初めてのお出かけ
俺と詩音はマンションから十五分ほど歩いたところにあるスーパーマーケットに来ていた。家の近くにあることは知っていたが、徒歩五分圏内にコンビニがあったので買い物は基本的にコンビニで済ませていた。なので、ここに来たのは初めてだ。
今日のお昼は詩音が作ってくれるとの事なので、その材料を買いに来ていたのだが俺はここに来ることは基本的に無いだろうと思う。弁当なども売っているが、メインは肉や野菜、魚などなので自炊のできない俺が来る理由なんてまず無いからである。
「龍斗くんは食べたいものとかある?」
「特にないな」
「それが一番困るんだけど。何かないの?」
食べたいものか……本当にないな。けど、困ると言うならば何か答えないといけない。周りを見渡してみるも今は野菜コーナーにいるので、当然ながら野菜か果物しか売っていない。野菜や果物を見て食べたいものを考えるというのも無理な話であった。
詩音と並んで店内を見て回るも悲しいことに何も思いつかない。周りの人のカゴの中を見ても入っている食材だけでは料理経験なんて皆無の俺には何を作るつもりなのかさえ想像さえつかない。
「詩音は得意な料理とかあるのか?」
「うーん……特にないかも?」
本当に困ってしまった。これだと、俺が何かを伝えなければならない。得意な料理があるならそれを作ってもらおうと思ったのだが、どうやら考えが甘かったらしい。
こういう時は普段食べているものを答えるに限る。普段食べているもの言えば、コンビニの弁当か食堂のカレーである。答えは一択であった。
「それなら、カレーだな」
「カレーって……龍斗くんいつも食堂で食べるじゃん! 龍斗くんがそれでいいならいいんだけど」
「カレーでいい」
「それじゃあ、カレーにしよっか」
お昼ご飯に何を作るのかが決まった後の詩音の行動はかなり早かった。野菜コーナーに行って、じゃがいもや人参に玉ねぎなどカレーに必要な野菜を取りに行ったあとは豚肉やカレーのルーをカゴに入れてレジに持っていく。
会計の際に詩音がお金を出そうとしたので、それは止めて俺が支払う。お昼ご飯を作ってもらうのにお金まで出してもらうとなると、いくら俺でも少し気が引けてしまう。
会計を済ませて袋に詰めると俺達は店を後にして家へと帰っていく。
「あっ、よく考えたらこれが私と龍斗くんの初デートだね!」
「これはデートなのか?」
「うーん……確かにデートってよりは、ただのお買い物だしね。それに初デートがこれっていうのも何だか嫌だし……うん! 初デートはまたの機会にしよう!」
「どこか出かけるのか?」
「当たり前でしょ! それに、もうすぐ文化祭もあるし、文化祭が終わったら次は夏休みも待ってるからね! 学校行事も楽しんでいかないとね!」
今は五月半ばなのだが、六月末には文化祭が控えていた。なので、休み明けの月曜日から文化祭について色々と決めていくといったことも昨日のホームルームで伝えられている。
文化祭が終わると期末テストがあるが、その後には夏休みが始まる。夏休みといっても、去年までの俺はずっと家からほとんど出ることなく過ごしていたのだが今年はいつもとは違った夏休みになりそうだ。
「龍斗くんは文化祭で何がしたいとかあるの?」
「特にないな。去年も俺のクラスはお化け屋敷をしていたみたいだけど、俺は何もしてないし」
「それなら、今年こそはしっかり楽しまないとね! 私も龍斗くんと一緒に楽しみたいし!」
文化祭を楽しむか。考えたことがなかったな。文化祭に限らず学校行事で楽しむという発想は俺にはなかった。そもそも友達がいないので、楽しむとかそういう次元での話でもない気もするのだが。
「そうだな。詩音は何かしたい事とかあるのか?」
「私はクラスで喫茶店みたいなことがしたいかな! みんなでコスプレとかして! 龍斗くんは……執事だね!」
「俺が執事なら詩音はメイドだな」
「やっぱり、喫茶店はなしで!」
どうやら、詩音はメイド服は着たくないらしい。詩音ならどんな服であっても着こなしそうなのだが、詩音がこんなにも拒絶するのは珍しい気もする。
「そんなに嫌なのか?」
「いやまぁ……なんて言うか……変な人が寄ってきそうじゃない?」
「そうなのか?」
「いや、その……私って結構目立つじゃない?」
「なるほど。確かに詩音は可愛いから色々な人が寄ってきそうだな」
「!? そうなんだけど、そうじゃないの!」
つまり、どういうことなんだろうか? 詩音は時々意味の分からないことを言うということは付き合い始めて一週間で分かったことの一つだ。俺の理解力が足りないだけな可能性も大いにあるのだが、今のような肯定と否定の両方を同時に言われてしまうと俺には全く理解ができないのだ。
「龍斗くんって本当になんでもはっきり言うよね」
「言っちゃダメなのか?」
「ダメじゃないんだけど……嬉しいんだけどね? でも、急に言われると困るの!」
「俺はどうすればいいんだ?」
「うーん……そのままの龍斗くんでいいかな……」
本当に意味が分からない。詩音は俺に何を求めているのだろうか? そんなことを考えながら詩音と一緒にマンションへと帰ってくる。
部屋に戻ってくるとさっそく詩音が調理へと取り掛かる。俺は何もしなくていいと言われたので、詩音が料理をしてくれている間はソファーで本を読みながら待っているのだった。




