49.伯爵夫人と隣国の王妃①
それはジェニファーがまだ伯爵家へ嫁ぐ前、後のニコル伯爵となるケイン・ニコルと共に、彼の縁戚のタイナー伯爵の元へ婚約の報告に東側のベント地区を訪れていた頃。
二人でタイナー邸の周りを散策中にジェニファーの足が止まった。
「まあ、素敵な教会ね」
その声にケインは丘を見上げた。
「ああ、監視塔みたいなものだよ」
「え・・・?」
ジェニファーの日傘を握る手に、わずかに力が入る。
「教会の奥に王族が所有する別邸があるんだ。さっき邸で叔父上に訊いたんだが、近いうちに隣国のウィンバリーからの国賓と王族の晩餐会がそこであるらしい」
「王城じゃないの?」
「全ての日程が晩餐会で終了なら、東の国境から帰るのが一番早いだろう?」
「そうだけど・・・」
再び見上げた丘の上の教会に人影が一つ、三つ―――。
「まずい、監視員が増えた。行こう、ジェニファー」
二人は足早にその場を後にした。
王城ではハドリー王国とウィンバリー王国の会談が始まろうとしていた。
ウィンバリー王国側の外遊は経済連携協定を結び、両国の発展を目的としていた。その為、ウィンバリー王国内で特に優秀な経済学者を輩出しているブランソン公爵家から当代公爵と、長女のマーガレット・ブランソン公爵令嬢が王族に同行していた。
「卓越した学者だと聞き及んでおります」
そう賛美するハドリー王国の当時の宰相は、ブランソン公爵の斜め後ろに立つマーガレットへ身体を向け、
「両国の発展の為、ぜひお力添えを頂きたい」
まっすぐ瞳を見た。
自国でさえ女性軽視の多い政治の中、他国の宰相の言葉はどんな褒賞よりもマーガレットの心を揺さぶった。
今回の訪問はブランソン公爵家の一員として同行している。しかしそれは表向き、ウィンバリーの王太子との婚約を前に他国の情勢を学ぶ機会を与えられただけだ。婚約後は王太子妃教育に時間を割かれ、婚姻後は学者として培ってきた全ては活かすことなく失われるだろう・・・だが―――、マーガレットの組んでいた両手に力が入った。
(私にも出来る事があるかもしれない)
数日後、ベント地区に入る馬車が増えた。
ジェニファーはケインの話を思い出してはタイナー邸の庭から丘の上の教会を見た。
ある日、教会に見えた監視の人影が全くない事に気付き、就寝前にケインに尋ねた。
「警備を別荘に集中させたんだろう」
教会は監視塔なのに?と、ジェニファーは不思議に思った。ケインはベッドの中で広げていた本を閉じると、何かを悩んでいる様子の婚約者を腕の中へ抱き寄せた。
「多分、王族の方々が到着された。私達は外交の妨げにならないよう、静かに過ごせばいいさ」
ケインはジェニファーの耳元にキスをし、スタンドの灯りを消した。
ハドリー王国の別邸へ移動して数日が経った。
絶え間なく行われる会食と舞踏会に、マーガレットは疲れを感じるどころか精力的に意見交換をし、初めて触れる知識や文化に高揚した。
(すぐ隣の国でこれほど刺激を受けるなんて思わなかったわ)
会食のテーブルに着いたマーガレットは出てくる料理にも興味を向けていた―――が、次に目の前に置かれた一皿を見てヒュッと息を吸った。
ムニエルに添えられた親指ほどの大きさの青い花。白い萼から広がった花びらは外側へ向かうほど青さが増している。明らかに“彩として添えられている”その花を食する者はいないだろう。しかし花の香りを強く感じ、マーガレットは隣に座る婚約者の王太子を見た。彼も花に気付き、こちらを見て頷いた。
(何故この花がここに?ハドリー王国の何らかの警告?)
ウィンバリー王国側の席では動揺が広がっていた。そんな雰囲気の中、マーガレットは皿を凝視し続けた。
(花の香りだけじゃない。この匂い、絶対使われているわ。・・・どこに・・・どこ―――)
「どうぞ、お召し上がりください。今日のシェフはウィンバリー王国出身者です。後ほど紹介させて頂きます」
出身国を伝える意図が読めずウィンバリー王国側の表情には焦りが見え始めた。しかしこのまま会食を中止にするわけにもいかない。
(ウィンバリーの国民でもこの花について知る者はごく一部・・・一皿を作った人物は特性をよく知っている可能性があるわ)
『パズ草』
花びらは青く、白い萼の部分から抽出される液体は医療用の麻酔薬としてウィンバリー国内で使用されているが、ある事件を機に根に猛毒を持つことが分かり国で管理する事となった。
(真っ白な根なら白身魚のムニエルに入れ易いわね)
マーガレットは両手で皿を持ち上げると、驚く貴族達の視線もざわつきも気にする事無く香りを嗅いだ。
(―――!)
白身魚の裏に白いソースを見つけ、パズ草の強い香りを識別した。
“口にしないで!!”と発するには遅すぎた。
バタン!!
ハドリー側で同席していた貴族が一人、突如倒れた。彼の皿のムニエルは半分以上食されていた。
「何だ!?毒か!!?」
「キャアァ――ッ!!!」
会場に響く叫びと金切り声。
マーガレットは慌ててハドリー国王を見た。手にはワイングラス、皿にはまだ手をつけていない事を確認した直後、国王の隣に座る貴族が倒れた。
ハドリー側の貴族達が大声で彼の名を呼ぶ。
「宰相!!ペンドリー宰相!!」
自分を一人の学者として認めてくれた人物だった。




