる存在だったが、恋愛事には無関心だった。
そんなルイスに春が来た。
これは王国騎士団にとって最大級の大事件だ。
いったいどんな女性なのだろう。
興味も手伝って、オレはルイスと一緒にそのまま花屋に向かうことにしたのだった。
※
「いらっしゃいませ」
入口では霧吹きと剪定鋏を持ったムキムキマッチョな人が出迎えてくれた。
改めて見ると、確かに男だった。
どこからどう見ても男だった。
オレは「あはっ、どうもー」と軽く会釈して店内に入った。
さっそく辺りを見渡す。
「ルイス、どの子だ?」
入り口でもじもじするルイスに尋ねると、彼は指だけを奥に向けた。
「………………あの子」
うほう!!
ピュア!!
なんたるピュア!!
子どもかよ!!
オレはニヨニヨしながらルイスの示した先を追っていった。するとそこには地味な……失礼、おとなしそうな女の子がいた。
この街では珍しい黒髪を三つ編みにした地味な……失礼、庶民的な女の子だ。
正直、オレは「え?」と思った。
失礼ながら、ものすごく地味な……失礼、素朴な印象を受ける。
確かに可愛らしいが、こんな普通な感じの子にルイスが恋をしたなんて信じられない。何かの間違いではなかろうか。
しかし、ルイスは彼女を見るたびに「くっ」と胸を押さえている。どうやらマジらしい。
「ルイス、あの子か?」
「ああ。可愛いだろう? あの素朴な表情、純情そうな瞳、化粧っ気のない顔」
化粧っ気のない顔は褒め言葉なのか?
「お花と戯れすぎてヨレヨレになっているエプロンまでもが神々しい!」
拳を握り締めて訴えるルイスに、オレは「あー、病んじゃったなー」と思った。
そんな彼女は、客として現れたオレたちに気付くと「いらっしゃいませー」ととびきりの笑顔を見せた。
「ぐおおぉっ!」
その笑顔の破壊力にやられたのか、ルイスが片膝をつく。
「だ、大丈夫か、ルイス?」
「ハアハア、だ、大丈夫だ……」
どう見ても大丈夫ではない。
ファイヤーの魔法でも受けたのかというくらい全身から湯気が出ている。
しかし、そんなことはお構いなしに例の店員がトテテテテとオレたちの前にやってきた。
「わあ、嬉しい! またいらしてくださったのですね!」
「う、うん! ……じゃなくて、うむ!」
ルイスは立ち上がってツンとすましながら腕を組んだ。
必死に冷静さを装っているルイスの面白いこと面白いこと。
「今日はどなたへのプレゼントですか?」
「いや、今日は誰のプレゼントでもない。私が花に興味を持ったのだ」
盛大なウソをつくルイス。
こいつ、自分ちの庭に何が植えられてるかも知らないだろ。
けれどもルイスの言葉に花屋の店員はパアッと顔を輝かせて「わあ! 本当ですか!?」と身を乗り出した。
「ぐおおおおぉぉっ!」
ああ、やめて!
ルイスが死んじゃう!
「嬉しいです! お客様みたいな立派な騎士様がお花に興味を持ってくださるなんて!」
「ちょ、ちょっと待て! 近い近い近い!」
「ちなみにどんなお花に興味を持たれたんですか!? どんなお花が気になるんですか!?」
「ちょおおーッ! 近いってええぇぇ!」
ルイスは叫んでオレの後ろに隠れた。
ってか、人を壁にするな。
「……? どうされたんですか?」
花屋の店員はポカンとしながらオレを見つめる。
「おい、ルイス。店員さんが不思議そうな顔をしてるぞ?」
「ハァハァハァ……。ちょっと待て。心臓が持たん」
ちょっと待てじゃねーよ、コノヤロウ。
「カミュー、すまんが場をつないでくれ」
ルイスが背中越しからボソッとそう言ってくる。
くそう、とんだとばっちりだ。
オレは「貸しだぞ」と小声で伝えると、花屋の店員に笑顔を向けた。
「すみませんね。こいつこう見えて心臓に病を持っていて、時折こうやって発作が起きてしまうんですよ」
「ええっ!? 大丈夫なんですか!?」
「大丈夫大丈夫。しばらく待てば元に戻るんで。だから少しの間そっとしといてもらえませんか?」
「わ、わかりました」
ああ、なんてピュアな娘なんだろう。
オレのとっさのウソにも曇りなき眼で信じ切ってしまっている。
ちょっと心が痛い。
すると花屋の店員は「あ、そうだ! ちょっと待っててくださいね!」と言いながらパタパタと奥へと引っ込んでいった。
「………」
「………」
「………」
「……おい」
「………」
「おい、ルイス」
「……なんだ?」
「何か言う事は?」
「……どうだ、可愛いだろう?」
「そうじゃなくて!」
オレはガバッと振り返ってルイスを問い詰めた。
「なんで隠れるんだよ! お前があの子に会いに来たんだろ!?」
「そ、それはそうなんだが……、実際会ってみるとあまりの可愛さに腰が砕けてな」
「オレはお前のヘタレっぷりに腰が砕けそうになったわ!」
歴代最強、世界一の騎士とも言われる男がなんたるザマだ。
「そ、そう言うな、カミュー。私はこういうことにはからっきしなのだ」
まあ確かに。
今までルイスには浮いた話は一つもなかった。
数多くの女性に言い寄られてるくせに。
「だからなんだ、その……どう接していいかわからなくてな」
そう言って顔を赤らめるルイス。
あらやだ。
何この反応。
オレのほうがトクンとときめいちゃう。
「だったらせめて彼女の名前だけでも聞いとけ」
「名前?」
「名前も知らなかったら先に進めないだろ?」
「なるほど! 確かに!」
そうこうするうちに店員さんが戻ってきた。
手には何やら大きな鉢花を持っている。
「お待たせしま……」
「名前を聞かせてくれ!!!!」
「はい?」
オレはとっさにルイスの後頭部を拳で殴った。
「うごっほ!」
ちょっと力を入れ過ぎたため、小気味いい音が店内にこだまする。
「な、なにをするんだ」
頭をおさえながら恨みがましい目でオレを見つめるルイス。
オレはそっと小声で伝えた。
「早いんだよ、名前を聞くタイミングが」
「お前が名前を聞けって言ったんだろう」
「話の流れってものがあるだろ」
「こういうのは先手必勝だ」
剣術の試合じゃないんだから。
オレたちがワーキャーしてるのを、店員さんはきょとんとした顔で見つめている。
「あ、あのー……?」
「ああ、すまない。なんでもない」
コホン、と咳ばらいをするルイス。
本当にこいつは何をしでかすかわからん。
「本当に大丈夫ですか? ご気分はいかがですか?」
「あ、ああ、絶好調だ。心配をかけて申し訳ない」
「ああー、よかった。よろしければこれを差し上げます」
そう言って店員が鉢花を差し出した。
よく見ると花の先端からキラキラと光のようなものが放出されている。
「な、なんだい、これは?」
「アネモーネの花です。魔力を帯びた花で、病気によく効くと言われてるんですよ」
「まさかこれを私に?」
「はい。いつも身を挺して街を守ってくださってる騎士様のお役に立てればと思いまして……」
その瞬間、ルイスの瞳からブワッと涙があふれ出た。
花屋の店員だけでなく、オレまでギョッとした。
いやいやいや、泣くんかーい!
「ううう……、なんということだ。まさかこんな素敵なものをいただけるなんて」
「お店のものは勝手に渡せないので、完全に私の私物なんですが……」
「君の私物!?!? それは大変だ! 一生の宝物、いや我が家の家宝にします!」
「い、いえ、植物なんでそんな長持ちは……」
「毎晩、祭壇に祀って拝ませていただきます!」
「そ、そんな大層なものでは……」
気づけ、ルイス!
思いっきり引かれてるぞ!
「でもそれほど喜んでいただけるなら私も嬉しいです」
そう言ってニッコリほほ笑む花屋の店員。
それを見てルイスが膝から崩れ落ちそうになっている。
「ハァハァハァ……、なんたる破壊力……」
「はかいりょく?」
「いや、なんでもない。失礼した。ありがたくいただくよ」
そう言って花屋の店員から鉢花を受け取る騎士団長。
ああ、あのデレっとした顔、騎士団のみんなにも見せてやりたい。
「後ほど礼をしたいんだが、よろしければあなたのお名前を伺っても?」
あ、今度はまともに聞けた。
なんだか初めてのおつかいを観察する親の心境だ。
見てるだけでハラハラする。
「スズと申します」
「スズ。良い名だ」
「ありがとうございます。スズラーンの花が大好きな両親がつけてくれた名前なんです」
「素敵なご両親なんだね」
「はい。入り口にいるのが父です」
「ぶほっ」
思わずむせてしまった。
まさか剪定鋏持ったムキムキマッチョの男がお父様だったとは。
ルイスも意外だったらしく、「あ、ああ、なるほど」と頷いていた。
チラッと入り口に目を向けると、ムキムキマッチョなお父様が異様な形相でこっちを見ていた。
ひいい!
なんか怖い!
「申し遅れた。私はルイス。この国の騎士団長だ」
「オレはカミュー。副団長さ」
「ええ!? 騎士団長様と副団長様でいらっしゃったのですか!?」
ビックリする顔に、ルイスがさらに膝から崩れ落ちそうになっている。
「ああ、驚いた顔もいい……」
「え?」
「い、いや、なんでもない。何か困ったことがあったらいつでも呼んでくれ。すぐに駆け付ける」
「ありがとうございます」
「困ったことがなくても呼んでくれ。すぐに駆け付ける」
「あ、ありがとうございます……?」
何を言ってるんだ、こいつは。
「それでは失礼する」
「はい、またいらしてください」
こうしてオレたちは、花屋でなんにも買わずにただ鉢花をプレゼントされて店を後にしたのだった。
去り際の(なんにも買わねーのかよ!)というムキムキマッチョのお父様の視線がちょっと怖かった。
※
それからというもの、ことあるごとにオレたちはスズちゃんのいる花屋を訪れた。
この花屋は花好きだったスズちゃんのお母さんとムキムキマッチョなお父さんが始めたらしいが、その母親が病死してしまい、今は二人で切り盛りしているんだそうだ。
とはいえ、母親ゆずりのスズちゃんの影響で花の評判は良く、かなり儲かっているらしい。
ルイスがこの花屋で買おうとしたのも、街での評判がよかったからだ。
結果はまあ、花よりもスズちゃんのほうにぞっこんになってしまったようだけど。
「こんにちは、スズ」
「スズちゃん、やっほー」
そんな花屋に入ると、案の定スズちゃんがトテテテテとやってきた。
「あ、ルイスさん、カミューさん、いらっしゃい!」
「うぐうっぽう!」
そして相変わらずルイスが片膝をつく。
悲鳴の上げ方が段々とおかしくなっているのは気のせいか。
「今日も来てくださったんですね!」
「うん。パトロールのついでにね」
「お勤めご苦労様です」
ルイスじゃないけど、こんないい子に笑顔を向けられると頑張ろうと思える。
「ハァハァハァ……なんということだ、今日もとびきりカワイイ……」
そしてルイスよ、お前はもっと頑張れ。
「あ、そうだ! 実はお二人に見せたいものがあるんです!」
「見せたいもの?」
そう言ってスズちゃんはトテテテテと店の奥へと引っ込んでいった。
しばらくして高級そうなドーム状のガラスに入れられた、見たこともない花を持ってきた。
「な、なんだい、これは?」
「シラユーリと呼ばれている花です。世界でも100本とない希少な花なんですよ」
この前のアネモーネのように、花自体からキラキラと何やら魔法のようなものが発せられている。
「持ってると幸運が舞い込んでくると言われてるんです」
「へえ」
確かに見てるだけで何やらハッピーな気持ちになる。
「お花を扱う人にとっては一生に一度は見てみたいお花なんですよー!」
かなり興奮気味に言うスズちゃん。
よっぽどなのだろう。
騎士にとっての聖剣みたいなものなのかもしれない。
「どうしたんだい、こんな立派な花」
「父が旅の行商人から買ってきたんです。ほぼほぼ全財産つぎ込んだって言ってました」
見ると、店の奥にいたムキムキマッチョなお父様がドヤ顔をしていた。
花の事はよくわからないが、オレはとりあえずお父様に親指を立てといた。
「まさか売り物じゃないよね?」
「もちろんです! 自慢したくて持ってきちゃいました」
えへへ、と笑うスズちゃん。
うん、可愛い。
ルイスも撃沈してる。
「スズちゃんに幸運が訪れるといいね」
「はい。でも、もうこのお花を見てるだけで私は十分幸せです」
ああ、語尾にハートマークが見える。
本当に純粋な子だな。
しかしオレはちょっと気がかりだった。
そんな希少価値の高い花をこんな小さな花屋で管理して大丈夫なのだろうかと。
警備が厳重な貴族の屋敷ならともかく、こんな街中の小さな花屋では強盗に襲われたらひとたまりもない。
けれどもすごく幸せそうにシラユーリを見つめるスズちゃんにオレは何も言えなかった。
※
数日後、不安は的中した。
スズちゃんの花屋が何者かに襲われたのだ。
オレたちが駆けつけた時にはスズちゃんの花屋はすでに半壊状態。
窓やガラスは割られ、そこら中が散乱していた。
売り物の花はほぼほぼすべて踏みつけられ、根元からポッキリと折れてしまっている。
そして先日見せてもらったシラユーリの花。
それがドーム状のケースごとなくなっていた。
幸い、スズちゃんやムキムキマッチョなお父様はかすり傷程度で済んでいた。
情報によると覆面をつけた謎の集団が花屋に襲撃をかけ、店内を荒らしまわった挙句、シラユーリを奪って逃走していったという。
小さな花屋だったこともあり、たいして抵抗されないと踏んだのだろう。
白昼堂々やってきた悪魔のような集団だったらしい。
「ふえーん、ルイスさん、カミューさん、シラユーリが盗まれちゃったよぉ……」
スズちゃんは泣いていた。
ボロボロと涙を流して泣いていた。
ふつふつとオレの心の中に怒りの感情が沸き起こる。
「安心して、スズちゃん。オレたちが取り戻して来るから」
ポンポンとスズちゃんの頭に手を置く。
見たところ、襲われてからまだそれほど時間が経ってない。
探せばすぐに見つかるだろう。
「な、ルイス」
ルイスに顔を向けると、この氷の騎士団長は悪魔のような表情で剣を握り締めていた。
「ああ、もちろんだ。私の大事なスズを傷つけた罪は万死に値する」
あ、怒ってるのはそっちのほうなんだ。
まあルイスにとってはシラユーリの花が盗まれたことよりも、スズちゃんが怪我をしたことのほうが一大事だものな。
それよりもこいつ、「私の大事なスズ」って言ったよね?
怒りで失念してたのかもしれないけど、「私の大事なスズ」って言ったよね?
チラッとスズちゃんを見ると、顔を真っ赤にしながらルイスを見つめていた。
うわっちゃあああーーー!!
聞こえてたねえ!!
完全に聞こえてたねえ!!
顔を真っ赤にしながら「ん? どゆこと?」みたいな顔してるねえ!!
「おいカミュー、何をしてるんだ。早く行くぞ」
「あ、ああ」
オレはルイスに促され、強盗団が逃げて行った方角へと走り出したのだった。
うん、これ以上考えるのはよそう。
※
強盗団の居場所はすぐに突き止められた。
この街には騎士団が抱え込んでる情報屋は何人もおり、その者たちに金を渡せばどんな情報ももらえるのだ。
非合法ではあるが、街の裏事情にまで精通している彼らの存在はありがたい。
騎士団にとっては街のためにもなるし、彼らも金を得ることが出来る。まさにウィンウィンな関係といえる。
そしてそんな彼らから得た情報で、オレたちは王都から少し離れた廃屋に来ていた。
数十年前に捨てられた廃工場だ。
そっと中を覗くと、中では何人ものいかつい男たちが浴びるように酒を飲んでいた。
そしてその中央にシラユーリの花があった。
「げはははは、まさかこんなにうまくいくとはな」
男の一人が下卑た笑い声をあげている。
そしてその近くの商人風の男も卑屈な笑みを浮かべていた。
「まったくだ。花屋にシラユーリの花を高く買い取らせ、それをあんたらが奪い取る。そしてそれをまたオレが売る。おかげでこちらの懐は痛まず大金ガッポガッポよ」
ご都合主義バンザイの丁寧な説明をどうもありがとう。
おかげでこの事件のからくりが見えた。
シラユーリの花を売った旅の行商人と強盗団はグルだったわけだ。
そりゃ、誰が買ったかわかったら手際がいいわな。
しかしざっと見渡すと思いのほか人数が多かった。
数人のグループではない。20人近くいそうだ。
これは強盗団と言うよりも犯罪組織に近い。
オレたち二人では荷が重いかもしれない。
「どうするルイス。ここは応援を呼んで騎士団の到着を待った方が……」
と思ったら、ルイスが廃屋の中にとっとと飛び込んで行った。
「観念しろ、この強盗団が!」
うおおおおーーーーーい!!
オレの言葉は無視ですかーーーーー!?
「な、なんだてめーは!」
強盗団はいきなり現れたルイスに一瞬おじけづくも、相手が一人とわかるや一斉に武器を取った。
「てめー、なにもんだ?」
「お、おい、あれ見ろ。騎士の紋章を付けてやがるぞ」
「ってことはこのシラユーリの花を奪い返しに来たのか?」
ざわつく男たちにルイスは冷静に答えた。
「だとしたらどうする?」
「ふへへへ、こいつぁ傑作だ。わざわざお偉い騎士様が一人でやってくるとはな。オレたちに殺されに来たようなもんだ」
「残念だが、それはない。なぜなら……」
「ぐ!」
「げ!」
「ぎゃ!」
言うなり、一瞬にして数人の強盗団を斬り伏せるルイス。
「お前たちには私は倒せないからだ」
さすがは騎士団長。
決めるところはキチンと決めてくれる。
しかも殺してはいない。
峰打ちで気絶させただけだ。
こんな芸当が出来るのも、うちの騎士団ではルイスしかいない。
「な、なんだこいつは!」
「つ、つええ……」
強気に出ていた強盗団がまたもや怖気づく。
そのタイミングを見計らったように、ルイスが入り口付近で隠れて様子を見ていたオレに声をかけた。
「おいカミュー、何をしている。早く手を貸せ」
ふう、やれやれ。
応援を呼びに行こうかどうしようか迷っていたけど、ルイスのあの張り切り具合なら問題はなさそうだ。
オレは入り口から颯爽と姿を現して剣を構えた。
「やいやい悪党ども! 観念しろ!」
セリフが陳腐なのは勘弁して欲しい。
オレはルイスと違ってボキャブラリーが少ないのだ。
けれどもオレの登場が功を奏したようで、強盗団が恐慌をきたした。
「な、仲間だと!?」
「まさか囲まれているのか!?」
どうやら騎士団が大量に押し寄せていると勘違いしたらしい。
それは好都合だ。
オレはここぞとばかりに言ってやった。
「そうだ、お前たちは王国騎士団によって完全に包囲されている。おとなしくお縄に付け」
迫真の演技。
強盗団の何人かが投降の意思を示し始めた。
が、ルイスの一言がそれをぶち壊した。
「何を言ってるんだ? ここに来てるのは私とお前だけだろう?」
「………」
「騎士たるものウソはよくないぞ、カミュー。正々堂々とここには二人で来たと言わないと」
こ、こいつ……。
状況わかって言ってるのか?
頭パーなのか?
わざわざ不利になるような発言をしやがって。
そんなルイスの言葉に、投降の意思を示していた強盗団たちが武器を握りなおした。
あーあー、完全に戦意が戻ってらっしゃる。
「て、て、て、てめえ! ウソつきやがって!」
「ビビったじゃねえか、コノヤロウ!」
「八つ裂きにしてやる!」
コノヤロウはこっちのセリフだ、コノヤロウ。
「おいルイス、ここまで言うからには勝つ算段があるんだろうな」
「ふん、私を誰だと思ってる」
そう言って剣を構えるルイス。
あれは騎士の構えだ。
剣を直立に立たせる不動の型。
あの構えを見せたルイスは天下無敵だ。
「やっちまえ!」
一斉に襲いかかる強盗団を華麗な足裁きでよけると、次々と打ち倒していく。
「ぎゃあ!」
「ぐえ!」
「ぴえん!」
さすがに殺すことはなかったがそれでも骨の砕ける音が響き渡る。
普段は悪党相手でもここまではしない。
ルイスの怒りは相当なものということだ。
「死ねぇ!」
そうこうするうちに、オレのほうにまで強盗団が襲いかかってきた。
ルイスほどではないが、オレもそれなりに訓練はつけている。
相手の攻撃をギリギリまで見切って交わし、腕や背中に剣の柄を打ち付ける。
さすがに気絶させる芸当はできない。
けれども戦意を削ぐには十分な攻撃だ。
「ひい! なんだこいつら、つええ!」
強盗団がひるむ。
その隙をついてルイスが一気に中央に駆け寄ると、縦横無尽に剣を振るった。
「ぎゃあ!」
「ひええ!」
「へらっぽ!」
まさに圧倒的強さ。
オレが数人を相手にしている間に、ルイスは一人でほぼすべての強盗団を制圧してしまった。
歴代最強の騎士というのも頷ける。
「あわわわ……」
最後に残ったのは旅の行商人だけだった。
行商人はシラユーリの花を抱えたまま後ずさりしている。
「私腹を肥やそうと企む下衆め。花を愛する者の心を弄び、私の愛する者を傷つけさせたことを後悔させてやる」
「ひいい!」
逃げようとした行商人を斬り伏せるルイス。
さすがに殺してしまったかと心配したけど、気絶させただけのようだ。
「一生牢屋で反省していろ」
こうしてオレたちは強盗団からシラユーリの花を奪い返したのだった。
※
「ああああ! シラユーリの花だあああああ!」
シラユーリの花を持って店に戻ると、開口一番スズちゃんが叫び声をあげた。
どうやらムキムキマッチョのお父様と店の片づけをしていたらしい。だいぶ綺麗になっている。
売り物の花はほとんどなくなっていたが、意外と元気そうで安心した。
「ど、ど、ど、どうしたんですか、このお花!?」
「取り戻してきた」
「取り戻してきたって、相手は武器を持った怖い人たちばかりだったんですよ!?」
「あんな奴ら、私とカミューの敵ではない。なあ、カミュー」
「ああ」
ルイスがドヤ顔を見せるもんだから、オレも隣でドヤ顔で言ってやった。
「強盗団の連中の処理は騎士団に頼んでおいたよ。もう二度と来ないから安心して」
「わああ、さすがルイスさんとカミューさんだああ」
そう言って満面の笑みを浮かべるスズちゃん。
ま、眩しい!
スズちゃんのピュアな笑顔、ほんと眩しい!
ルイスなんて目をつむってるし。
そんなスズちゃんの隣でムキムキマッチョのお父様も顔を綻ばせて「ありがとう」と礼を言っていた。
「ところでルイスさん」
スズちゃんがモジモジしながらルイスに尋ねる。
「ひとつ聞きたいことがあるんですけど……」
「ん? なんだい?」
「シラユーリの花を取り返しに行く時、『私の大事なスズ』って言ってましたよね? あれ、どういう意味なんですか?」
「………!!!!!!」
途端に石のように固まるルイス。
そ、そういえば言ってたねえ。
オレも忘れてたけど、思いっきり言ってたねえ。
ルイスは顔をギギギギとこちらに向けて、「え? そんなこと言ってた?」と目で訴えていた。
だからオレは口パクで「言ってた!」と大きく頷いてやった。
スズちゃんは期待を込めた目でルイスを見つめている。
その目に耐え切れなくなったのか、今度はルイスがオレに顔を向けて「マジで言ってた?」と口パクで尋ねてきた。
そんなルイスにオレも口パクで答える。
「マジで言ってた(口パク)」
「本当にほんと?(口パク)」
「本当にほんと(口パク)」
「本当に本当に本当にほんと?(口パク)」
「本当に本当に本当にほんと(口パク)」
「………」
「………」
「………」
「………」
「本当に本当に本当に本当に……(口パク)」
「うるせえ!」
あまりにも口パクで確認してくるもんだから、オレは思わずルイスの脇腹を手刀で突いてしまった。
「げ、げふっ。何するんだカミュー! 何も言ってないじゃないか!」
「何も言ってないけどうるさいんだよ!」
「何も言ってないけどうるさいって意味わからんぞ!」
オレは「ハア」とため息をついて言ってやった。
「わからなくていい。いい機会だからとっとと告白しろ!」
「そ、それが出来たら苦労せん」
ルイスのヘタレ具合にさすがのオレもカチンときた。
「しろよ、このヘタレ! 毎日通い詰めるくらいスズちゃんのことが好きなんだろ!? そんなんじゃいつまでたっても告白できねえぞ!」
オレの言葉にルイスもムッとしたようで、
「私は私のタイミングで告白したいんだ!」
と言い返してきた。
「それじゃあ永久にしないって言ってるようなもんじゃないか!」
「永久なものか! しかるべきタイミングを見計らってるだけだ!」
「いつだよ! お前のしかるべきタイミングっていつだよ! 100年先か!? 200年先か!? もう言っちゃえよ! スズちゃんが好きで好きでたまらないってよお!」
「お前の基準と一緒にするな! 私には私の考えがあるんだ!」
「ないだろ! このまんまじゃお前、スズちゃんが他の男に取られちまうぞ! それでもいいのか!」
オレたちがワーキャー言ってると、ムキムキマッチョのお父様が申し訳なさそうに「あのぅ……」と声をかけてきた。
「さっきから二人の声が店内に響いてるんですが……」
「!!!!!!!」
「!!!!!!!」
オレとルイスは互いに顔を見合わせた後、スズちゃんに目を向けた。
スズちゃんは、それはもうユデダコのように……失礼、真っ赤なバラのように顔を赤く染めていた。
「あ、あ、あ、あの……ルイスさん。カミューさんの言ってる言葉……、本当ですか?」
ルイスがものすごい形相でこちらを見たもんだから、オレはとりあえず「てへっ」と笑っといた。
「てへっ、じゃないわ、きさまあああああああああぁぁぁぁ!!!!!!!」
この日、オレはルイスに殺されそうになった。
※
それから数ヶ月後。
ルイスとスズちゃんはめでたく結ばれた。
案の定というかなんというか、ルイスの告白をスズちゃんはすんなり受け入れて、すぐに結婚した。
驚いたのは、ルイスが騎士をやめて花屋に転職したことだ。
当初は騎士の男と町の娘の結婚と言う事で周りもいい顔はしなかったものの、仲睦まじい二人の姿を見て次第に祝福するようになっていった。
ルイスの家も、階級にこだわる家庭ではなかったのが二人にとって幸いだった。
今ではルイスとスズちゃん、それにムキムキマッチョのお父様と三人で花屋を経営している。
けれども街中でいざこざがあればルイスはエプロンをつけて騎士団の誰よりも早く駆けつけて解決してくれる。
まさに最強の花屋の店員だ。
「遅いぞ、カミュー。悪党はもうふんじばっておいたぞ」
「いつもルイス一人で解決しやがって。騎士団長のオレの身にもなれ。役立たずっていつも言われるんだから」
「お前が遅いのがいけない」
にしても、今回も10人以上の盗賊をお縄にしている。
騎士団の誰よりも強い花屋ってなんなん? とオレは思うが、まあ事件が解決してくれるからいつも助かっている。
「とにかく助かったよ、ルイス。スズちゃんによろしくな」
「デレ」
「デレじゃないわ!」
結婚後もスズちゃんにぞっこんのルイス。
のちに世界中の悪の組織から「花屋の男には気を付けろ」という共通認識が生まれるのは、もう少し先の話。