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9.顔合わせ

「掛けてお待ちください」


 顔合わせの会食の為に用意された部屋には、長く大きなテーブルセットが置かれていた。

 白いテーブルクロスは一見シンプルだが、着席すると布の端から端に細やかな白い刺繍が施されている事に気付き、その美しさに目を奪われる。クロスの上には銀食器が向かい合うように6人分並べられていた。

 ソフィーは目を閉じ、深呼吸をする。

(国王陛下にはデビュタントで謁見したきり・・・二度目が婚約の儀だなんて緊張で倒れてしまいそうだわ)


「お見えになられます」


 侍従長に声を掛けられ、三人は席を立ち入口へ向かう。

 廊下から数人の靴の音が近づき、頭を垂れ迎えた。

 白い革靴がソフィーの目の前で止まった。踵を付け、ソフィーへ向いている。

(王太子殿下かしら?)


「待たせたようだな。楽にするといい」


 国王陛下の声にゆっくりと顔を上げると、ソフィーの瞳にシルバーブロンドとエメラルドグリーンの煌めきが飛び込んできた。同時にソフィーの心臓が大きく跳ね、その美しさに11年前の懐かしさと、ときめきを感じていた。

 煌めきの持ち主の青年も、ソフィーを驚きの表情で見つめていた。

 見つめ合ったままの二人に、周りも沈黙を続けた。我が娘の無礼に声を出そうか迷っているニコル伯爵とは逆に、両陛下は互いに耳打ちをしては微笑んでいた。


「ニコル伯爵、紹介しよう。王太子のウィリアムだ」

 国王陛下の一声で場に緊張が戻った。


「ウィリアム・ユージン・ハドリーだ。此度の件、感謝する」


「ニコル伯爵家長女、ソフィー・ニコルです。お目にかかれて光栄です」


 完璧なカーテシーに、両陛下から思わず溜息が漏れていた。

 ソフィーはちらりとウィリアムへ視線を向けると即座に目が合った。どうやらこちらをずっと見ていたようだ。顔が熱くなり思わず目を逸らした。

(どうしよう・・・落ち着いて・・・)


「・・・陛下、彼女に王宮の庭園を案内してあげたいのですが・・・」


「!!?」

21回目の縁談で初めてそんな事言った!!―――と、思っているだろう父と母の表情にウィリアムは眉間に少しシワを寄せた。

「そ、そうだな、行ってきなさい」



 王宮の庭園はバラの満開の時期を迎えていた。

「綺麗・・・」

 庭園へ繋がる扉を開けた途端、どもまでも続く満開のバラと、うっとりする香りにソフィーはその場に釘付けになっていた。そんなソフィーをウィリアムは少しの間見つめていた。


「少し歩いてみないか?」

「は、はい」

 ウィリアムに手を差し出される。

「階段がある。足元、気を付けて」

「は・・い」

 遠慮がちに乗せられたソフィーの指先を、ウィリアムは軽く握った。


 階段と緩やかな下り坂を過ぎ、平らな場所で足元を確認出来たところでウィリアムはソフィーに自らの前を歩かせた。

 戸惑いながら後ろを振り向きつつ歩いていたが、美しいバラに囲まれソフィーの足取りは軽くなっていた。

 バラで作られたアーチ状のトンネルへ入り、香りを胸いっぱいに吸い込む。


「ソフィー嬢」


 ふいの名前を呼ばれ振り向くと、トンネルの入り口にウィリアムが立ち止まっていた。そこから中へ入る気配がない。


「途切れる事のない縁談を断り続けていたと聞く。何故だ?」


 突然の問いにソフィーの顔が青ざめる。バラのトンネルに閉じ込められた状態でのウィリアムの立ち位置は、まるで“答えるまでここから出さない”と言っているようだった。

(どうしよう、最初から本当の事を言う?誰にも言った事ないのに?)

 エメラルドグリーンの瞳は冷たくこちらを見つめたまま。緊張に背中が汗ばんだ。

(セリーヌ嬢は何て言ってたかしら・・・思い出して・・・)


“私の胸元にはソレがなくて婚約破棄になったのだけど”


(・・・・)


“思う相手はいるのかって訊かれて―――殿下は恋を実らせてくれる天使様”


(伝えるのは今じゃないわ)

「――――領地の経営が思わしくなく、父の手助けになればと共に奔走しておりましたらこの様に」

 ソフィーは無理に笑って見せた。

「・・・そうだったな。今は落ち着いたと聞いている。失礼な事を訊いた。すまない」

 ウィリアムはそう言ってエメラルドグリーンの瞳をそっと閉じた。

「戻ろうか。皆が待っている」

 トンネルを引き返し、帰りは二人並んでバラを眺めながら庭園の入口へと歩き出した。

(何て誠実な方・・・)

 先程のウィリアムとのやり取りに彼の人となりが垣間見えた。

 ソフィーは自分の卑しい駆け引きを後悔し、婚約破棄を言い渡されるその時まで王太子殿下と真摯に向き合おうと心に誓った。

 途端、ウィリアムから質問される。

「ところでソフィー嬢、ここから東のベント地区へは行った事はあるか?王室の別邸があって、夏はとても過ごしやすいんだ」

 来月になれば本格的に暑くなる。避暑の話かとソフィーは疑いもせず答えた。

「はい、親族がおりますので。とても良い所です」

「そういえば昔、丘の上に古い教会があったな?」

 ソフィーの表情が一瞬強張った。

「・・・はい。11年前の嵐の影響で取り壊されてしまいましたね」

 その返答にウィリアムの左手がピクリと動いた。

「11年前・・・よく知ってるな」

「当時ベントにおりましたので」

 ウィリアムの瞳が大きく見開かれ、並んで歩いていた身体をソフィーへと向けた。


「その教会に―――」


 行ったのか?と続けようとした所で水を差される。

「王太子殿下、会食の前に婚約の儀を行う事になりました。謁見の間で皆様お待ちです」

 庭園の入口に到着するや否や、国王陛下の使いが急かしてきた。

「・・・・あぁ、すぐ行く」



 王の謁見の間には既に両陛下が玉座に、中央に司教が立ち、ニコル伯爵夫妻の姿も見えた。

「両名はこちらへ」

 ウィリアムとソフィーは中央へと促され、司教の言葉を頂く。

「この佳き日に、ウィリアム・ユージン・ハドリー、ソフィー・ニコルの婚約の儀を執り行う」



 この日から三日後、ソフィーは再び登城する事となる。


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