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神槍

 第三章【神槍】



















 小さな火種を残し、その火を決して絶やすな。火種さえあれば、また大きな炎が燃え上がるときが必ず来る。

       チャールズ・ブコウスキー












 「理不尽、そうだね。脆く弱い。到底理解出来ないし、理解されることは決してない」

 「・・・・・・え、分かってくれた。意外とわかってくれたんだけど、どうすればいいのこれ」

 「俺が知るか。ってか、分かってるようで分かってねえと思うぞ」

 「え、そうなの」

 夜焔がなんとなくわかってくれたのだと思った閻魔だったが、横で鳳如が腕組をしながら険しい顔をする。

 ふとここで、閻魔がようやく真面目な顔つきになり、夜焔に言葉をかける。

 「お前さ、結局何処から来たわけ?」

 「・・・・・・」

 閻魔の問いかけに、ある程度流暢に話をしていた夜焔でさえ黙る。

 何も言わなくなった夜焔に、閻魔はさらに続ける。

 「ま、正直お前がどこから来てても何処の生まれだろうと、それはまあ、気になるっちゃ気にはなるがまあいいとしよう、良くないけど。今重要なのは、お前らがあいつらを使って何をしようと企んでいるかだ」

 「・・・大体の察しはついているんだろう?いつも呆けているフリをしているみたいだが、頭がキレるからね」

 「・・・・・・そうだ。呆けているフリをな、フリをしているがな。頭キレるから」

 腕組をしたまま、夜焔の言葉にちょっとだけ嬉しそうな顔をしている閻魔を、鳳如は呆れたように見つめる。

 しかし、すぐに閻魔の表情が元に戻ったため、とりあえず突っ込まずに様子を見る。

 「そりゃあ、閻魔だからな」




 「お前のことだ。よからぬことってのは分かる。こいつらと手を組んでるってことは、まあ、どいつもこいつもくだらねえ椅子ってもんが欲しいんだろうなぁ。座り心地よくねえのに。すげぇ忙しいのに。大変なのに。責任すげぇから胃が痛くなるのに」

 「こんな時に愚痴を言うな」

 「こんなときだから言うんだよ。こういう状況であいつが登場してきてくれたら万事解決じゃね?って思ったけどやっぱ出ては来ねえな」

 「当たり前だ。そう簡単に出てくるようじゃあの名前は名乗れねえんだよ」

 「どうせあれだろ?時間操って俺達殺しててっぺんとってやった―。的な?」

 「・・・少し違うな」

 「違った。恥ずかしい。閻魔だから、とか言ったのに外した。恥ずかしい」

 「気にするな。誰も期待しちゃいねぇ」

 ざっくりと思っていたことを話した閻魔だったが、それが違うと言われてしまったため両手で顔を隠した。

 鳳如はそんな閻魔を慰めるわけでもなく、夜焔のことを見ている。

 「もっと豊かな世界にしたくてね」

 「豊か?」

 「それにしても、君たちの仲間は本当にしぶといんだね。まだ誰も殺せていないようだ」

 「仲間っていう定義がどこまでを指すのか知らねえが、あいつらは別に俺達の指示で動いてるわけじゃねえからな。勝手にやってるだけだから」

 「そんなわけないだろ?少なからず、君たちが何かしたから反抗しているんだろ?」

 「お前さぁ、あいつらが言う事聞かねえって知らねえだろ」

 「何?」

 髪の毛をガシガシとかきみだし、ため息を吐きながら口調が悪くなっていく鳳如に、閻魔はうんうんと頷きながら聞いている。

 「あいつらはな、ただ“負けず嫌い”なんだよ」

 「・・・なんだそれは」




 軽く振ったように見えた。いや、実際に軽く振っていた。

 軽やかに動いた一人静のオールは、その見た目のように美しく、羽根のように飛ぶかと思うほど靡く。

 しかし、そこから放たれたのは、見た目以上の衝撃だった。

 「・・・ッ」

 あまりの風圧と威力を防ぐため、ライは翼で自分自身を守るように覆うが、それでも防ぎきれずに飛ばされていく。

 ライたち悪魔にとっては軽い翼であっても、実際は重いことに間違いはない。

 しかし、それをいとも簡単に吹き飛ばしてしまうほどの風に、ライはなんとか踏みとどまろうとするも無駄だった。

 死神は死神で、最初こそ鎌で風自体を斬って対応していたようだが、威力の強さに少しずつ後ろへと下がっていく。

 「くそっ!一体どうなってんだよ!!」

 一人静はその風が止まぬうちに、もう一度ールを軽く振る。

 あまりの強さにライの翼から羽根が一枚、また一枚と抜けていく。

 しかし、ライは考えた。

 ということは、やはり重たいものを乗せられて沈むということは、一人静にとって望まないことなのではないかと。

 一種の上昇気流と捉え、ライは風を上手く利用して飛び始めると、岩を用意して一人静へと近づいて行く。

 徐々に風が弱まってくると、死神も同時に鎌を向ける。

 「今度こそ沈めてやる!!」

 死神が一人静に鎌で攻撃をしている間にライは岩を落として舟を沈めようとした。

 「・・・・・・」

 しかし、それを蛇がまるごと飲みこんでしまった。

 「なにっ!?」

 ライは同じくらいの岩を見つけると、また同じように舟に向けてぶつけてみるのだが、またしても蛇が呑みこんでしまう。

 そこまで大きい岩が見つけられなかったため、今度は川の水を翼で持ちあげて舟を沈没させようとしてみるが、それも叶わなかった。

 ぺろり、と蛇が水も何もかも、飲みこんでしまったのだ。

 ライがまたしても何かを使って舟に攻撃をしようとしたとき、死神が制止する。

 「やめろ!」

 「・・・!?」

 舟が、巨大になっていく。




 「どうなってんだよ!?」

 「・・・肥大したな」

 「そういうレベルじゃねえだろ」

 ライと死神の前にある一人静がいる舟は、先程よりも大きく、2倍、いや3倍ほどの大きさになっていた。

 もともとそこまで大きくはなかった舟だが、こうなると沈ませるということはまず難しいだろう。

 そしてなにより、一人静が持っているオールまで大きくなっていた。

 「おい、お前、なんで今まで隠してた」

 「・・・申し訳ございません。隠していたわけではございませんので」

 「じゃあ何だ?俺たちのこと馬鹿にしてたってことか?ここまでするとは思ってなかったってか?」

 「・・・いいえ。そうではなく」

 少し下の方を見てしまった一人静に、余程の理由があるのかと思いその先の言葉を待っていると、思いもよらない言葉が返ってきた。

 「大きくなると、重く、扱い難くなりますので。疲れますし」

 「・・・ああ、デメリットもあるってこったな」

 それからしばらく攻防戦が続くが、巨大になった舟はそう簡単には沈ませることも壊すことも出来ず、死神とライは作戦を練ろうとする。

 「おい、お前黙ってたのか」

 「何がだ」

 「何がだぁ?舟のことだよ。なんででかくなんだよ。オールも。お前の鎌頑丈になったんだろ?なんで罅ひとつ入らねえんだよ」

 「あのオールは特別だ」

 「聞いた話じゃあ、月下美人で出来たオールなんだろ?なんであんな強固で燃えもしねぇんだよ。おかしいだろ」

 「ここはそういう場所なんだ」

 「あ?なんだそれ?」

 不機嫌そうに死神に突っかかるライだが、死神の表情は何もわからないため、ただ苛立ちから舌打ちをする。

 右からも左からも風が吹き、遥か遠くでは雨が降っている。

 あの世とこの世の狭間で、カロンは死者を連れて行き、この一人静という男はまだ死なない者を元の岸まで連れて行く。

 というのが、おおまかにライが聞いた話だ。

 この一人静という男がここにいる限り、死者を強引に連れて行こうとすることも出来ず、この男を亡きものにしようとしても、叶わないという。

 「ここは死者を弔う場所ではございません。あくまで、生者を天つ日の下へ帰すための場所でございます」




 ふと、ライの目の前を蝶が舞う。

 周りから音が消えて、モノクロの世界に入ってしまったかのようだ。

 ひらひらと、白と黒の美しい模様が目に留まり、それをじっと見つめていると、蝶はライの頭上へと飛んで行き、その翼にリンプンを吹きかける。

 「なんだ?この蝶・・・」

 どこかへと行ってしまいそうだった蝶を捕まえようと腕を伸ばしたライだったが、瞬間、自分の身体に違和感を覚える。

 「あ?」

 自分の身体が、少しずつ浮いてきているのだ。

 自分の意思とは関係なく、自ら翼を動かして浮こうとしているわけでもないのに、ライの身体はまるで言う事を聞かない。

 いや、身体というよりも翼が、だ。

 「おい!どうなってんだよ!!」

 どんどん浮いてしまう自分の身体に、どうすることも出来ずにいるライ。

 なんとか翼を動かしてみようと試みるも、翼は天使の羽根のように軽く、ほとんど動かさなくても上昇していく。

 経験したことのない浮遊感に、ライは悪あがきのように手足をばたつかせてみるが、どうにもならなかった。

 そのまま退場となってしまったライを一人静と死神が見届けたあと、死神は少しだけ一人静の方を見る。

 2人してオールと鎌を構えた途端、またしても蝶が2人の間を優雅に泳いでいく。

 そして、死神の鎌と舟にリンプンをかけていくと、あれだけ頑丈だった鎌はボロボロと簡単に錆びてしまい、舟も大きさが戻っていってしまう。

 しゅうう、とオールも一緒に小さくなると、一人静はそれまで持っていたオールを一旦舟の底につけて腕を休める。

 「・・・・・・」

 「・・・・・・」

 互いの顔を見たあと、死神は何も言わずに去っていく。

 それを追う事もせずに、一人静は少しふらつく自分の身体をなんとか支える。

 片膝を曲げてその場で小さくなると、そんな一人静の前を通る蝶を、少し憎たらしそうに見た。

 爽やかに飛んでいく蝶の行く先を見届けることもなく、一人静はしばしの休憩に入るのだ。




 ひらひら。ひらひら。ひらひら。

 白と黒で作られた模様が特徴的なその蝶は、よく一人静の前に現れる。

 それがなぜかは、一人静にもわからない。

 その蝶がどこからきて、どこへ行くのか、それも分からない。

 蝶は自由に羽根を動かし、好きな場所へと向かって行き、好きな時にその場に留まり、好きなように飛び、何か意図があってリンプンを振りまいて行く。

 そこにどんな理由があり、どんな効能があるのかは、定かではない。

 雨の中でも気にせず飛び続け、特に天敵のいないこの場所では、もちろん餌さえ存在しない。

 それでもその蝶は、絶えることなく居続ける。

 蝶はそのまま飛び続けると、ある場所で羽根を休める。

 す、と誰かの人差し指が差し出されると、蝶はその指に移動し、嬉しそうに羽根をゆっくりと動かす。

 水色の髪に黄色の瞳、右目の下にホクロをたずさえた男は、自分の指にとまるその蝶を微笑みながら見つめる。

 「ふんふん♪ふんふふーん♪」

 鼻歌を歌いながらのんきにしている男は、蝶を指で休ませながらどこかへと向かって歩き出した。

 蝶からリンプンが出ているが、男の身体に特に変わった様子はない。

 「両成敗だもんね、喧嘩はさ」

 そう言ってにっこり微笑みながら蝶に話しかける。




 「おい、またブツブツ言い始めたぞ、どうすんだこれ」

 「・・・・・・」

 自分に組み敷かれながらも、どこを見ているのかもわからずにブツブツと何かを言っている雅楽に、ヴィルズはさっさと止めをさしてしまおうと羽根を振りかぶる。

 「!!!!」

 「ヴィルズ、早く・・・」

 「避けろ!!!」

 「へ?」

 何が起こったかなど、分からなかった。

 一瞬、雅楽の身体が爆破でもしたのかと思うほどの衝撃だったが、雅楽の身体は一切吹き飛んでいなかった。

 しかし、相当な衝撃だったことは間違いないと、ヴィルズは一時避難したものの、とにかくすぐに状況を理解しようと試みる。

 「!」

 「おい、ヴィルズ・・・」

 後ろにいるダスラが、少し声を震わせてヴィルズに声をかける。

 「なんだよ、あれ・・・」

 たかが人間だと侮っていたわけではないはずだが、油断はあったのかもしれない。

 今ヴィルズとダスラの前には、蜘蛛がいるのだ。

 それも、ヴィルズたちよりも数倍巨大な、薄気味悪い足を持った蜘蛛だ。

 「あいつが何かしたのか?」

 「何かってなんだよ!あいつ、怨念とかを相手にするだけのはずだろ!?こんなもん、そもそも人間が出来る所業じゃねえぞ!」

 「黙ってろ」

 あまりにも巨大すぎるからなのか、そもそも蜘蛛が苦手なのか、理由はわからないがダスラはその巨大な蜘蛛に顔を引き攣らせ恐れの言葉を並べる。

 確かに巨大ではあるが、自分たちならなんとかなると、ヴィルズはダスラに落ち着くように言う。

 しかし、蜘蛛は身体が頑丈なうえ、あちこちから糸を使ってヴィルズたちを拘束しようと狙ってくる。

 「捕まらなければいいだけだ。ちゃんと避けろよ」

 「分かってるよ!」




 「ヴィルズ、状況が良くならない」

 「わかってる」

 「てか、あいつは何処行った?」

 「知るか」

 「蜘蛛になっちゃったのかな」

 「んなわけあるか」

 先程から姿を見せない雅楽の事が気になっていたダスラは、蜘蛛の糸から避けるように飛びまわりながらも、雅楽のことを探していた。

 それでもなかなか見つからない為、とりあえずヴィルズとこの蜘蛛を倒してしまおうと狙いを定める。

 「え」

 と思った瞬間、ダスラは蜘蛛の脚で吹き飛ばされてしまった。

 体勢を整えようとしたのだが、すぐ目の前まで蜘蛛の脚が迫ってきており、目が貫かれると思ったとき、ヴィルズがダスラを抱えて飛んで行く。

 蜘蛛から少し距離を取ると、抱えていたダスラを適当にぽいっと投げる。

 「いてっ!」

 「次は助けないぞ」

 「ああ、悪い。で?あいつは見つかった?」

 「・・・・・・あそこだ」

 ヴィルズがずっと見ている方向をダスラも見てみるが、そこには蜘蛛しかいない。

 やはり潰されたとか喰われたとかそういうことなのかと思っていると、蜘蛛の身体の下に、何か蠢くものを確認した。

 「え?」

 まだ黒い髪の毛のままだが、確かにあの滑稽な格好は雅楽だろう。

 あの巨体に潰されることもなく平然とそこにいるのはあまりにも不自然で、ダスラはヴィルズの方を見る。

 ヴィルズが蜘蛛に近づいていったため、ダスラもついていく。

 蜘蛛の下のほうにいる雅楽は、すう、とゆっくり目を開けると、蜘蛛の下を通ってヴィルズたちのほうへ向かってくる。

 攻撃をしようと身構えたダスラだったが、それに反応したのは蜘蛛だったため、ダスラは一旦大人しくする。

 「これはなんだ」

 「答える義理はないけど」

 「お前はただの呪われた人間だ。こんなこと出来るはずが無い」

 「決めつけは良くない」

 「仲間でも来たのか?助けを呼んだのか?そいつは今どこにいる?」

 「言っておくけど、俺はずっと1人で戦ってきた。今更誰かの力を借りようなんて思って無い」

 「とはいえ」と続けた雅楽は、やはり何かからくりがありそうだ。

 その続きを聞こうとしていたヴィルズたちだったが、蜘蛛が糸を吐きだしてきたため急いでその場から離れる。

 だが、巨大な蜘蛛であることや、自分達から蜘蛛に近づいてしまったことがあり、ダスラの翼は蜘蛛に拘束されてしまった。

 「うっわ!!」

 すると、翼がどろりと溶け始め、ダスラは再びムンクの叫びの表情となるが、上手く飛び立つことが出来ない。

 まるで、生まれたばかりのひな鳥のようだ。

 小さくなっていく、というよりも形が消えていく自分の翼を見ながら、悲鳴をあげることも出来ずにいる。

 ヴィルズがなんとかしようと羽根で雅楽を攻撃しようすると、雅楽は自分の血をつけた呪符で弾く。

 「!!」

 雅楽が腕をぐいっと前に突き出すと、同時に蜘蛛がその大きく太く毛で覆われた脚をヴィルズに向けてきて、ヴィルズの右わき腹を簡単に貫いた。

 「ヴィルズ!!」

 「・・・ッ!!!」

 それでもヴィルズは自分の羽根で何度も雅楽を攻撃し続ける。

 雅楽の血を含んだ呪符は、雅楽の意思というよりも呪符自身の意思があるように自由自在に動き回り、雅楽が蜘蛛に意識を向けている間もヴィルズを狙う。

 「ちッ」

 自分の腹にささっている蜘蛛の脚から強引に抜けると、ヴィルズの腹からはドボドボと結構な量の血が出てくる。

 素早く雅楽の背後へと回り、雅楽の背中をその羽根で貫く。




 「・・・!?」

 「忘れるな。俺は今“蜘蛛”なんだ」

 「ふざけたことを!!」

 雅楽の背中にヴィルズの羽根が刺さることは無く、蜘蛛の硬い皮膚のようなその背中にガードされてしまった。

 「さっきの言葉、どういう意味だ」

 「何が」

 「お前が言った言葉だ!」

 腹から出てくる血に耐えているからか、ヴィルズは少し口調が荒めになる。

 雅楽はそんなヴィルズの様子を少し見たあと、くいっと腕を動かして拘束しているダスラの翼をさらに強める。

 「そのままの意味だ」

 「だから!!!」

 「・・・何か気に入らないことでもあるのか」

 「てめぇだよ」

 ヴィルズがだんだんと不機嫌になっていくため、雅楽はなにごとかと聞いてみるが、それがさらに逆撫でしてしまったようだ。

 何も言わなくなった雅楽に、今度は直接殴ってやろうかと思い拳を作れば、それは雅楽とヴィルズの間にいつの間にか出来ていた蜘蛛の巣によって身動きが取れなくなる。

 それでも、ほんの少しだけくっついただけのため、ヴィルズが翼で思いきり動けば、その蜘蛛の糸はすぐに取れた。

 しかし、後ろに下がった瞬間。

 「なっ」

 気付かぬうちにそこに蜘蛛の巣を張られていたらしく、そこに翼がべっとりとはり付いてしまった。

 しっかりくっついているのか、それとも強度が違うのか、とにかく全くはがれない。

 そうこうしている内に、雅楽はダスラの方に近づいて行き、何かの香りを嗅がせ、その後すぐにダスラは寝てしまった。

 何をするのかと思いきや、雅楽は寝てしまったダスラの頬をいきなりビンタし始める。

 それはもう、どんな母親よりも恐ろしく、どんな鬼教官よりも凄まじく。

 何度も往復ビンタをすると、今度はヴィルズのほうに向かってきた。

 そして、少し前にヴィルズにやられたときのダメージなのか、頭から血を流した状態のまま話し出す。




 「これは簡単に言ってしまえば“憑依”だ。通常、憑依というのはこの世に存在しないものを憑依することが多い。だが、生憎今回は生者のもの、つまりは生き霊を憑かせた。なぜ生き霊なのかというと、そもそも俺が憑依出来る時間はまだ短く、それとある程度知っている奴のものじゃないと操れないからだ。一度に複数を操れるものもいるようだが、まだ俺はそこまでは出来ない。話を戻す。その生き霊に関してだが、そいつの名前を教えるわけにはいかないが、そいつは生まれながらに身体に蜘蛛が寄生していたんだ。親に罵声を浴びせられ、そいつは親を殺してしまった。意思があったわけじゃない。ただ、蜘蛛がそいつの気持ちを汲み取ったのかもしれない。だが、今は限られた信頼出来る奴らがいるらしく、なんとか普通に生きている。この蜘蛛はそいつを憑依させることでこうして具現化している。俺自身の力かと言われると違うと思う。だが、こうして俺の意思を尊重し、時には俺の指示なしでも状況を察知して動く。これに関してはよくわからんが、もしかしたら俺のことを憑依元となっているそいつと思っているのもしれない。しかし見た目は全く似ていないから違うのかもしれない。はっきりした答えはわからない。なぜなら俺は蜘蛛の言葉など分からないからな。そもそも蜘蛛は鯨などのように何か発することが出来るのか?どうやって互いの意思疎通をしている?それをそいつに聞いたことがあるが、そいつもわからないと言っていた。まあそんなこと正直どうでもいいのだが、俺としては」

 「もういい」




 急に流暢に話し出した雅楽に驚いたヴィルズだったが、いつまで話すのかとここでようやく制止する。

 それと同時に、蜘蛛がヴィルズの翼に脚を突き刺す。

 まるで串刺し状態となってしまったヴィルズだが、まだ雅楽のことを睨みつけ、どうにかしてこの場の状況を変えられないかと考えている。

 「・・・・・・」

 その様子を見ていた雅楽だが、ヴィルズへと近づいて行き、先程ダスラに吹きかけたものをヴィルズにもかけようとする。

 「あ」

 ヴィルズは串刺しになっている自分の翼をもぎとり、残った羽根を小刻みになんとか動かし、上空へと逃げた。

 雅楽と蜘蛛はヴィルズを捕えようとしたのだが、ヴィルズが自分の血液を残った翼のうち数枚につけ、それをばらまく。

 それを呪符で払おうとした雅楽だったが、本能というのだろうか、雅楽は呪符で身体を覆い隠す。

 何か衝撃があったのかは定かではないが、しばらくして呪符から顔を覗かせれば、すでにヴィルズはそこにいなかった。

 「!」

 ふと顔を見上げてみると、そこには憑依した蜘蛛の身体の所々が錆びたりかびたりしていた。

 「・・・・・・」

 憑依だから大丈夫だろうと、雅楽は憑依を解くと、ふう、と息を吐く。

 そして動けなくなっているダスラに近づくと、今度は起こすために頬をビンタし始める。

 踏んだり蹴ったりなダスラだが、よく眠っているらしく、起きることはなかった。

 雅楽はダスラに吹きかけたそれを見つめる。

 「・・・そんなに強力なのか」

 とある香りが好きな男から貰った物。

 あまりそういうのは好きじゃないと言ったのだが、試しにと渡されたものだった。

 どういう心算で渡してきたんだろうと思った雅楽だが、とにかく一件落着だと、それをポケットにしまう。

 「だめだ。クラクラする」




 「けけけ。これでお前は終わりじゃ」

 酒吞童子は鈴香の頭をぐりぐりと踏みつけ、さらには飲んでいる酒が零れて鈴香の頭にかかってもお構いなしだ。

 酒吞童子が立っている場所から離れた場所にも、踏み壊された香水がばらまかれている。

 鈴香の足元側に転がるそれらは、すでに虚しく地面に泳ぐ。

 ぐび、と酒吞童子が勝利の酒を飲んでいると、どこからか風が吹いてきた。

 まるで月を見ながら酒を飲んでいるときによく吹く夜風のようだと思っていた酒吞童子だが、どうやら少し違ったらしい。

 「これは・・・」

 どこから吹いてきた風かは知らないが、物凄く強い風だった。

 大柄の酒吞童子であっても、思わず腕で顔を覆うほど強い風が吹いたかと思うと、それは少しして落ち着いた。

 「まったく、変な場所じゃ」

 雨がずっと降っている場所も通り、雨がまったく降らない場所も通り、風がまったく吹いていなかったり、さっきのようにいきなり強い風が吹いたり。

 酒吞童子は多少文句を言いながら酒を呑もうとした。

 「お?」

 なぜか、身体がぐらついた。

 酒の飲み過ぎたかとも思ったが、今までだって相当な量を呑んできたが、そんなことは一度だってなかった。

 気のせいかと頭を左右に動かしたあと、再び酒を呑もうとしたのだが、手に力が入らずに酒を落としてしまった。

 「なんじゃ?何が起こっておる?」

 ふらつく足でなんとかその場から離れようとするが、ガクン、と地面に膝をついてしまい、更には口から血が吹き出て来た。

 自分にふりかかっている状況が全く理解出来ていない酒吞童子は、割れた酒の容器で自分の腕を刺し、せめて意識だけはと踏ん張っている。

 「よく耐えた」

 「なに・・・?」

 「もういいだろう。こんなに俺をボロボロにして、綺麗なまま終われると思うなよ」

 「何をしたッ!?」

 酒吞童子の後ろから、声が聞こえる。

 それは、先程まで酒吞童子に攻撃をくらい、すでに意識などないような、立つことなど到底できないはずの男。

 なんとか上半身を動かして後ろを振り返った酒吞童子は、そこに血だらけの鈴香を確かに見る。

 しかし、鈴香は腕で顔の血を拭うと、先程とはうってかわって不敵な笑みを浮かべる。

 「阿呆が」




 反撃しようとする酒吞童子だが、身体が一向に言う事をきかない。

 口から出てくる血も止まることを知らないように出続けてくるため、酒吞童子はただぶつけたいのにぶつけられない怒りを、地面に指を喰い込ませることで耐えているようだ。

 一方、涼しい顔をしている鈴香は、まずは髪の毛をさらりと整えたあと、顔の汚れも出来るだけ払う。

 それから洋服をチェックするのだが、あまりに汚れているためどうすることも出来ず、折角整えた髪の毛を荒々しくかき乱したあと、また綺麗に揃える。

 「許さん!!!!許さんぞ!!!」

 「五月蠅い。許さないのは俺の方だ。お前、よくも俺の美しい顔に傷をつけたな?地獄の閻魔が許しても俺は許さんぞ」

 「何を言って」

 「お前のような香りの良さがわからない奴は本来であれば俺が相手などしたくはないんだ。酒臭い輩など顔も見たくは無い」

 「私は負けぬぞ!!絶対にお前を」

 そこまで言ったところで、酒吞童子の身体が思いっきり地面にめり込んだ。

 「だから言っただろう。本来は相手にしたくはないんだ」

 鈴香が、酒吞童子を蹴り飛ばしていた。

 まだなんとか意識がある酒吞童子は、鈴香の方に顔だけを向けて睨む。

 ポンポン、と洋服についた汚れを払っている鈴香は、その視線に気づくと目を細め、酒吞童子に近づくとその頭を掌で持ちあげ、地面に勢いよくめりこませる。

 「・・・ッ!!!!」

 「教えてやろうか。お前が今俺にはいつくばっている理由を」

 「何を・・・!!」

 「鼻がきかないのを、逆に利用させてもらった」

 酒の匂いがあまりにすごかったため、鈴香は香りでの攻撃を諦めようとしていた。

 とある人物から武術も学んでいたため、結構得意ではあったが、出来ればしたくはなかったのだ。

 なぜなら、汚れるし汗が出るし髪が乱れるから。

 「お前がわざわざ割ってくれた香水は全部、毒だったんだよ。本来、匂いが強くて相手にバレやすいからあまり使わないんだが、お前は違う。鼻がきかない。ひとつで大体人間なら50人は殺せる致死量を含んでいる。揮発性だから普段は持っていても特に何も無いが、生憎、今日は風が強く吹いたな」

 「貴様あああああああああっッッ!!」

 「ああ、ちなみに言っておくが、風は偶然じゃないぞ」

 「呪ってやる!!!!呪ってやるぞ!!!」

 「勝手にしろ。そんな暇があんなら、こっから逃げる方法でも考えた方がいい。なにしろ、俺は優しくないからな。どういう意味か分かるか?」




 「なんだと・・・?」

 「ちょっと待ってろ」

 素直に待っているわけではなく、単に身体が動かないだけなのだが、酒吞童子は鈴香の行動を観察する。

 鈴香はまず鼻と口をちゃんと覆うマスクのような物をつけ、まだ持っていた香水を取り出すと、それを持っていたハンカチに沁み込ませ、それはもうそんなに吹きかけるのかと思うくらいにシュッシュッシュッと。

 しばらくすると、鈴香はそれを持って酒吞童子に近づいてきた。

 また毒か何かかと思っていた酒吞童子だが、鈴香から発せられた言葉は少し違っていた。

 「これはあまり使いたくなかった。これを嗅ぐくらいなら、俺なら痛い方がマシだ。それは人それぞれだろうがな。俺は絶対に我慢が出来ないと思う。だから一応憐れみを込めている」

 「な、なんだそれは」

 「安心しろ。毒ではない。これはな、スカンクとラフレシアとくさやと・・・」

 酒吞童子が聞いたことのない単語がずらずらと並べられると、鈴香はそれを酒吞童子の鼻を覆う様にしてくっつけてくる。

 「・・・・・・」

 「・・・・・・」

 「・・・・・・ッ!!!!!!!」

 「よしよし、効いてきたか」

 あまりに強烈なその匂いの集合体に、酒吞童子は動かない身体をなんとかばたつかせて抵抗を試みる。

 さらに、鈴香はガーゼにも同じ匂いをしみこませそれを少し丸めると、酒吞童子の両鼻に突っ込む。

 どうやっても逃れることが出来なくなってしまったその匂いに、酒吞童子は毒よりも恐ろしいものを感じた。

 逃げようともそれも叶わず、酒吞童子はどのうちあまりの匂いに気を失ってしまった。

 いや、毒によるものかもしれない。

 「よしよし」

 鈴香はマスクをしていても少し匂うそれから逃れるべく、少し離れて匂いが薄くなるのを待った。




 「・・・・・・」

 「終わったんじゃないかな?そろそろお二人も退散してくれると助かるな。仕事溜まってるし。怒られるし」

 何かを感じ取ったその場にいた4人だが、閻魔が真っ先に口を開いた。

 夜焔とガイは曇ったような表情をしていたが、互いの顔を見合わせたあと、「また来る」とだけ言い残して去って行った。

 「・・・え、また来るってさ。どうする?また仕事の邪魔されるの?俺への嫌がらせか?仕事が溜まって小魔に怒られるんだけど」

 「じゃ、俺は雅楽のところ行ってくるから」

 「あ、はい」

 さっさと行ってしまった鳳如に取り残されてしまった閻魔は、また別の場所へと向かう。

 少しして目の前に現れた男に、雅楽はただ不機嫌そうに顔を顰めながら、足元に転がっていた男を指さす。

 「ん」

 「あれ、すごいボロボロ」

 「早くこいつ引き取ってさっさと消えろ。もうこんなことするの御免だ。早く片つけろ」

 「そうしたいのは山々なんだけどな」

 雅楽のもとへ行った鳳如は、あまり見られない雅楽のボロボロの姿に思わず関心してしまう。

 気を失っている、というよりも寝ているダスラを渡されると、鳳如は「おお」と歓喜の声をあげる。

 「さすがだな」

 「五月蠅い」

 「ヤバかったか」

 「当たり前だ」

 「でも倒したんだな」

 「・・・最後はこれに頼った。それに、もう1人は逃がした」

 「ああ、鈴香がなんか配ってたやつか」

 「翼が半分くらい無くなったけど、飛んで逃げていった」

 「ま、1人捕まえただけで上出来だ。俺達だって捕まえちゃいねえからな」

 「・・・・・・」

 拗ねているのかなんなのか、雅楽は頬杖をついてぷいっとそっぽを向いてしまう。

 何だろうと思っていた鳳如は、先程見せられた香水を見て「ああ」と思う。

 「確かあいつにその髪色にされたんだっけか?染め直しゃあいいのに。気に入ってんだろ?」

 「気に入って無い。あいつが特殊な香水で仕上げしたもんだから、染め直せない。すぐにこの色に戻る」

 「じゃあ魔よけってことでいいじゃねえか」

 「なんだ魔よけって。避けきれてない」

 「この埋め合わせは近いうちにするから。ありがとな」

 ダスラを脇にかかえ、鳳如は去って行った。

 雅楽はいつものように街を歩き、そこにいる怨念を向きあう。




 「・・・・・・」

 「・・・・・・」

 「・・・・・・」

 「・・・なんかごめんな」

 「別に大丈夫です。仕事なので」

 「その言い方が一番辛い!」

 一人静のもとへと向かった閻魔は、どういった状況だったのかを聞いた。

 死神は退散していき、もう一人の悪魔の方はどこかへ飛んで行ってしまったとか。

 「ったく。あいつか」

 「追った方がよろしかったですか」

 「いや。お前はここにいてくれ。追う必要はねえ。もしそういうことになったら別の奴を追わせるから心配するな」

 「わかりました」

 一人静がここからいなくなってしまったら、その間に悪さをする奴が出てきてもおかしくはない。

 そうなった方が後々面倒だと、閻魔は頭を悩ませる。

 そんな閻魔を見ていた一人静は、オールをぎゅっと強く掴み、少し下の方を見ながらこう言う。

 「申し訳ございません。もっと強ければ良かったのですが」

 「え、え、違うごめん。違う違う。お前が悪いとかそういうことじゃなくて、てか全然悪くねえから。むしろお前じゃないと止められなかったから」

 「ですが」

 「お前に死神らをあてたのだって、お前を足止めするためだ。厄介だとわかってるから相手もそうした。俺はもっと警備を強化すべきだった。それを怠った」

 「これからどうなさるんですか?」

 「んー、とにかく浮幻と雲幻のとこにも2人くらい誰か向かわせようと思ってる。お前んとこも誰か頼むから」

 「・・・いえ、1人でやります」

 「え」

 「正直、私の攻撃は自分以外の者を対象としたもので範囲も広い。そこに誰かがいるとなると」

 「そうだな。・・・じゃあ、まあ、なんかあったら連絡くれ。武器とか他に欲しけりゃ頼んで作ってもらうし」

 「わかりました」

 閻魔は一人静のもとから去っていくと、モノクロの蝶とすれ違う。

 振り返りながら少しだけその蝶を見たあと、閻魔はまた歩み続ける。




 「・・・すごい匂いじゃ」

 「当たり前だろ。俺が作った最悪の匂いだぞ」

 ようやく匂いが薄まってきたのだが、そこに現れたぬらりひょんは、そこに留まっている残り香に思わず顔を顰める。

 物凄い速さで鼻を袖で覆うと、その場にいる鈴香に声をかける。

 「さっさと連れて行ってよ。酒の匂いも相まってものすごく不快」

 そう言われ、ぬらりひょんは自分の匂いかと袖をクンクンと嗅いでみるが、鈴香は「違う」と言って酒吞童子を指さす。

 「あんたも大概だけど、こいつは最悪。こんだけの毒の匂いにも気付かないなんて、よくここまで生きて来られたね」

 「・・・・・・」

 「何」

 「お主確か、煙桜と酒を呑んでおらなんだか」

 「一度だけね」

 「・・・それでガラナだけか」

 「なにそれ」

 「いや、こっちの話じゃ。世話になったのう。と伝えてくれと言われた」

 「感謝してるなら薔薇でも送ってくれって言っておいて」

 ぬらりひょんが酒吞童子を連れて行き、イベリスはその辺に適当に落とし、すでに魂が無くただの抜け殻としっているガラナは、ぬらりひょんが鳳如に引き渡すことになった。

 「・・・ッ」

 ぐら、と足元がふらつき、鈴香は仰向けになって適当な場所に寝転がる。

 「・・・ふっ」

 自嘲気味に笑うと、しばらく眠りにつく。

 鳳如のもとへガラナを引き渡したぬらりひょんは、鈴香のことを話す。

 ガラナの身体は何かに使われないよう火葬することになり、その炎を眺めながら、鳳如は少し前、とはいっても10年以上前のことだが、その頃のことを思い出す。

 『煙桜、こちら鈴香』

 『あ?なんだこのガキ』

 『なんだこのおっさん』

 『2人して口が悪いな。気をつけてね』

 『なんかこいつクセェぞ』

 『クサイ!?俺の美しい香りがクサイ!?』

 『なんだ美しい香りって。こいつやべぇ奴だぞ。追い出そう』

 『お前こそ歳を重ねた匂いと煙草と酒の匂いがすごいぞ。出て行け。俺の鼻がもげる前に』

 『お前以外もげてねえから問題ねぇな』

 煙桜はあんなんだが鼻がよく、自然の匂いは好きらしいが、人工の匂いはダメらしい。

 鈴香も鈴香で煙草や酒などの独特な強い匂いがダメらしく、会ったとき2人は盛大に言い争いをしていた。

 麗翔曰く、煙桜の匂いはそこまで気にならないらしく、意外と清潔にしているということだった。

 おそらく、琉峯や部下が洗濯の際に手洗いなどしてしっかり匂いを落としていたのだ。

 それからしばらくして、煙桜が1人で花見をしていたとき、鳳如に用事があったのか、突如として現れた鈴香がそんな煙桜を見つけたのだ。




 『煙草の匂いは嫌いだな』

 『あ?』

 『ほら、俺の香りどうだい?美しいだろ?脳内にまで届くほど甘く切ない香りだろ?』

 『・・・悪い。俺香水とかダメなんだわ。まじで鼻がもげる』

 のんびりと桜を見ていた煙桜は、鈴香が嗅がせてきた香りに、明らかに嫌そうな表情を浮かべる。

 『なんだと?なぜ理解しようとしない?この美しい香りがダメ?どういうことだ?人間には少しキツいということか?それともお前の鼻がおかしいのか?』

 『さらっと失礼なこと言いやがって』

 『これはなんだ。美しいな』

 ふと、鈴香がそこに咲いている花を見上げて呟いた。

 『お前桜も知らねえの?』

 『桜?これが噂の桜か。言葉だけは知っていたが、見たのは初めてだ。道理で、人々を魅了しているわけだな』

 『お、桜の良さがわかるなんて良い奴だな。酒飲むか?』

 『酒の匂いはどうもな』

 『おい。俺にお前なんて言ったよ』




 一口だけ酒を飲んでみた鈴香だが、やはりダメだったらしい。

 こほこほと咳き込んでいると、煙桜は余裕そうにぐいっと御猪口の酒を飲み干した。

 『ま、無理して飲むもんじゃねえぞ』

 『なら、お前はどうして飲むんだ』

 『どうしてって、美味いからだよ』

 『美味くないぞ』

 『俺にとっては美味いんだよ。それにな』

 『それに?』



 『人間いつ死ぬか分かんねえから、好きなようにしてんだ、俺ぁよ』



 ふと鈴香は目を覚まし、目元を腕で覆いながら小さく笑う。

 「まったく。人間というものは・・・」




 「それにしてもさすがだな、鈴香。イベリス、ガラナ、それに酒吞童子まで倒すとは」

 「鈴香?聞いたことあるような、無いような・・・」

 「帝斗は会ったこと無かったか?」

 「どうだったかな?一回見かけたことはあんだよな」

 「それにしても“鈴香”とはね」

 「なんだ?」

 「ん?いや、ちょっとね」

 「なんだよ気になるな」

 「それより帝斗、始末書は?」

 「忙しい忙しい」

 逃げる様に去って行った帝斗の背中を見ながら、鳳如は小さく笑う。


 ―鈴香、本名“淋鵝”

 ―香りを操り、纏う者

 ―美しさを求め、彷徨う者

 ―鈴香、異名“鬼気凄艶の鈴香”




 「帝斗、これ間違ってる」

 「オ―マイガ―」









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