無自覚
詩音に手を引かれながらやってきた食堂は想像していたよりもかなり人が多かった。食堂自体がそんなに大きくないというのもあるが、それでも席のほとんどは満席となっている。
俺はカレーライスを頼んでから、詩音が先に取っておいてくれた席へと向かう。俺が近づいてきたことに気づいた詩音はさっきまで触っていたスマホを直して自分の席の横をポンポンと叩く。そこに座れということなのだろう。
「二人で食べるなら向かい合っての方が良かったんじゃないか?」
「それだと、少し遠くなっちゃうでしょ? 恋人なら少しでも近くにいたいと思うのは当然でしょ!」
その当然という感覚が俺には全くといっていいほど分からなかったが、詩音が言うならきっとそういうことなのだろう。
それにしても、食堂のカレーもかなり美味しい。この美味しさで昨日コンビニで買った弁当の半分ほどの価格とは驚きである。日本の食の価格設定はおかしいのではないだろうか? この美味しさでこの値段だと利益なんてほとんど出ないだろうに。
「龍斗くんって、カレーが好きなの?」
「好きか嫌いなら好きだな。けど、食べ物の好き嫌いは特にないな」
「本当に? なんだか、龍斗くんから嬉しそうな雰囲気を感じるんだけど?」
嬉しそうな雰囲気? 俺はこのカレーを食べて喜んでいるのだろうか? 確かに美味しいとは思うが、食事をしているだけだ。そのことに対して喜びを感じることはあるのだろうか?
「あっ、もしかして私と一緒にご飯を食べてるからだったりして!」
「なるほど。その通りかもしれないな」
「!? ……龍斗くんってサラッとすごいこと言うよね」
カレーが安くて美味しかったというより、誰かと……詩音と一緒にご飯を食べていることになら喜びを感じていてもおかしくはない。詩音は俺が恋をしたと感じて、告白して付き合っている彼女だ。そんな子と一緒に過ごせるなら嬉しくもなるのかもしれない。
今更だけど、詩音はどうして俺と付き合ってくれたのだろうか? 告白した時は純粋な気持ちからの告白。一緒にいて楽しそうと思ったからといったことを言われたが、俺のどこをそういう風に思ってくれたのだろうか?
「詩音はどうして俺と付き合ってくれたんだ?」
「……え? 急にどうしたの?」
「純粋に気になってな」
「うーん……本気で私のことを好きなってくれたのが嬉しかったからかな?」
告白した時にも言われたが、やっぱりこの理由ではしっくりこないのだ。詩音は本気の告白を受けたことがないというようなことを言っていたが、全ての告白が本気でなかったという訳でもないと思う。それに、ほとんど初対面の状態だったのにそこまで信頼してもらえる理由も分からないのだ。
「それだと、俺も一目惚れみたいな感じだったから他と変わらないんじゃないか?」
「そうなんだけど……龍斗くんのことはずっと見てたからかな」
「俺の事を見ていた?」
「うぅ……やっぱり今のなし! 恥ずかしいから、この話はこれで終わり!」
なんだか、はぐらかされてしまったが詩音が話したくないならこの話は終わりにしよう。どうやら、詩音なりにも俺を選んでくれた理由があるようなので今はそれで納得しておくことにする。
「逆に聞くけど、龍斗くんはどうして私だったの?」
「この話は終わりではなかったか?」
「私だけ恥ずかしい思いをするのは不公平です!」
「そう言われてもな……やっぱり、純粋な一目惚れだと思う」
「その一目惚れの理由を聞いてるの!」
理由と言われても、その質問に対する答えは俺にも分からない。気付いたら好きになっていたとしか言いようがないのだ。
強いて言うならば、あの時の詩音の言葉がきっかけだったのかもしれない。もっと言うならば、俺に声を掛けてくれて傘にも入れてくれたからかもしれない。家族以外の誰かに優しくされるというのは、俺にとっては初めての体験だったのだ。
「多分、詩音のあの時の言葉じゃないか?」
「あの時の言葉って……かなり恥ずかしいこと言っていたと思うんだけど」
「そんなことはなかったぞ。あの時の詩音の言葉は俺にとっては意味のある言葉だった。他には、話しかけてくれたことや優しくしてくれたこと。他には」
「ストップ! ストーップ! それ以上はダメ! 死んじゃう!」
自分から話せと言ったり、ダメだっていったり詩音は何がしたいのだろうか。それに死んじゃうってどういうことだ? 俺の言葉は呪詛か何かなのだろうか?
詩音は俯いたまま顔を上げない。心做しか髪から覗かせている耳も少し赤い気がする。
「……ねぇ、龍斗くんには羞恥心とかないの?」
「急にどうしたんだ?」
「無自覚なんだね……けど、それが龍斗くんのいいところかもね」
それからは、他愛もない話をしながら昼休みの終わりを告げるチャイムが鳴るまで過ごしていたのだった。
ブックマーク200達成! ジャンル別日間ランキングも7位獲得! 昨日ブクマ100を超えたと思ったら……☆を付けてくださってる読者様もかなり多いみたいですし本当にありがとうございます!