それぞれの夜
お手伝いさんに新しい家に連れて来てもらったのはいいのだが、俺はこれからどうすればいいのだろうか?
俺に用意された新しい家は前の家から車で三十分程の場所にあるマンションの一室だった。学校までは徒歩でも行ける距離なので問題はない。それに、父の言っていた通り家具や生活に必要な電化製品なども一通りは全て揃っている。問題なのは物はあっても、俺に家事スキルが備わっていないということだ。
家にいた時の食事や洗濯は全てお手伝いさんがしてくれていたので、家事なんてものは人生で一度もしたことがなかった。
これから本当にどうしようかと悩んでいると腹の虫が鳴った。そういえば、今日は朝ご飯を食べてからは何も食べていなかった。
「腹が減ったな」
いつもなら、お手伝いさんが食事の用意をしてくれるのだが無い物ねだりをしても仕方がないのでコンビニに行くことにする。コンビニに行ったことはないが、夕食になるものくらいなら売っているだろうということは本を読んでいたので知識としては持っていた。
コンビニはマンションを出て徒歩五分くらいのところにあった。早速店に入ってみると店内は思っていたよりも広く感じる。外から見た感じだと小さい建物にしか見えなかったのだが。
「思ったよりも色々あるんだな」
おにぎりにパンやサンドイッチ、弁当まで売っているとなると食事の心配はひとまず無さそうだ。他にも、生活用品や下着まで売っている。ここまでくると、洋服が売っていないことに疑問を感じるほどだ。
俺は手頃な弁当を手に取ってお茶と一緒にレジに持っていき、会計を済ませてマンションへと戻る。ちなみに俺の住む部屋は二十階の最上階。部屋の広さも一人で暮らすには広すぎるくらいだ。
部屋に戻るとさっそく電子レンジで弁当を温める。いくら家事をしたことがないとはいえ、電子レンジやポットくらいは俺でも使える。
「思っていたより美味いな」
人生で初めて食べたコンビニ弁当はワンコインで買えるとは思わないほどの美味しさだった。これなら、世の中にコンビニが増えたことが結婚をする人が減少した理由ということにも納得できる味だった。
弁当を食べ終わるとお風呂を入れて、お湯が溜まるまでの間は本を読んでおく。今読んでいるのは恋愛小説だ。せっかく彼女ができたので、少しでもそういったことに対する理解を深めようと思ったのだが……。
「……全く分からんな」
恋人どころか友人さえいない俺には恋愛小説に書かれていることのほとんどが理解出来ないものだった。なぜ、可愛いというだけで人気になれるのか? どうして何か優れたものがある訳でもない主人公にヒロインは惚れるのか?
「……分からん」
俺は小説で恋愛の知識を深めることは諦めてお風呂に入ることにする。時間はまだまだあるのだ。色々な本を読んでいけばそのうち分かることも増えていくだろう。それに、いつ愛想を尽かされるが分からないが彼女もできた。実際に色々なことを経験することで分かることもあるのかもしれない。
お風呂を上がると時間はまだ二十二時だったが、特にすることもないので今日は眠ることにする。今日は食事だけでよかったが、明日からは掃除や洗濯などもしないといけない。どうすればいいのかは全く分からなかったが、明日のことは明日の自分に任せよう。
ベッドに横になると疲れていたのかすぐに睡魔が襲ってきた。俺はその睡魔に身を委ねるようにして意識を閉ざしていくのだった。
【Side詩音】
彼氏ができた。私にとって人生で初めての恋人だ。相手は新川龍斗くん。同じクラスメイトだというのに、私の名前さえ知らなかった彼と付き合うことになるなんて夢にも思わなかった。
彼は私のことを知らなかったけど、私は彼のことを知っていた。同じクラスメイトなので知っていて当然なことだとは思うけど、他のクラスメイト達よりも私は彼のことを知っている自信がある。ずっと彼を見ていたのだから。
彼は本を読んでいるか、窓の外を見ていることが多かった。誰かと話すわけでもなく、ずっと一人で何を考えているのかが分からなかった。クラスのみんなはそんな彼を気味悪がっていたけど、私は彼が何を考えているのかが気になって仕方がなかった。表情の変化も乏しかったから何も考えてなかったのかもしれないけどね。
そんな何を考えているか全く分からない彼が公園のベンチで傘もささずに雨空を見上げているのを見つけた。そんな彼に声を掛けたのは興味本位からだった。
「……誰? なんて答えが返って来るなんて思わなかったけどね」
自分で言うのもあれなんだけど、私は学年内……いや、学校内でも有名な方だと思う。男の子からの告白された数も普通の女の子よりかはかなり多い方だ。けど、多くは学校内でも有名な私と付き合えたらといったワンチャン狙いの告白だった。私個人ではなく私というブランドを得るための告白だ。もちろん、そんな告白にいい返事をしたことは無い。
だから、彼がすぐに私から興味をなくしたように空を見上げ出した時には驚いた。私にこんな態度をとる男の子なんて初めてだったのだから。私は不愉快に思うどころか、むしろ彼への興味が強くなっていた。
彼に話しかければ一応は返事をしてくれるし、許嫁を解消されたと涙も流していた。クラスのみんなは彼のことを人形みたいと言うけど、やっぱり全然違った。彼は私達と同じ血の通う人間なのだ。彼のそんな一面が見れただけで私は泣いていた彼には申し訳ないけど、すごく嬉しかった。
「今思い返すと、私すごく恥ずかしいこと言ってた気がする……」
テンションが上がって彼を励まそうと口から出た言葉は今思い返してみると、かなり恥ずかしいことを言っていた気がする。けど、その甲斐あってか彼は私に心を開いてくれた。
「けど、まさか告白されるとは思わなかったけどね」
あの告白は今思い出しても傑作だった。思い出しただけでも、つい口元が緩んでしまう。告白されて大爆笑してしまったことは彼に悪いことをしてしまったけど、仕方の無いことだとも思う。
明日からはどんな日常が始まるのだろうか? 私にとって初めての彼氏。それも普通の男の子とは少し違った男の子だ。明日からの日常に期待して私はベッドに横になるのだった。
ジャンル別日間ランキングに入ってました! ありがとうございます! 次話からは詩音がデレていきますのでお楽しみに!