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神盾

登場人物

            鈴香りんが

            一人静

            雅楽


            夜焔

            ガイ

            ヴィルズ

            ライ

            ダスラ

            イベリス

            死神

            ガラナ

            酒吞童子


            鳳如

            閻魔












 過去に囚われてはいけない。未来を待つだけでもいけない。この瞬間に集中すること。

              釈迦


















  第一章【神盾】














 「これは一体、どういうことだ」

 一人静は、いつも通り舟に乗ってオールを漕いでいた。

 しかし、目の前に突如として現れたのは、ドクロのお面なのかもともとそういう顔なのか、とにかく骸骨の顔をした死神と、一人静に向かって手を振っているイベリス、それからもう1人・・・。

 こちらは正直言って“はじめまして”なのだろうが、自己紹介などしてもらわなくても済むほどにわかりやすい、真っ黒な羽根を背中に靡かせた男だった。

 「久しぶりだな!覚えてるか?俺俺!」

 自慢気に自分の方に親指をくいっと持って行ったイベリスに対し、一人静はただじっと、他の2人を見つめる。

 「無視しやがった。ひっで。ああ、そっか。こっちは初めてだもんな。俺が紹介してやろうか?」

 イベリスが黒い羽根の男の紹介をしようとしたとき、男がイベリスを睨みつけ、というわけではなさそうだが、もとから目つきが鋭いため睨んでいると思うほどの視線を向けて来た男に、イベリスは口を紡ぐ。

 男が自己紹介をする前に、死神はイベリスの方をちらっと見る。

 その視線に気付いたイベリスは、両手をひらひらさせて降参のようなジェスチャーをしたあと、歯を見せて笑いながら歩き出す。

 それを止めようとした一人静は、月下美人で出来たその特注品のオールを振りまわそうとしたのだが、それよりも先に男の黒い翼が重たい風を呼び寄せる。

 「悪ィけど、俺はちょっと別件があんだ。お前の相手はそっちの2人。せいぜい死なねえようにな!」

 ひらひらとその風に乗ってどこかへと行ってしまったイベリスのことよりも、今は目の前にいる男たちのことが先決だった。

 「俺はライ。見ての通り悪魔だ。お前を殺すことでこいつらと多少なりとも利害が一致すると分かった。だから殺す」

 「大変失礼いたしました。全くもって存じ上げておりませんでしたが、噂には聞いておりました。そういう“種族”がいるということを」

 「こちらも噂は聞いている。まさか死神と共闘することになろうとは思ってもみなかったがな」

 「共闘ということは、御二方、敵とみなしてよろしいということでしょうか」

 「まあ、そうなる」

 「でしたら簡単な話で助かります」

 一人静は、仮面の奥に瞳を隠したまま、オールを構える。

 「御二方、ここから退いていただきます」




 同じころ、別の場所では雅楽という男が仁王立ちでそこに佇んでいた。

 「誰だ、お前ら」

 真っ黒な髪に真っ黒な服、そして翼。

 男たちの姿を見たことがないわけではなかった雅楽だが、一体全体自分にどういった用事だろうと口を開く。

 しかし、男が先に口を開く。

 「人間風情が。大人しく死ぬというなら、痛い思いはさせないがどうする」

 「ヴィルズ、そういう言い方は良くない。こういうとき、ちゃんとこの国では名乗ってから色々始めるんだってよ」

 「必要ない。こいつは雅楽。名前はすでに聞いていて知っている。人間の癖に生意気に呪われた哀れな奴だ」

 「俺はダスラ。ごめんね、こいつこの前の四神との戦い以来、なーんか人間を皆殺しにしないと気が済まないってずっと言っててさ」

 2人の話を聞きながら、雅楽はすでに札を取り出して2人の周りにばらまいていた。

 「・・・・・・」

 しかし、そんじょそこらの悪霊などであれば簡単に吸い込んでしまうその札が、ボロボロと崩れていく。

 それを見て、雅楽は腕に巻いてある呪符が連なったものを解いていく。

 「俺たちはそんなものでは封印も退治も出来ないぞ」

 「随分と五月蠅い奴らだな」

 「あ?」

 解かれた呪符は雅楽の身体の周りを自由自在に動き始め、雅楽が特に何もしなくてもヴィルズたちの方に向かって急に伸びてくる。

 大したことないだろうと、ヴィルズはそれを手で払おうとしたのだが、その呪符に触れた途端、ピリ、と何かが走った気がして、反射的に呪符から離れる。

 「どうした?」

 少し離れたところに移動したヴィルズの後を追って来たダスラが、思っていたものとは違う行動をとったヴィルズに尋ねる。

 ヴィルズは先ほど自分が何か感じた指先を見てみると、そこは僅かに火傷のような痕がある。

 感覚を確かめるようにその火傷した指を他の指で摩ってみると、まだ少し熱い気がする。

 「・・・あいつらとはまた違うな」

 ぼそっと言ったヴィルズの声が聞こえたのは、近くにいたダスラだけだ。

 首を傾げながら何のことかと聞こうとしたが、ヴィルズが言った“あいつら”が誰のことを指すのかがすぐに理解でき、少しだけ顔を引き締める。

 一方、2人のことをじっと見ている雅楽は雅楽で、まったく面倒なことに巻き込まれてしまったと、ある人物のことを思い出していた。

 「(急に現れるから何事かと思ったが、こういうことか)」

 そして、小さくこう言った。

 「気合い入れないとな」




 1人颯爽とどこかへ向かっていたイベリスは、何か良い香りがしたかと思うと、身体がそちらに向いてしまう。

 「あれ?」

 そこは、自分が向かっていた場所とも違い、思っていた場所とも違っていた。

 というよりも、いきなり何かが自分にぶつかってきて、地面に思い切りめり込まれてしまったのだ。

 力付くでそこから這い出てみると、すぐ目の前に、そう本当に眼前に、誰かの足元が見える。

 ででん、ででん、と音が聞こえてくるような感覚で少しずつ顔を上に向けて行くと、そこには見たことの無い男が立っていた。

 男はイベリスを一瞥したあと、にっこりと微笑みながらこう言った。

 「うん、まあまあ美しいね」

 「え?あ、おう、サンキュ」

 謎の発言に、イベリスは目をぱちくりさせる。

 それからすぐに身体を起こして男に話しかけてみる。

 「いてて・・・。お前さ、もしかしてテトとかって奴?ジューク?」

 「テト?ジューク?俺が?」

 「ちょっと探してんだよな。お前違うんだ?じゃあ、どこにいるとかって分かるか?」

 「うーん・・・そうだなぁ・・・」

 男は薄い水色の髪を綺麗に、艶やかに、それはもうどんなトリートメントを使っているんだろうと思うくらいに艶々の髪を、どこから吹いてきているのかも分からない風に靡かせながら、顎に手を置いて何か考えている。

 その瞳は薄い髪の毛とは違ってとても濃く綺麗な青をしている。

 それから、首に何か痣がある。

 色白で綺麗な顔をしているな、なんて思いながら男を見ていると、男はイベリスに見られていることに気付き、とても色っぽく微笑んだ。

 「ああ、そういえば、名乗っていなかったね。ごめんね」

 「え?ああ、え?あ、俺もか?俺は」

 「イベリスでしょ?今際のイベリス」

 「え?ああ、そうイベリス」

 名乗ろうとするその前に、男はイベリスのことを知っていたらしく、その名前を簡単に口にする。

 綺麗な顔した兄ちゃんだな、くらいに思っていたイベリスは、男から何か良い香りがすることに気付く。

 クンクンと何の香りかと思っていると、男はクスクス笑いながら教えてくれた。

 「鼻がいいんだね。ワンちゃんみたいだ。これはね、お気に入りの香水の香りだよ」

 「香水・・・?」

 「そう。トップにはアップルとベルガモット、ローズ。ミディアムにはレモン、ジャスミン、リリー。それからラストにアンバーと・・・」

 「ああ、悪い。俺わっかんねぇわ。けど良い匂いだな。でも、何か別の香りもすんだけどな。気のせいか?もっとこう・・・頭の中がふわふわする感じの・・・」

 男が次々に口にしていく単語に、イベリスはギブアップしたらしい。

 それよりも、男から他にも何か香りがするらしく、イベリスはそっちの香りの方に興味があるという。

 すると、男は嬉しそうにイベリスに近づいていき、目をキラキラさせながら言う。

 「助かるなぁ!!!仕事が早く済む!!!」

 「え?仕事?」

 「君みたいに犬並みの嗅覚を持つ人はなかなかいないんだよ!!この美しい香りに包まれる幸せを知らないで生きているなんて寂しいじゃないか。研究に研究を重ねて、色んな香りを開発したんだ!!!」

 「・・・え、自分で作ったのか?すげー・・・てか、え?俺のこと犬並みの嗅覚って言った?褒めてる?これ褒められてる?」

 「素晴らしいよ!!!時間がかかったらどうしようかと思っていたんだけどね、これなら思っていたよりも早く終わるね!」

 「終わるって何が?」




 一人静は苦戦していた。

 以前簡単に折れたはずの死神の鎌が、圧倒的に頑丈になっていたのがその要因の一つだ。

 死神は一人静と同じように海面での戦いとなっているのだが、ライという悪魔は空中からの攻撃を仕掛けてくる。

 特注の舟のお陰でなんとかなっているが、オールを使って一気に距離を取ろうと思っても、それをさせまいと死神が鎌を振るってくる。

 頑丈さには自信がある月下美人のオールではあるが、死神の鎌の頑丈さに少しだけため息が漏れる。

 「おい」

 ライに呼ばれ、一人静は耳だけをそちらに向ける。

 数秒間、沈黙がその場に生まれたのだが、すぐにライが話し出す。

 「お前、視覚を使わずに戦っているのか」

 「・・・・・・」

 目元には仮面をつけ、それを隠すようにさらにフードを被ってはいるものの、仮面の下につけている、目元を覆う布に気付くはずはない。

 一人静は死神から情報がいったのかとも思ったが、どうやら違うらしい。

 「なぜ万全の状態で戦わない」

 「今それにお答えする義理は無いかと」

 「視覚は何よりも多くの情報を一気に手にすることが出来る。それを放棄するということは、その時点で不利のはず。それでもその状態で戦い続けることに何の意味がある」

 ばさ、と大きなそのライの翼が羽ばたく音が聞こえてくる。

 しばらく何も答えない一人静に、ライは舌打ちをしながら顔を顰めて死神の方を見ると、死神はただ一人静の方を一瞥している。

 ライが一人静に攻撃をしようとしたその時、ゆら、と一人静が動いた。

 思わず動きを止めたライは、しばらく一人静の様子を見る。

 「・・・もしも」

 「あ?」

 「もしもこの世から光が消えたら、と考えたことがありますか?」

 「・・・何言ってんだ?」




 「もしもこの世から音が消えたら。感覚というものは持っていれば確かに便利です。特にこと視覚に関しては。それは重々承知しております」

 「だったらなんでだ」

 ライは翼を器用に動かして、一人静や死神と同じくらいの目線になるよう下りてくると、そこで停止する。

 足元が水につかないくらいの、程良い場所で留まると、一人静の次の言葉を待つ。

 ふと、ライの前を蝶が飛び泳ぐ。

 その蝶に目を奪われていると、そのうち一人静が話し出す。

 「不自由なく生まれてくると、もしもの世界に陥ったとき、最も弱く脆いと思いませんか」

 「・・・それは人間の話だろ?」

 「ええ、そうです。人間の話です。私もあなたも、もとは人間ですから」

 「・・・!!!!?」

 その言葉に、ライは思わず羽根を一人静に向けて飛ばしていた。

 物凄いスピードで飛んで行ったその羽根は、一人静の舟の蛇によって食われてしまったが。

 「お前、何を言っている」

 「・・・・・・違いましたか?てっきり、あなたも人間だったのかと思っていましたが」

 「喧嘩売ってんのか」

 「滅相もございません。私、喧嘩というものがとても苦手でございますので。出来れば、争いなどせず平穏に暮らしたいと思っております」

 「てめぇ・・・」

 ライがそう言ったところで、死神が鎌をひゅん、っと軽く振っただけでライと一人静の間に風の刃が通る。

 仕方なく一人静から離れたライだが、まだ少し不満そうだ。

 「それから・・・」

 そう言うと、一人静は死神の方を見る。

 「あなたも、同じ穴のムジナですね」

 「・・・・・・」

 「・・・おいおい、冗談じゃねえぞ。俺は本来そこまでキレねえんだ。けどな、今回は無理だ。人間扱いされて、挙句の果てにてめぇらもともと人間だぁ?ふざけんな」

 ブツブツとキレながら何かを言うライを他所目に、一人静はオールをクルクルと回したあと、優しく摩る。

 「では、こちらもそろそろ攻撃させていただきますね」

 ようやく一人静が攻撃をしようとしたため、ライは小さく笑った。

 死神が鎌を振るったのと同時に、ライはその風に乗って一人静に一気に近づくと、翼を動かして一人静の眼前を翼で覆う。

 その間に死神が鎌を何度も動かし、一人静に向けて複数の刃を襲わせる。

 大体は舟の蛇が喰らってしまい、残りはオールによって制止される。

 ライと死神は一人静に反撃をされないよう、続けざまに攻撃をしていくが、一人静がオールを振りかぶったかと思うと、ライに向けて一気に風を起こす。

 死神の風と大差ないだろうと思っていたライだったが、一人静が起こした風は意思があるように動き出し、ライの翼を持って川の中へと潜っていく。

 少し風にまとわりつかれていたライだが、ようやく解放されたため、水中を翼を動かして移動する。

 バシャン、と大きく水しぶきをあげて川の中へと入ったいったあと、少しの間出て来なかったライを気にしていた一人静だったが、死神が一人静に近づいてきたため、一人静は距離を取るためにオールを構える。

 しかしそのとき、舟がぐらついた。

 「・・・っ」




 なんとか持ちこたえたものの、ライは川の中を空中同様に動き回っているらしく、川の中から舟を攻撃してくる。

 蛇は川の中にも対応しているためライの動きを止めようとしているのだが、あまりに速いためなかなか上手くいかないようだ。

 ジャバ、と川の中からようやく顔を出してきたライは、水面にて戦っている死神と一人静の様子を見て、再び川の中へと潜る。

 どうやら翼は防水も兼ねているらしく、川の中だろうと摩擦もなくスイスイ進めている。

 船底なら狙いやすいかとも思ったが、蛇は2匹いるため、1匹は水面で一人静を助けており、もう1匹がライの動きを封じようとしていた。

 伸縮性もあって頑丈で、しまいには毒も出せるらしいその蛇を相手にするのは手こずったが、蛇が1匹だけなら、なんとかなりそうだと、ライはニヤリと笑う。

 そして、ライは少し離れた場所から思い切り翼を動かす。

 川の中では急に巻き起こったその風に、まるで渦巻きのように回転を始める。

 「・・・!!」

 死神はすぐさまその場から離れるが、一人静はすでに舟がひっくり返ってしまったため、川の中へと落ちた。

 まだ光が届くほどの深さであることを理解した一人静がすぐに水面に顔を出しに行こうとするも、ライがすぐそこまで来ていた。

 オールをなんとか動かせば、ライの翼の風と拮抗するように打ち消し合い、その間に蛇が一人静を水面に連れて行く。

 舟は元に戻り、一人静は定位置へとつく。

 はあ、はあ、と珍しく息を切らしながらも、一人静は濡れていなかった。

 その姿に、川の中から出て来たライは眉間にシワを寄せる。

 「なんだ?お前・・・」

 蛇が一人静の方に顔を近づけていったかと思うと、一人静は蛇の頭を撫でる。

 すると、舟はぐんぐんと大きくなり、これまでよりも一回りほど大きくなる。

 さらに、オールまで大きくなっている。

 「これで、先程よりは揺れにくいかと思われます」

 「・・・へえ。万能だな。欲しいな、それ」

 「それはご了承くださいませ。こちら、舟もオールも私無しでは機能いたしませんので」

 「尚更欲しいな」

 舌舐めずりをするライを、死神は無表情に眺めていた。

 それは、一人静も同じこと。




 「すごい量だな。持ってきた札じゃ吸いきれない」

 「そりゃあな。人間ごときと同じだけの恨み辛みじゃねえさ」

 雅楽は、常に持ち歩いているお札を全て使いきってしまっていた。

 真っ黒になってしまったソレを、雅楽はしばらく見つめたあと、自分の指先を歯で切り、紙に何かをしてからしまう。

 「さて、どうする?」

 「所詮は人間だな。相手にならない」

 そんな言葉に特にカチンとすることもなく、雅楽はヴィルズとダスラをただ見る。

 そこにどんな感情があるのかなんて、きっと雅楽自身にもわからないだろう。

 ダスラはまあまあ、と適当にヴィルズをあやしていると、すぐ後ろまで雅楽が来ていることに気付き、慌てて翼を動かしてその場から一旦移動する。

 「あれ?」

 バサッ、と大きく翼を動かして雅楽の場所を把握しようとしたダスラだったが、目の前にいると思っていた雅楽がどこにもおらず、辺りをキョロキョロ見渡す。

 「そこにいるぞ」

 「へ?」




 ヴィルズが慌てた様子もなくそう言ってきたため、ダスラは“そこ”とは“どこ”だろうとまた無意識に翼を動かしたその時だ。

 「見た目通り、頑丈な翼だな」

 なんてことはなさげに、雅楽はダスラの翼に乗っていた。

 器用にバランスを取りながら立っていた雅楽にようやく気付いたダスラは、先程よりも大きく翼を動かし、風を起こしてバランスを崩そうと試みる。

 ようやく雅楽はダスラの翼から下りたのだが、それと同時に、雅楽を纏う空気が一気に変わり、もはや人間とは言えないものへと変貌していた。

 ダスラは思わずゴクリと唾を飲み込み。

 その横では、ヴィルズが冷静に話す。

 「なるほどな。道理で、どんな悪にとり憑かれた人間であっても、無駄なわけだ」

 人間とは思えぬそのおぞましい空気に、ヴィルズとダスラは気合いを入れるように翼を大きく動かす。

 ふと、雅楽の方から黒い闇のようなものが、ヴィルズとダスラを覆い囲むようにして襲ってくる。

 その場から離れようとするも、その闇はどこまでも2人を追って来て、風を起こして浮き飛ばそうとするも、それは物質的なものではないらしく、無意味だった。

 「ヴィルズ、どうする?なんだありゃ」

 「おそらく、あいつの身体に溜まった“人間の・・・」

 そこまで言ったところで、その闇の中から何か糸のようなものが現れ、ヴィルズとダスラの翼を拘束する。

 「へっ、こんなもん簡単に・・・」

 と思ったダスラだが、それが急に燃えだしたため、まるでムンクの叫びのような仕草をしたあと、込められるだけの力を込めて、その糸をブツン、と切る。

 「わちゃちゃちゃ!!あっぶね。まじか。そういうことも出来るんだ。へー・・・」

 「油断するな、阿呆」

 「油断はしてねぇけどな。まーさかと思っただけよ」

 そう言うと、今度はヴィルズたちが反撃に出る。

 雅楽に向けて、その真っ黒な羽根を次々に物凄いスピードで飛ばしてくる。

 いや、飛ばしてくる、という表現が合っているかと聞かれると、合っていないのかもしれない。

 なぜなら、その羽根は一枚でコンクリートの壁を破壊する力を持ち、刃のように斬り刻み、スレスレで避けるのがやっとなほど素早く、一度避けても何かに衝突するまで動き続け、そして重いらしい。

 右に左に視線を動かしながらそれらを把握した雅楽だが、正直、避けるので手いっぱいだ。

 「・・・・・・」

 「・・・・・・」

 「・・・・・・」

 「おい」

 「なんだ」

 「その翼は何枚くらいあるんだ」

 「あ、どのくらい避ければいいのか計算しようとしてる」

 「ダスラ五月蠅いぞ」

 「うっそ。これで五月蠅いの?」

 真剣に聞いているのかそうじゃないのか、雅楽が急に聞いてきた質問に対し、ヴィルズはただ雅楽を見ている。

 答える気があるのかどうかさえわからない状況だが、先に動いたのは雅楽だった。

 「そうだったな。悪魔の翼は重い。それでも簡単に空中を舞えるのは、その罪の重さを自覚、認識していないから」

 「どこのどいつがそんなこと言い出したんだか知らないが、俺達は罪など犯していない。それが真実だ」

 「知ってるか。真実なんてものは簡単に歪むんだそうだ。それから、真実にとって一番の敵は信念らしい」

 「なんの話だ」

 「お前らの存在は滅する必要があるということだ」

 少しの間大人しくしていたダスラがクツクツと喉を鳴らして笑う。




 「人間らしい発想だ。俺達を滅する?それが出来ずに何千年経っていると思う?」

 まるで美しい舞台でも観ているかのように、ヴィルズとダスラの周りには、黒い羽根がキラキラと太陽の光を浴びながら落ちていく。

 その様子を見ていた雅楽に、ヴィルズが徐に尋ねる。

 「お前はなぜ、こんなことをしている」

 「・・・・・・」

 「呪われて、それでもなお人間側につくか。いっそのこと、こちら側に来れば楽なものを、なぜだ?」

 「確かに。理不尽だよね。君はこうして頑張って戦ってるのに呪いから解放もされずにいて、守られていることも知らない人間たちはのうのうと生きている。どうしてだろうね?」

 「・・・・・・」

 生温い風が吹いて、雅楽の紫色の髪を緩やかに靡かせる。

 それはヴィルズたちも同じことで、その真っ黒で綺麗な髪は、風が吹く方向へと誘われるように優雅に泳ぐ。

 「理解出来ないだろうな」

 「あ?」

 ようやく聞こえた雅楽の言葉に、ヴィルズはピクリと怪訝そうな表情を浮かべる。

 「例え呪われようと、気付かれず死んでいこうと、この道を選んだ理由がある」

 「それは何だ?」

 「それを言ったところで、お前たちには理解出来ない」

 「・・・理解出来るか出来ないかはさておき、言ってもいいんじゃねえの?言ってみねぇと理解出来るかどうかもわかんねえし」

 「いや、わかりきっていることだから」

 「おい、言えって。なんで言わねえんだよ」

 「だからどうせ理解出来ないって」

 「ムカつく野郎だな。なんだこいつ。なんで言わねえんだよ。なんでそんな頑ななんだよ。ちらっと教えてくれたっていいじゃねえか」

 「そこまでの仲でも無いから無理」

 「・・別に知りたくねえし。そんなに知りたくねえからいいけど」

 「・・・ヴィルズが拗ねた」

 「そんなことより」

 そんなこと、と言われてしまったため、ヴィルズはカチンと来たものの、それを見せては負けだと思ったのか、涼しい表情で雅楽を見る。

 何を言うのかと思ったら、こんなことを言われてしまった。

 「そういえば、お前ら負けたんだろ。ボロボロに。なのになんでまた喧嘩吹っ掛けてきたんだ」

 「「・・・・・・」」

 そう、悪魔たちは以前鳳如たちのいる四神と戦い、形式上負けた。

 とはいえ、あの戦いにはぬらりひょんたちも参加していたため、致し方ないといえば致し方ないのだが。

 雅楽の言葉のチョイスに苛立ったのか、それとも“負け”というワードに引っ掛かったのか、それともまた別のことなのか。

 ふつふつとわき上がるものはあったが、なんとか堪えたヴィルズは、鼻で笑いながら答える。

 「一体何のことだ」

 「・・・・・・ああそうか。恥ずかしくて負けたことを認められないのか。でも敗北はちゃんと受け止めた方がいいぞ。その方が次の成長に繋がって・・・」

 と話したのは良かったのだが、雅楽の全てに何か苛立ちか何かを覚えたヴィルズは、雅楽の顔面を掌で掴み、そのまま地面に押し倒した。

 同時に、脳内に刺激を与えると、ゆっくりと雅楽から数歩後ろに離れる。

 むくり、と起き上がった雅楽だったが、その様子はどこかおかしい。

 「ヴィルズ、幻影見せてるの?人間相手にそこまでする?」

 「こいつは人間であって人間じゃない。人間扱いをする必要はない。それに」

 ちら、と雅楽を見てから続ける。

 「あいつらのために用意しておいた技だったが、本当に効くのか試しも必要だろ」

 やれやれと、ダスラは肩を竦める。

 どこを見ているのか分からないが、視線の向きとしてはきっとその辺の地面だろうか、とにかくそのあたりを見ている雅楽は、少し上半身をゆらゆらと揺らしている。

 「さっさと始末しておくか」

 そう言ってヴィルズが雅楽に再び近づいて行くと、雅楽の少し前で足を止める。

 どうしたのかと確認しようと、ダスラも同じように雅楽に近づいていくと、同じように雅楽の少し前で足を止める。

 「・・・・・・」

 何を言っているか聞きとれないほど小さな声で、ブツブツと何かを言っているようだ。

 あまりに小さいため、聞き間違いかとも思えるほどだが、確かに何か言っているようだ。

 「・・・!!!」




 「うん、変わり無く美しい」

男は椅子に座って足を組み、紅茶を飲みながら、テーブルに置いてある大きめの鏡を見てそう言っていた。

 口角を上げながら優雅にティータイムの時間を過ごしている男からほんの少し離れた場所に、それも地面に横になっていた。

 寝ているのかと思いきや、どうやらそういうことではないらしい。

 ピクリとも動かないばかりか、そもそも息をしているのかさえわからない。

 しかし、男は特に気にしていないようだ。

 「うーん、良い香りだ」

 そんな悠長なことを言いながら、紅茶のおかわりをしようとしている。

 「・・・・・・何か用かな?」

 新しく注いだ紅茶の香りを楽しむために目を瞑っていた男だったが、ゆっくりと目を開けたかと思うと、まだ残っている紅茶をテーブルに戻す。

 ちょうどそのタイミングで、男の前にあったはずのテーブルが消えた。

 正確にいうと消えたわけではなく、その場に現れた人物によって、蹴飛ばされてしまったのだ。

 ガシャン、と大きな音を立てて割れてしまったカップや零れた紅茶、壊れたテーブルを見て、男は少しだけ笑みを消す。

 次の瞬間、またしてもその人物は男の椅子を、男ごと蹴飛ばそうとしたのだが、男はすでにそこにいなかった。

 椅子だけが虚しく宙を舞い、そのままテーブルたち残骸と同じようになってしまった。

 「誰かな?急に現れて酷いじゃないか。一体、どういう心算なのかな?」

 「へへ」

 「結構高かったんだけどなぁ・・・。お気に入りだったのになぁ・・・。弁償はしてもらえるのかな?それとも、する心算はないのかな?」

 「お前さ、何処の誰だ?」

 「・・・そうか。そういうこと。君もあの男みたいにテトたちを探してるってことかな?それでわざわざここに?」

 「ああ。こいつらが話してるの聞いてな。面白ぇ奴がいるんだな。で、俺の仲間にしようと思ってよ。居場所知ってんだろ?」

 「確かにテトは美しい。だが、ジュークは少し身だしなみを気をつけるべきだ。美しい髪を持っているのにもったいない。会う度に注意しているんだがまったく言う事を聞かない」

 「じゃあやっぱ知ってんだな?」

 「だからといって、教えるわけないよね?ティータイムを邪魔されてさ」

 「・・・あ?」




 ここでようやく、地面に倒れているイベリスに気付いたらしい。

 足でツンツン、というよりも思い切りゲシゲシと蹴って動くかを確認したところ、へにゃり、とまるで軟体動物のように動く。

 思っていた動きとは異なったからか、気味悪そうに顔を引き攣らせたあと、目の前にいる男に聞く。

 「お前がやったのか?何者だ?」

 「まずは自分から名乗ったらどうかな?」

 「俺はガラナだ。あいつら残り全員を今度こそ絶対に殺して、琉峯の力も奪って、四神の力も俺のものにするんだ」

 「・・・君たちはどうしてそんなに醜い争いをするんだろうね」

 「あ?なんだぁ?」

 「汗臭い、血臭い、泥臭い。そんな美しくない姿になんてなりたくない」

 「・・・・・・」

 「だいたいにして、どうして俺じゃなくてあいつらを御所望なんだ?俺の方が美しいのに、なぜ?」

 「何処に居るか教えろ。素直に言えば痛い目に遭わせねえようにするぜ」

 少々の呆れを見せながらもガラナがそう言うが、男はまったく聞こえていないのか、髪ばかり気にしている。

 何度か「おい」と声をかけてみたガラナだが、男が一向にガラナの方を見ようともしないし話も聞こうとしないため、ググ、と足に力を入れて一瞬にして鈴香に近づく。

 そして腕をチャ―ンソーにして、そのまま男を仕留めようとした。

 「俺がなぜ美しいか知りたいのかい?」

 急に顔をガラナの方に向けて来たため、ガラナは少しだけビクッとしてしまったが、そのまま腕を振り下ろす。

 斬った、確かに感触があったはずなのだが、そこに男はいなかった。

 代わりに、大きな岩が真っ二つになっていた。

 ちょんちょん、と自分の背中をつつかれたため、ガラナは思わずチャ―ンソーになっている腕を振り回しながら振り返ると、そこにはすでに距離を取っている男が立っていた。

 「・・・・・・知らねえぞ、お前みたいな奴」

 「初めましてだからね」

 「そういうことじゃねえよ。聞いたことねえって言ってんだよ。普通、お前みてぇな奴がいたら耳にくらい入ってるはずなんだがなぁ・・・」

 「美しいからね。妬みを買って、きっと誰も俺の事を話したがらないんだよ。・・・ところで」

 それまでとても穏やかに微笑んでいたはずの男が、ここにきてようやく目つきを変える。

 ガラナはゾクリとした感覚を覚えるが、どうもそれが恐怖などではなく、好奇心を刺激してしまったらしい。

 唇を舌でぺろっと舐め、まるで獲物でも見つけたかのように鼓動をバクバクさせていると、男はこんなことを聞いてきた。

 「もしかして、さっき言ってた“あいつら”っていうのは、あのいつも体育会系の暑苦しい奴らのことかな?」




 「あ?ああ、そうだ。この前1人殺せたんだけどよ、とはいっても、俺1人の力じゃねえけど。ま、結果オーライだな。んで、残りも殺してぇから、そのなんだ?テト?とかって奴らを俺の糧にしてやんだよ」

 「・・・・・・」

 「どうした?怖気づいたのか?怖ぇならここでスパッと綺麗に美しく散らせてやるぜ?美しいのが望みなんだろう?」

 両手を天に向けるようにして高らかに笑うガラナ。

 一方、先程まで優雅に微笑んでいた男は、黙り込んでしまった。

 それを見てニヤリと笑ったガラナは、男に向かって突進していき、男との距離を詰め、綺麗に首を狙っていく。

 だが、狙ったはずの男の首はまだそこにちゃんとくっついており、ガラナは目を見開いて驚くが、すぐに男の居場所を把握するとガラナは空中で方向転換をする。

 空中であるにもかかわらず、まるでそこに壁があるかのように勢いをつけて男に飛びかかるガラナは、チェーンソーの腕を伸ばして男を斬ろうとする。

 その時ようやく、男は冷たい笑みを浮かべて、こう言った。

 「俺は鈴香。通称“至美の鈴香”。以後はないだろうけど、よろしくね」




 「また来たのか?本当に暇なんだな、お前ら悪魔ってやつは。こっちは忙しいんだ。相手してる暇なんてない」

 「忙しいのは、あの男が死んだからか」

 「・・・・・・」

 鳳如のもとには、魔王でもありライの父親でもあるガイが来ていた。

 現在、鳳如は帝斗たちのいる本陣へと向かう途中、閻魔と一緒だ。

 煙桜のことがあって、色々と話し合う事が必要だったためその時間を取るために閻魔と会い、他にも色んな奴らと会って軽く話しをした帰りのことだった。

 いきなり目の前に現れたガイ、そして閻魔の前にいる夜焔に、2人はやれやれと心の中でため息を吐く。

 そのため息の中には、こんなタイミングで来なくても、というものもあれば、つい最近も会った気がするからなんか顔を見たくない、というものもあるし、戦うのかな、嫌だな、面倒臭いな、というものもある。

 多分最後の理由が8割ほどを占めている。

 「この前尻尾巻いて逃げたと思ったけど、またノコノコやってきたんだ?」

 面倒臭そうに鳳如がガイたちに言うと、それに答えたのは夜焔だった。

 「君たちの実力は侮れなかった。だから、周りから崩して行こうと思ってね」

 「周り?」

 「そう。それと同時に、あの2人を手に入れようと思ってね。君たちの仲間のところにも、今頃行ってると思うよ」

 「・・・・・・」

 夜焔のいう“2人”というのが誰のことを指しているのかが大体分かった鳳如と閻魔は、互いの顔を軽く見て、またため息を吐く。

 ふと、鳳如は何かを思い出したようで、ガイに向かってこう言う。

 「確か1人、翼が戻らない奴がいなかったか?まさかそいつも来ているのか?」

 「・・・技術者がいるんだ。そういうことに長けた、な」

 「技術者?誰のことだ?」

 「言うわけがない」

 「どうせまがい物だろ。そのうちすぐ壊れるぞ」

 「いや。あれは技術と呼ぶのは少し違うな」

 「お前が技術者って言ったんだろ」

 「あれは・・・魔術のような」

 「はあ?悪魔のお前がそんなこと言う?誰だよその、悪魔の翼を作っちまうような技術者?って奴はよ」

 「あ、俺知ってるかも」




 鳳如とガイの話に割って入ってきたのは、鳳如の隣で今にも寝そうな感じに目を細めていた閻魔だ。

 急に目を開いたかと思うと、その知っているはずの情報を思い出そうと必死になっている。

 なかなか思い出せないのか、閻魔は腕組をしながら首をあちこちに動かして頑張っているが、その空気に緊張感は一切ない。

 「それより」

 そんな閻魔を他所に、ガイが鳳如に尋ねる。

 「ぬらりたちは今何処に居る」

 「さあ?いつもこっちにいるわけじゃねえし、知らねえよ。そもそもお前ら、あいつらが来たら勝ち目ねえだろ?」

 「どうだろうね?」

 鳳如の言葉に、夜焔が余裕そうに答える。

 なにやらざわつくものを感じた鳳如だったが、それよりも隣で未だうなっている閻魔の方が気になってしまう。

 というよりも、今無理に思い出さなくてもいいと伝えると、閻魔は「わかった」と言いつつ、自分が気になっているらしく、まだ眉間にシワを寄せていた。

 「確かに、これまでを振り返れば、我々の負けかもしれない。結果論ではね。まあ、それは君たちに“正義”という肩書きがついていたこともあったからだろう」

 「正義という肩書きだぁ?」

 「そう。正義を勝たせなければならないという思いこみが、そうさせていたんだろうね。だが、ここから先はそうはいかない」

 「いちいち癪に障る奴だな」

 「なんかごめんな」

 閻魔が悪いわけではないのだが、一応閻魔の顔見知りということもあってか、なぜか閻魔が鳳如に謝る。

 夜焔は特に気にした様子もなく、ただにっこりと笑みを向けてくる。

 「で?何だ?ぬらりたちも仲間に引き込んで俺達を潰そうってか?」

 「いや。あいつらを引きこむのは難しいだろうね。これまでにどんな奴を使っても、靡くことがなかった」

 「だが、何か勝算を見つけた、ってことか」

 腕組をしながら首を傾げるような体勢で夜焔を見ながらそう言えば、夜焔は笑みを崩さぬまま、鳳如と同じように首を傾げてみせる。

 その行動にもピクリと反応をした鳳如は、傾けていた自分の首を真っ直ぐに正す。

 「ちっ」




 「あ」

 ふと、閻魔が何かを思い出したように口を開く。

 何事かと、鳳如だけでなく夜焔とガイも閻魔の方を向くと、閻魔はあくまでマイペースに話し始める。

 「そうだ。空也たちから聞いたんだ」

 「空也?・・・って、あの空也か?何を?」

 「もし」

 閻魔と鳳如の言葉を遮って、夜焔がこんなことを口にする。

 「もし誰しもが夢を叶えることが出来るなら、世界はどうなるんだろうね?」





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