集まる視線
4話 集まる視線
詩音と付き合うようになった翌日。
今日から彼女のいる学校生活。どんな日々が待っているのだろうか? さらば非リア! よろしくリア充! なんて、喜べる感情も持ち合わせていなければ浮かれている余裕も俺にはない。
「どうすればいいのだこれは?」
目の前に広がるのは泡。それも、大量に溢れている泡だ。昨日着ていた服と今着ていたパジャマを洗濯機に入れたはいいが、洗濯機なんて使ったことなどなかった。とりあえず、洗濯機の横に置いてあった洗濯洗剤を入れた結果がこれであった。
一応は説明文は読んでみたのだが、この洗濯機の大きさに対してキャップ一杯分を入れろというのは常識的に考えて少なすぎるだろうと思ったのだが……どうやら、説明文は正しかったらしい。
「掃除をする時間は……ないな」
やってしまったものは仕方が無いし、時間もないので家を出て学校に向かうことにする。洗濯機の周りの掃除は学校から帰ってからでもできるだろう。
新しい家から学校までは徒歩で十分ほどの距離であり、マンションのベランダからも学校は見えていたので道に迷うことなく学校には辿りつけた。
「あっ、おはよう! 新川くん!」
「ん? おはよう」
昇降口で靴を履き替えていると、詩音が声をかけてくる。詩音から俺に声を掛けていることに驚いたのか、近くにいた生徒達からは注目をされるが詩音は全く気にもせず近づいてくる。
「改めて、今日からよろしくね新川くん! あっ、名前呼びの方がいいかな?」
「俺はどっちでもいい」
「それじゃあ、龍斗くんって呼ぶね! 私のことも詩音でいいから!」
「分かった。詩音って呼ぶことにする」
「うん! そうしてくれると、私も嬉しいから!」
そう言って、本当に嬉しそうに笑う詩音。一体何がそんなに嬉しいのだろうか? 名前なんて個人を判別することさえできれば何でもいいと思う。詩音がそうして欲しいと言うのならば拒否する理由も全くないのだが。
俺と詩音は昇降口から教室まで二人並んで話ながら向かっていく。教室に近づけば近づくほど、周りからの注目も集まっていくのだが詩音は全く気にしている様子はなかった。
「それじゃあ、また後でね!」
「……また後で?」
また後でとはどういう意味なのだろうか? 考えても分からないので、自分の席に着くといつも通り鞄から小説を取りだして授業が始まるまでの暇を潰す。
四限目までの授業は終わったが、いつも通りであった。強いて言うならば、視線が俺の方にもチラホラと向けられていた事くらいだ。奇異な視線を向けられることには慣れているので気にすることも無いのだが。
「あっ、弁当がない」
忘れていた。いつもはお手伝いさんが学校に行く前に弁当を手渡してくれていたのだが、今の家には当然だがお手伝いさんはいない。つまり、俺の弁当を作ってくれる人なんていないのだ。
確かこの学校にも購買や食堂があったはずだ。今日からはそのどちらかにお世話になる日々になりそうだと思いながら席を立って食堂へと向かって廊下を歩いていく。
「龍斗くん! ちょっと待って!」
「詩音? どうかしたのか?」
「どうかしたのか? じゃないでしょ! 朝にちゃんとまた後でねって言ったよね!」
言われはしたが、意味が分からなかった俺は首を傾げると詩音は頬を膨らませて露骨に不機嫌そうにする。どうやら、俺が何かやらかしてしまったらしい。
「恋人になったならお昼は一緒に食べるもんでしょ!」
「そうなのか?」
「そうなの! これじゃあ楽しみにしてた私が馬鹿みたいじゃない!」
楽しみにしていたのか。それなら、悪いことをしたかもしれない。今までの人生で基本的には家族以外と食事をしたことが無かったのでその考えは俺にはなかった。
今となってはどうでもいいことだが、許嫁であった唯華とさえ食事をしたことがなかったりもする。本当に彼女は俺の許嫁だったのだろうか?
「すまなかった」
「全くだよもう! きちんと反省してよね!」
「あぁ、反省する」
詩音は俺の言葉に満足したのか、さっきまでのような不機嫌そうな雰囲気は霧散していた。それは良かったのだが、詩音がかなり大きな声で話していたので周りからの視線がかなり集まっていた。心做しか俺には批判的な視線が集まっているような気さえする。
そんなことをぼんやりと考えていると、男子三人組がこちらへとやってくる。
「ねぇ、藤崎さん。もしかして、そこにいる……男子と付き合ってるの?」
「え? うん。付き合ってるよ?」
周りの人達は『よくぞ聞いてくれた!』と言わんばかりにこちらに注目していた。まぁ、詩音もかなりモテる方だとは自分でも言っていたので周りからしたら詩音が彼氏らしい人といるとなると気になるのも仕方の無いことだろう。
「そ、そうなんだ……」
「うん。えっと……それがどうかしたの?」
「いや、ちょっと気になって。今まで藤崎さんそういうのには興味無さそうって思ってたから」
「それは言い過ぎたよ。私だって華の女子高生だからね。恋人とかにも憧れはあったよ。それじゃあ、私達はもう行くね?」
詩音はそれだけ言って、俺の手を取って廊下を突き進んでいく。さっきの男子生徒は恨みがましい目でこちらを見てくるが、詩音のことが好きだったのだろうか?
「よかったのか?」
「なんのこと?」
「いや、さっきの男子生徒がずっとこっちを見てるから」
「気にしなくていいの。だって私、あの人のこと名前さえ知らないし」
「そうなのか?」
「うん。それに、今は私には龍斗くんがいるからね。他の男の子はどうでもいいの!」
そう言って、詩音は俺に微笑みかけてくれる。詩音は本当にどうでも良さそうなのでこれ以上なにか言う必要もないのだろう。
俺は食堂に着くまでの間、ずっと詩音に手を引かれながら歩いていく。この際、周りからの視線が常にこちらに向いていたことは言うまでもないことだろう。
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