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46.接触 -夜- ②

コンコンコン


「はい・・・―――!アーサー、どうしたんだ?」

 エリックが自室の扉を開けると親友が立っていた。

「失礼するよ」

 一声掛け、ズカズカと部屋へ入ってくるアーサーに、エリックは肩を竦ませ扉を閉めた。

 中央のソファに二人で向かい合って腰を掛けると同時にアーサーが話し始めた。

「実は私がハドリー王国(ここ)へ来たのは、明後日の訪問に同行するからなんだ」

「そうだったのか!」

 エリックは目を輝かせ驚いた。

「ああ、妹も一緒だ」

伯爵邸(ここ)には連れて来なかったのか?」

「宿に置いてきた」

「酷い兄だな」

 そう言いながら笑うエリックに、アーサーの表情が綻ぶ。目の前のエリック(親友)の笑顔に、自分が隣国の王族だと知った後も今と変わらず笑ってくれるのでは、と期待せずにはいられない。が、続くエリックの質問で我に返った。

「ウィンバリー王国の王族の方との合流は当日なのか?」

「そ・・・うだね」

 エリックには『親友=隣国の王族』という考えは微塵もない。

 沈む心情を覚られない様、アーサーは話題を変えた。

「ところでエリック、君の姉君があれほど美しいとは聞いていなかったぞ」

「何だって?日々語っていたつもりだったが―――まあ、伝えきれるとは思ってなかったが・・・。君の様な目をした男共からの縁談でずっと大変だったんだ」

「さり気なく失礼だな・・・」

 落胆するアーサーにエリックは笑う。

「・・・でも、もうすぐ正式に婚約する。相手は申し分ない方だ。きっと姉上を幸せにして下さる」

 影を落としたエリックの横顔が、姉が嫁ぐ寂しさからだけとは、アーサーには思えなかった。

「・・・その婚約者とは、昼間に見た、あの御人かな?」

 アーサーは顎に手をやり視線を下げると、少し困った表情をした。

「姉上と一緒にいた方だよ。カミーユ・フット様。公爵家のご令息様だ」

 予想外の返答にアーサーは顔を上げた。

「え?そっちじゃなくてもう一人・・・―――ちょっと待て、彼はフット公爵(・・)じゃないのか?」

「ゆくゆくは継がれると思うけど・・・何故?」

 エリックは、正面で眉間にしわを寄せ腕組みする親友に問う。

「・・・彼が公爵位と名乗ったものだから、ちょっと・・・」

 言葉を濁すアーサーに、エリックは訝しげな表情を見せた。

 顔を覗き込んでくる親友に観念し、アーサーは自ら『ブランソン公爵(・・)』と名乗った事を打ち明けた。

「いつ家督を継いだんだ?だいたい君には兄がいるだろう?」

「いや―――・・」

 再び濁すアーサーに、エリックはピン!ときた。

「お互いに虚勢を張ったのか。何と痛々しい・・・」

 呆れた表情の親友に、アーサーは慌てて言い訳がましい言葉を並べた。

「いや、そもそも姉君の婚約者はカミーユ・フットでなく、ウィリアム・ユージン・ハドリーだろう?」


「―――え?」


 アーサーはエリックの反応を見て慌てて口を噤んだが、彼は聞き逃してはくれなかった。


「―――何故、その名が出てくるんだ?」


 目の前の親友の表情がみるみる強張っていく。

 過剰に反応する様にアーサーは心底焦り、話題を無理やり変えた。

「姉君の心配もいいが、君こそどうなんだ。カレン・ワイアット侯爵令嬢には想いを伝えられたのか?」


「―――――」


「・・・エリック?」

 声を掛けるが反応がない。アーサーは自分へ向けられている顔を覗き込むが、その視線は合わない。


 エリックの頭の中は、王太子殿下の執務室で目にしたリストの事でいっぱいだった。





 ソフィーは自室のテーブルで、侍女のリゼに用意させた一輪挿しと水差しを目の前に、王太子殿下が伯爵に預けた美しい装飾の箱を眺めていた。

 邸奥の商談室で泣き腫らしたはずの瞳が再び潤む。

(いけない、これ以上泣いたら気付かれてしまうわ)

 ソフィーはアーサーが宿から戻る前に、早々に自室に籠った。

(公爵様はお優しいから、私のこんな顔を見たらきっとエリックに相談してしまうわね・・・)

 王城へ招集されたばかりのエリックはこれから忙しくなるだろう。そんな大切な時期に心配は掛けられない。

 ソフィーは深呼吸をすると、一輪挿しに水を注ぎ、次に箱の蓋に手を掛けた。


カタン・・・


 カサブランカの刺繍が施されたスカーフを広げ、赤い木の実のついた枝を優しく手に取る。


ポトン、


 木の枝を挿し、それを、翌朝一番に陽のあたる窓際へと置いた。

 テーブルに広げたスカーフのカサブランカは少し色褪せ、うっすら残る染みは嵐の日(あの時)のものだと分かった。

 そのスカーフを、ソフィーは自身の胸元へ優しく押し付けた。

 愛しさにふわりと笑みが零れる。


「ウィリアム・・・」


 その夜、『教会の彼(カミーユ)』の本当の名を、ソフィーは初めて口にした。


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