行きたいところ
詩音がキッチンに経ってから三十分程するとキッチンの方からカレーの美味しそうな匂いが漂ってくる。今の時間は昼の二時を過ぎているのでこの匂いのなかひたすら料理ができるのを待ち続けるのはかなり辛いものがあった。
それから、十分ほどすると詩音がカレーの入ったお皿を持ってきてくれる。ここまで俺は何もせずに待っていたので、今更ながらもこれでよかったのかだろうか? だが、料理なんてしたことない俺が手伝えおうとしても邪魔になるだけになる可能性の方が高いのは間違いない。
「おまたせ! それじゃあ、食べよっか!」
「そうだな。いただきます」
「召し上がれ!」
詩音に見守られながらも、カレーをスプーンですくって口に運ぶ。普通に……いや、かなり美味しいなこれ。野菜も食べやすいよう全て一口サイズに切ってくれているのでかなり食べやすい。
俺は無言でひたすらカレーを口に運び続ける。比べるのも失礼な話なのかもしれないが、食堂のカレーに比べて遥かに美味しい。これだと、次から食堂のカレーじゃ物足りなくなってしまいそうだ。
結局、お皿が空になるまで無言で食べ進めていた。お皿が空になると詩音がこちらを見ていたことに気づく。自分のカレーにはまだ手をつけていないようなので、ずっと俺の事を見ていたのだろうか?
「食べないのか?」
「食べるに決まってるでしょ! けど、龍斗くんが美味しそうにずっと食べてたから」
「あぁ、美味しかった」
「ふふ。最初はなにか感想はないの? って思ってたんだけど、美味しそうに食べてる龍斗くんを見てるとそれだけで満足しちゃったよ」
「そうか。こういう時は最初に感想を言うべきだったんだな」
詩音の言う通りせっかく作ってもらったのに無言で食べ進めるのも良くなかったように思う。不幸中の幸いと言うべきか、詩音はそんなに気にしてなさそうなので良かった。またご飯を作ってくれる機会があれば、その時は最初に感想を言おうと思う。あわよくば、俺も少しくらい手伝いが出来ればいいのだが今後の課題である。
「龍斗くんの口に合わなかったらどうしようとか思ってたから杞憂に終わったみたいでよかったよ! おかわりはいる?」
「あぁ、食べたい」
「了解!」
詩音は俺の空いた皿を持ってキッチンに行っておかわりを入れてきてくれる。二杯目のカレーは詩音と話しながらゆっくり食べ進めていく。
「龍斗くんはどこか行きたいところとかある?」
「行きたいところか……思いつかないな」
「えー。私は龍斗くんと行きたいところはたくさんのあるのに!」
「それなら、詩音の行きたいところに行けばいい。俺でよければいくらでも付き合う」
「俺でよければって、龍斗くんとだから行きたいの! それに、私の行きたいところに付き合ってくれるのも嬉しいけど龍斗くんもどこか行きたいところ考えといてね!」
考えておいてね! と言われても、誰かと遊びに行ったことなどない俺にとってはかなりの難題であった。基本的に休みの日は家で過ごしていることがほとんどだ。たまに本屋さんに本を買いに行ったり、実家にいた頃は朱音の買い物に数回付き合った程度である。
行きたいところといえば、強いて言うなら本屋さんだが詩音はあまり本を読んでいるイメージは無いので楽しめないような気がする。それ以外のところとなると現時点では何も思いつかないので今後考えていくことにしよう。
「それじゃあ、来週の休みは私の見たい映画があるから一緒に行こ!」
「別に構わないが、なんの映画が見たいんだ?」
「それはね! 今流行りの恋愛映画です!」
詩音が見たいと言っている映画は俺でも知っているタイトルの映画であった。というのも、偶然にも付き合うようになった日に恋愛について理解を深めようと思って読んだ本がちょうどそれだったのだ。
本を読んだ時には全く理解できなかったが、映画で見れば本を読むよりも理解が深められるかもしれない。
それからは、夕方の六時を過ぎるまで詩音の他にも行きたい場所は来月末に控えている文化祭についてなどを話して過ごしていた。
「それじゃあ、私そろそろ帰るね」
「あぁ、分かった」
詩音が帰り支度を済ませると、一緒にマンションの下まで降りていく。
「それじゃあ、今日はありがとね! また来てもいいかな?」
「詩音が来たい時に来ればいい」
「ありがとう! それじゃあ、また学校でね!」
「あぁ、学校で」
詩音の姿が見えなくなるまで見送ってから、部屋へと戻るといつもよりも狭く感る。たった、数時間だというのに詩音はかなり俺の家に馴染んでいたようだった。
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