47.侯爵令嬢 –東の侯爵家-
ワイアット侯爵家の一人娘カレンは蝶よ花よと大切に育てられ、素直に、真っ直ぐに成長した。
美しいものが大好きだったカレンは幼少期から芸術の才能を開花させた。
絵筆を握らせれば宮廷画家を唸らせ、彼ら自ら指導を懇願し、5歳で始めたヴァイオリンの腕前は貴族の間で話題になり、サロンで披露する事もしばしばあった。カレン自身は大人達からの賛美より、好きな事を好きなだけ出来るのがただ嬉しかった。
12歳になったある日、母が招待されたお茶会に連れて行かれ、そこでカレンは自身の価値を初めて知る。
「カレン嬢!こ、これを・・・っ」
声に振り向くと、小さな少年が可愛い花束をカレンへ向かって差し出していた。
(きれいな子・・・)
プラチナブロンドの髪に、透き通るブルーの瞳。白い肌が淡い色を際立たせていた。
花束越しに見上げてくる少年の頬がうっすら染まり、カレンは暫く見入ってしまった。
(天使のようだわ)
少年の顔が更に赤くなっていく。
「あなた、お名前は?」
「ぼ、僕は―――」
「エリック!」
少年の言葉は彼の母親らしき女性の声で遮られた。
「エリック。目上の方とのお話には順番があると、いつも教えているでしょう?」
「ごめんなさい、母上・・・」
伏せた瞳の睫毛の美しさにカレンは一瞬、吸い込まれそうになる。
「花束を渡したかっただけなのです」
再び花束を差し出す少年は、真っ直ぐカレンを見つめた。
目の前の花束にカレンは手を伸ばす―――一瞬、触れた少年の指先は頬の紅潮とは反対に冷たく、思わず手が跳ねた。
緊張しているだろう少年に、カレンは問う。
「もう一度、お名前を聞いてもいいかしら?」
「エリック・ニコルです」
「エリック・・・」
「昨年の絵画コンクールで入賞された作品を見ました。あなたの描く空の色が、とても、好きです」
カレンはエリックから花束を受け取ると満面の笑顔で答えた。
「ありがとう」
(あんなにきれいな子が私の描く絵を好きだと言ってくれた)
カレンは絵筆を握る事に集中した。
(空を描こう。きれいな、あの子の瞳の様な透き通る色の空を)
「お嬢様―!帽子をお被りください!肌が焼けてしまいますよー!」
侍女の言葉には振り向きもせず、晴れた日には馬車に揺られ、カレンは納得のいくまで空を描き続けた。
(エリックに見て欲しい。また感想を聞かせて。また花束を持って私に会いに来て―――)
翌年、描き上げた絵は王室へ献上された。想い描いた絵は、エリックの目に触れる事の無い、王城の一室に飾られる事となった。
更に翌年、カレンは14歳になっていた。
白いキャンバス越しに見る窓の外は曇り。カレンは一息つく。
(・・・どんな色だったかしら・・・)
空を思い出せず、筆を置く日が多くなった頃、ワイアット侯爵家に王室から一通の書状が届いた。
「カレン!!でかしたぞ!!王太子殿下の妃候補だ!!」
抱き合い喜ぶ侯爵夫妻をよそに、カレンは白いキャンバスを見つめ続けた。
が、
「―――君が、カレン・・・?」
(この方が王太子殿下!?何て美しいの!!)
恋に落ちるのは容易かった。
(欲しい・・・!!私はこの美しい大天使様が欲しい!!)




