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48.隣国の狙い

 ニコル伯爵邸で遭遇した隣国の第二王子の動向について、ウィリアムは調査が必要と判断し、深夜の執務室にカミーユとグランヴィルを呼んだ。

 遮光カーテンで月明かりも入らない暗闇の中、テーブルに置かれた小さな簡易ランプが三人の手元を照らしていた。

「東の国境を通過したという報告は上がってきていない。配備は通常の倍以上だ。取りこぼしがあったとは考えにくい」

 ウィリアムの低く静かな声に合わせ、カミーユも話し始める。

「中心街では護衛らしき気配はなかった。無用心過ぎるとヒヤヒヤしたが・・・本来の目的はニコル伯爵家にあって、別ルートで入国したんじゃないか?」

 カミーユの推論に、グランヴィルは少し考える。

「―――ニコル伯爵夫人じゃないかな?エリックの留学は夫人の旧友の招待だって聞いたよ」

 グランヴィルの言葉に、ウィリアムは先刻の伯爵邸でのやり取りを思い出した。


『彼女の面影があるわ』


「そういう事か―――」

 ウィリアムはそう呟きながらも腑に落ちない事に思考を巡らせていた。

 目的がニコル伯爵家ならば、突然の親書の意味は?王室を通す必要など無いのでは?

「・・・カミーユ。第二王子に一人付けてくれ。動向が知りたい」

「分かった」

 ランプの灯りが消え、暗闇に扉を閉める音が響いた。各々の方向へと歩き出す。

 カミーユはグランヴィルの靴音が遠退くのを待っていたかのように口を開いた。

「ウィリアム。侯爵家(・・・)には注意してくれ」

「ああ、ペンドリー公爵からも忠告された」

 その言葉にカミーユは安堵し、頷くと、その場をあとにした。




 翌朝、ソフィーは腫れた瞼に手の平を押し当て、侍女のリゼが来るのをベッドの中で待っていた。

(こんな顔を見たら心配するかしら・・・。それにしても―――)

 階下が騒がしい。


コンコンコン


「おはようございます。お嬢様」

「おはよう、リゼ」

 侍女のリゼは慣れた手つきでソフィーの身支度を整え、柔らかなプラチナブロンドに櫛を通した。涙の跡が残るソフィーの頬にそっと触れ、

「温かいタオルを持ってまいります。少しお待ちください」

何も訊かず、笑顔で階段を降りて行った。

(ありがとう・・・)


 階下が更に騒がしくなってきた。使用人達の確認し合う声がソフィーの耳に届くほどだ。

 戻ってきたリゼの手元にも焦りが見える。

「何かあったの?」

「・・・実は昨日から執事長のヴィクターの所在が分からないのです。エリック様(お坊ちゃま)が暫く王城で過ごされますので同行するはずだったのですが・・・」

「エリックが?」

 リゼの話では、ソフィーが就寝した後、遅くに帰宅し、夜明け前には王城へ向かったらしい。

「代わりの者が行きましたが、来客に関しては執事長でないと分からない事がありますし・・・」

「え?来客?」

 ソフィーが訊き直す。

「昨晩お帰りになられたブランソン公爵様がお連れ様とお見えになっています」



 ソフィーは足早にリビングへと向かった。

「おはよう、ソフィー。ちゃんと目覚めているわね」

 リビングには母のジェニファーが一人。ソフィーの見開かれた瞳を確認する様な言葉に、思わず背筋が伸びた。

「昨日、王太子殿下から頂いた品を全て持って奥の商談室へいらっしゃい」

(――――)


 ソフィーは夫人に言われた通り、商談室の扉の前で箱を両手で抱えて立っていた。

「ソフィーです」

 声を掛けると中から扉が開かれた。

 部屋の中央の長ソファに座っていたアーサーと目が合うと、彼は優しく微笑んだ。

 ソフィーは箱を片手に持ち替え、空いたもう片方の手でドレスの生地をつまむと軽くお辞儀をした。その姿にアーサーは白い歯を僅かに見せ、目を細めた。そんなアーサーを、隣に座る若い女性は驚きの表情で見ていた。


「ソフィー、こちらへ」

 アーサーの正面に座っていた母のジェニファーに促され隣へと座る。ふと顔を上げ見た、前に座る若い女性の容姿に思わず横目でアーサーを見た。

(公爵様のお連れの方・・・よね?)


「ソフィー、箱をテーブルの上へ」

 間を取り持つように、一人掛けのソファに座っていたニコル伯爵が声を掛けた。

「はい」


コトン・・・


 置かれた美しい装飾の箱を目の前にして、アーサーと隣に座る女性は緊張している様に見えた。ニコル伯爵は二人の様子を気遣い、ソフィーへ問いかけた。

「ソフィー、箱の中をアーサー達に見てもらってもいいかい?」

「はい」

 視線を伯爵からアーサーへ向けると、先刻見た優しい笑顔は消え、口は真一文字に結ばれていた。

「どうぞ、ご覧ください」

 ソフィーは微笑みながら勧めると、アーサーの口元が僅かに緩んだ。


「―――失礼します」


カタン、


「!!!」


 アーサーと隣の女性の瞳が大きく見開かれた。

 そこには白いカサブランカのスカーフの上に、少し濡れた赤い木の実をつけた木の枝が載せられていた。

「申し訳ありません。先程まで水に挿していたため濡れております」 

 艶やかな赤がよく映えていた。

「いいえ、とても綺麗です・・・っ」

 そう呟くアーサーの手元が濡れている事に気付き、ソフィーは慌てて顔を見上げた。

「誠に申し訳ありません!他にも濡れていたようで―――・・・」

が、それはアーサーの瞳から零れる涙だった。

「ハハ、お恥ずかしい・・・っ」

 アーサーははにかむと、上等な上着の袖で顔を隠した。


「お兄様・・・」


(―――“お兄様”?)

 ソフィーはアーサーの隣に座る若い女性へ視線を向けた。


「ソフィー、本を箱から出してくれないか?」

「は、はい。お父様」

 突然の伯爵の指示に慌てながらもスカーフの下にある本を取り出した。

「これは・・・懐かしいですね」

 アーサーは潤んだ瞳のまま本を見つめていた。彼も読んだ事があるのだな、とソフィーは思いながら別の事を考えていた。


(王太子殿下も読んだと、教会で言っていたわね・・・)


「ソフィー、それを貸してくれるかしら?」

 隣からニコル伯爵夫人が手を差し出した。

「?はい、お母様」

 夫人はソフィーから本を受け取ると、厚みのある裏表紙をめくり、隙間にカリカリと爪を立て始めた。ソフィーは驚いたが元は母の本、黙って様子を見ていた。

 どうやら裏表紙の裏に何かがあり、それを隠す様に紙が貼りつけてあるようだ。その紙の端が浮き上がってからは、あっという間だった。


ビリビリ・・・ッ


 露わになったそれ(・・)を見て夫人は微笑んだ。

「本当に懐かしいわね・・・」



“ ジェニファー・ニコルへ


 マーガレット・ウィンバリーより ”



(―――え?この名前・・・)

 ソフィーは一瞬戸惑ったが、間違えるはずはない。

 隣国の現王妃の名だ。


「お母様、この御方は―――」


「私達の母です、ソフィー嬢」

 正面のアーサーと隣に座る女性は真剣な瞳をしていた。


「ソフィー、少し昔話をしましょうか」

 夫人はその名を見つめ、そっと撫でた。


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