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5.行き遅れ伯爵令嬢14歳の夏(別れ)

 その日は珍しく朝から曇っていた。

 避暑としてベント地区を訪れてみたものの、連日の快晴にうんざりしていたため、空色とは裏腹に気分は良かった。

 二階の自室から廊下へ出たエリックは、一人でコソコソと玄関へ向かう人影を見付けた。

「姉上、日傘は?」

 ソフィーはビクリと肩を上げ、振り向き様に口に人差し指を当てる。毎日出掛けているため、ニコル伯爵と夫人に外出を止められているのだ。

 あの真面目な姉が、伯爵家のためを第一に考えていたあの姉が、両親の言い付けに背いている事実にエリックは笑みを浮かべた。


キィ


 ソフィーは玄関の扉を少し開けると辺りを見回し、お気に入りの本を抱きしめてそそくさと外へ出掛けて行った。

 そんな姉の姿をエリックは黙って見送った。



 ソフィーが教会へ着くと雨がポツリと降り出した。

(日傘くらい差して来れば良かったかしら・・・)

 少し不安を感じながらも、いつも通り扉を開ける。


ギィ―――


「カレン!」


先に来ていたカミーユがソフィーへ駆け寄り、彼女の右手をそっと握ると自身の口元へ寄せた。が、手に唇は当てない。

 紳士的な振る舞いにソフィーは日に日に彼に惹かれていった。


 ピィ―――


 頭上から聞こえる鳥の声に天井を見上げると、一羽の鳥が元気に飛び回っていた。

「カミーユ!あれ!」

「うん、さっき来たら飛んでたんだ」

「良かったぁ・・・」

 小鳥は教会内を一周旋回すると、天井で傾いている巣に向かって急上昇した。バタバタと羽を叩き付けた後、再び四方へ飛び回った。親鳥や兄弟達を探しているのだろうか。

 見上げていたソフィーの顔に冷たいものがかかった。

「きゃっ」


 雨だ。


 天井の巣の横に空いている、隙間から降ってきた。

「カレン、少し離れようか。濡れてしまうよ」

「大丈夫よ。小雨だもの。それに、外へ飛び立つところを見たいわ」

 そう言いながら、抱えていた本を雨がかからない場所へ避難させ、再び天井下へ戻った。

 カミーユは持っていたスカーフを広げた。布地いっぱいに施されたカサブランカの刺繍は一目で分かる高級品だ。それを何の躊躇いもなくソフィーの頭へふわりと掛けた。

「!、ありがとう」


 雨足は徐々に強くなり、天井から振り込む量も増えてきた。雨音に混じり教会が軋む音を立てていたが二人の耳には届いていなかった。




 タイナー邸の二階から外を眺め、エリックは焦っていた。

(まずい・・・風も出てきた・・・。姉上は傘を持ってない・・迎えに・・・いや、これじゃ歩いてなんて行けない・・っ)

 酷くなる雨足に、部屋を歩き回るエリックの足も速くなっていた。


 コンコンコン


「はい!」

 突然のノックに感情が声に乗ってしまい、思わず返事が大きくなってしまった。

「エリック、ソフィーを知らないか?」

 扉を開けると、父であるニコル伯爵が立っていた。

「姉上、ですか?さ、あ?」

 一瞬ギクリとしたが部屋のソファを勧めながら、しどろもどろに返答した。

「最近のソフィーの行動は全く想像が出来ん。友人が出来たと言っていたが、どこの令嬢か名前を言わないし」

(男ですから)

「せめて行き先だけでも」

(入るのを止められている教会です)

「お前なら色々知っているかと思ったんだが・・・。こんな嵐の中、流石に外出はしないだろう。邪魔をしたな」

 嵐と言われ、エリックは窓の外へ視線を向けた。

 数分で変わってしまった景色に愕然とし、父に助けを乞う事を決めた。




 教会の屋根に叩き付ける雨の勢いは増していたが、教会内を元気に飛び回る小鳥に夢中の二人の耳にはその危険な音は届いていなかった。

「見て、カミーユ。巣の横の隙間が広がってきたわ」

 隙間から落ちる雨も増え、頭に掛けたカミーユのスカーフから雫が滴り落ちていた。

 ピィーと鳴きながら小鳥は巣の真下から一気に上昇すると。わずかに差し込む外の光に吸い込まれて行った。

「出・・られたの?」

「出た・・・」

 喜びに、お互いの顔を見合った刹那、二人の間に天井が落ちてきた。


 ドオォーン!!


 カミーユの目の前に赤い飛沫が上がる。


「カレン!!」


 目の前の彼女の身体が後方へと倒れていく。咄嗟に手を伸ばすも、僅かに届かず床に沈んだ。

「カレン!!カレン!!」

 すぐ様駆け寄り、彼女の上体を両腕で支えてゆっくり起こす。

「カレン!!」

 胸元に滲んだ血は急速に広がっていた。

「カレン!!カレン!!」

 呼びかけにピクリとも動かない身体に、カミーユは自分の頬を彼女の口元に近づけた。

(息はある・・!!)

 天井を見上げ、嵐のような空に眉をひそめた。そして教会内を見回し、雨風を凌げそうな場所を見付けると彼女をそっと抱え上げた。


「待ってて、必ず戻ってくる」


 彼女を床に寝かせ、冷たくなった右手に口づける。

 カミーユは足早に教会を出ると、裏にある森の中へと駆けて行った―――。


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