再認識
文化祭実行委員になってから二週間の月日が流れて今は六月になった。文化祭実行委員になってからは、日々の進みが普段よりも早く感じる。
週に二回ある実行委員の集まりやロングホームルームの度にクラスでの出し物であるコスプレ喫茶を進めていかなければならない。
喫茶店で出すメニューやコスプレ喫茶なので、誰がどの衣装を着るのか。衣装を着ない裏方メンバーのそれぞれの役割であったりと決めなければならない事が多すぎるのだ。そして、何よりも大変なのが予算であった。高校生の文化祭なので予算にも限りがある。
「どう考えても足りないよ!」
「予算が少なすぎるんだよ! もっと増やせよ!」
「こんなの絶対に無理だよ!!」
クラスの中はクラスメイト達の嘆きが飛び交っていた。俺はというと、何だか大変そうだなっといった具合に完全に他人事だった。
クラスの中心にいる詩音は頭を抱えてしまっている。担任の先生もそれを微笑ましそうに『若いっていいなぁ……』といった感じに見守っていた。俺は自分の席に座っているだけなのだが、慌ただしそうな中にいると月日の流れも早く感じるのだ。
「龍斗くん……私もうダメかもしれないよ……」
「大変そうだもんな」
「そう思うなら手伝ってよ! 龍斗くんも実行委員でしょ!」
そう言って詩音は俺の机の上に持っていた紙の束を少し強めに置く。とりあえず、書類に目を通すとメニューの一覧やレンタルする衣装の一覧。それにかかる予算についての書類だった。一通り目を通したが正気の沙汰とは思えない内容であった。
「なぁ、詩音。これは本気なのか?」
「え? 本気ってどういう意味?」
「本気でこれを全てやろうとしてるのか?」
「みんなの意見だからね! 可能な限り実現してあげたいじゃん!」
「いや、無理だろ」
俺がそう答えるとクラス中からの視線が集まる。それでも、俺は構わず話し続ける。
「まずメニューについてだが、明らかに多すぎる。レンタルする衣装についても多すぎる。学校側から与えられた予算だとメニューか衣装だけで予算は終わる」
「だから、それをどうにかしようって考えてるんじゃん!」
「全部をする方法じゃなくて、できるだけ多くのことをする方法を考えるべきじゃないのか?」
「それは……」
詩音のように全てをやろうとする方法はある。簡単なことだ。クラスメイト全員が足りない分のお金を出せばいいだけだ。学校的にそれが許されるのかは知らないが、そうすれば間違いなく実現出来るだろう。
俺でなくても分かることだ。誰もが思いついていても口にしない。なぜか。誰もお金は出したくないからだ。なんの対価も支払わずに全てをしようというのは、あまりに強欲だ。
「……龍斗くんの言う通りだね。きつく言ってごめんね」
「別に気にしてない。それに、クラスのみんながしたいことは出来なくてもクラスのしたいことはできる」
「どういう意味?」
「多数決を取ればクラスの意見になるだろ? 個人のやりたいことを全てはできないが、クラスのやりたいことにはなるだろ」
気付けば、さっきまで騒いでいたクラスメイト達が黙って俺の方を見ていた。何かありえないようなものを見るような目だ。なんだか、詩音と付き合うようになった翌日にも周りから似たような視線を受けたことを思い出す。
「龍斗くんって頭いいね! そうだよ! これはクラスの出し物なんだし!」
「新川くんって、普段は全く喋らないのに今日はよく喋るね! しかも、超いいこと言うし!」
「新川! お前のこと少し見直したぞ! そうだよな! 新川の言う通りだ! さすが実行委員だぜ!」
さっきの沈黙を破って、クラスメイト達が一気に俺の事を褒めてくれる。そんな大したことは言っていないと思うのだが、どうしてこんなに褒められているのだろうか?
それからは、喫茶店で出すメニューの多数決をとって十個以上あった案の中から六個にまで絞られる。飲み物が三つと食べ物が三つだ。これならば、恐らく予算の半分くらいで済むだろう。残りの半分で衣装のレンタルなどは考えていけばいい。
クラスの出し物で提供するメニューが決まったところで今日のロングホームルームは終わった。
「龍斗くん! 今日は本当にありがとね!」
「俺は何もしてないぞ」
「ううん! 今日の龍斗くんは大手柄だよ! 彼女としても誇らしいよ!」
「それならよかった」
「うん! けど、龍斗くんのいい所がクラスのみんなに知られちゃったのは彼女的には……なんてね!」
詩音の立場的にはあまり喜ばしくはなかったのだろうか? 今更、俺が少しいいところを見せたところで何も変わらないとは思うのだが。
「大丈夫だ。俺は詩音しか興味無いから」
「少しは興味を持ってあげてよ! けど、ありがと! 私も……」
「私もなんだ?」
「私も龍斗くんしか見てないからね! それじゃ、また明日!」
そう言って、詩音は走って教室から出て帰っていく。詩音と公園で初めて話した日のように俺の心臓の脈は早く感じる。だが、悪くない感じだ。悪いというよりも心地良いとさえ思える。
「俺は本当に詩音が好きなんだな」
そのことを再認識した俺は教室を出て帰路に着くのだった。
詩音との映画デートを楽しみにしてくださっていた読者様! 申し訳ないです!
文化祭が終わりましたら、閑話として初デートのお話を聞い書かせて頂く所存ですので何卒ご容赦くださいませ。




